♪42 友に捧げる狂想曲
フォルティッシモ。演奏の強弱を表す言葉の一つで、その度合は『すごく強く』。これが、私が自分の指に与えた命令だった。
フィオの演奏会二曲目『陽射しの悪戯』。情熱的なサンバテイストの一曲は、この小さなホールに太陽の園を作った。でも、今みんなの肌を火照らせるほどの旋律の陽射しを放っているのはフィオ自身ではなく、彼女の手にするヴァイオリンの魔力。
これはいけない。このままだと、ヴィオナさんはフィオにはこのヴァイオリンが使いこなせないと見なして、ヴァイオリンを取り上げてしまうわ。何より、演奏の熱気が増すほどに私の心身から熱気を奪われていては、演奏終了までに私が凍え死んじゃうわよ。
演奏が生んだ魅惑と熱気の楽園の中で一人孤立し凍える私は、小さな決意に寒さとは違った震えを心に感じていた。
この演奏会をヴァイオリンからフィオの元に戻してみせる。今それができるのは私以外にいない。その第一歩として、場内の熱気に乗せられて勝手に演奏していた私の両手を自身の意識下に戻す。
そして、私の思惑は成功した。主旋律のヴァイオリンの盛り上げ役に徹していた伴奏ピアノが放った強い強い一音が、はっきりと場内に響き渡りその存在感を知らしめる。
その一音は皆を魅了して悦に浸っている悪ガキヴァイオリンへの宣戦布告。隙有らばこのピアノであなたを主役の座から引き摺り下ろすわよ、と。
その一音はヴァイオリンに惑わされる親友フィオへの目覚まし。あなたならヴァイオリンの魔奏を上回る演奏が出来るのよ、と。
私がヴァイオリンに喧嘩を売ったと同時に、ヴァイオリンとピアノには僅かに温度差が出てきた。
はたしてどちらが熱く、どちらが冷めているのか。生憎と今の私にそれを考える余裕は無い。自分が冷めていると感じた時には、相手の熱気で身を焦がされてしまう。つまるところ、双方の温度差が大きくなれば演奏自体が破綻する。
均衡に近い状態で、僅かに相手に情熱で勝り優位に立つ。互いに情熱を増していく中、一気に温度を上げれば温度差が出来て演奏失敗。力尽きて自ら温度を下げてしまえば、当然演奏失敗。演奏を壊さない程度に。相手に負けない程度に。演奏終了までジワリジワリと熱気を上げていく、私とヴァイオリンのチキンレース。
鍵盤を叩きながら、私はにやりと笑みを浮かべていた。
この大勝負の中で不謹慎とも思うのだけど、正直言って面白い。
ヴァイオリンの演奏に寒気さえ感じていた私の中に、まだまだ絶えない情熱が残っていた事が興味深い。フィオをかどわかした憎きヴァイオリンのはずなのに、フィオの実力を十分に引き出している魅了のチカラには感服する。そんなフィオのヴァイオリンと張り合えている事が楽しい。
今まで何度もフィオと演奏しているけれど、こんなにスリリングなセッションは初めてだわ。
それだけに、実に惜しい。魔力仕掛けで観客を魅了するなんて真似しなくたって、このヴァイオリンは優れているのに。フィオが扱えば、きっとその音色だけで喝采を浴びる事ができるのに。
そう思って、今度はくすりと笑ってしまう。
真面目に練習すれば素敵な演奏ができるのに、その実力を遊ぶ事に無駄遣いするフィオ。普通に演奏すれば美しい音色を奏でられるのに、人を魅了しチカラを吸収する事に固執するヴァイオリン。まっすぐ進めばいいのに、好き勝手に脱線する一人と一つ。
なんだかフィオと悪ガキヴァイオリンって、どこか似ている。まったく、隣でハラハラする私の身にもなって欲しいわよね。
フィオとヴァイオリンの様子をちらりと窺う。彼女の恍惚の表情からすると、相変わらずヴァイオリンの魅了は解けていないみたいね。願わくば、本来のフィオとこんな演奏勝負をしてみたいわ。
視線を移して観客へ。トロ・リボーヌ楽器店の御一同はもちろん、暴れかけていたフルーさえも私達の熱気にのぼせたのか、その動きを止めて他の音楽堂メンバーと一緒に演奏に聞き入ってくれている。
私は視線を再び眼前の鍵盤へ戻して演奏に没頭した。
この『陽射しの悪戯』も一曲目の『カオブリッツの夕日』と同様、私とフィオで若干のアレンジを加えてある。どこか妖艶なものを感じる原曲よりも少しフィオの陽気さが出てくるイメージ。でも、そのまま続けていればいずれ私とヴァイオリンはこのフィオアレンジ版の『陽射しの悪戯』の完成形に到達し、必然的にここまで上げてきた演奏の温度は打ち止まる。
私はフィオとの練習に無かった音をアドリブで加えた。
限界近い温度上昇をさらに進めるにはどうするか。フィオのアレンジに私の色を少し混ぜることで、さらに振れ幅を上げてやればいい。
そして、この思惑はフィオも……彼女を操るヴァイオリンも同じだったようで、ヴァイオリンの調べの中にも練習に無かったものが加わっていく。
上手い。面白い。同じ事をやっている私が言うのもなんだけど、アドリブで手を加える事は曲本来の姿を壊し演奏が破綻しかねないリスキーな行為だ。なのに、それを実に楽しげにこなしきるあたりはさすがね。持ち主のフィオの性格にヴァイオリンが感化されちゃったのかしら。似た者同士だし、それは十分ありうるかも。
一旦演奏の上限を迎えかけた演奏は、互いのアドリブでさらに過熱されていく。このまま続けたら、いったいどれほどまでに熱狂的な音楽になっていくか見物だ。
でも、この天井知らずな音楽熱の上げ合いも限度が来る。
私の限界が近いから? 違う。いや、それもあるけど。私の沸点は当の昔に超えているけど。少なくとも演奏終了までは今のペースで情熱を昂ぶらせていく自信はある。
そう、演奏終了までは。曲は、もうすでに終わり間際にまで来ている。
そして、あわよくば私がピアノで主役の座にのし上がってやろうという思惑は、フィオのヴァイオリンが奏でる主旋律によって堅守されている。
終盤からのアドリブ合戦、考えてみれば遊び心の強いフィオの方がアドリブもアレンジも上手い。アドリブに入る前にしたって、技術面でもフィオの有利。私は挑んでみたものの、一度たりとてフィオの演奏を超えていない。彼女の背を追い立てただけで、その前に踏み出せていない。
フィオに劣っている事が悔しくないと言えば、嘘になる。それでも、この演奏が出来て良かった。勝負を挑んで良かった。自分の限界を超えて、フィオと共にこんなに楽しんで演奏している。それは、とても愉快で嬉しい出来事だ。
そう思い始めた私は、途端に焦った。
自分に言い聞かせた事だったのに。相手に負けていると気付いた頃には、双方の情熱の温度差で演奏は破綻しまうというのに。ダメ、フィオの演奏に飲まれかけている。いけない、このままじゃ……。
焦る私の心は空回りし鍵盤を跳ねていた手が思うように動かなくなる。それまでフィオと競うように燃え滾らせてきた情熱の炎が私自身へと風向きを変え、私の心が焼き崩されていく。もう少しで曲が終わるというのに、こんな形で演奏を壊してしまうなんて……。
今からでも立て直せばいい? そんな底力は演奏の炎にくべる薪に使ってしまったわよ。
どう対処すればいいの? そんな思考さえも燃え落ちた灰のように真っ白になっていく。
完全に自分を見失い、元気に動いていた指達も沈黙し、成す術が消えた私はただただ俯いた。
ごめん、フィオ。もう限界……。
大失敗。やってしまった。やらかしてしまった。急に足場が消えてしまったような喪失感が私を襲う。落ちていく身を支えようと手をかけた場所まで崩れていくような失墜の感覚。
そんな絶望感の底へと落ちていく私を無理矢理引き上げたのは、ヴァイオリンの一音。
それは『陽射しの悪戯』らしからぬ、間延びした高音。原曲はもちろん、フィオのアレンジ版にもない。アドリブにしては曲に合わない。
フィオ、いや、フィオを操っているヴァイオリンは一体何を考えてそんな事をしたの? 私が演奏を壊したから自棄になって? でも魅了しちゃっている人達に聞かせるなら、ヴァイオリン独奏だけでもいいじゃないのよ。それなのに、なんで自分から壊すような真似を?
いや、違う。壊したんじゃない。これは……。
間延びした一音の後に続いた旋律は、もはや『陽射しの悪戯』の曲の形では無かった。
その調べのイメージは、焼けるほどの熱気とはかけ離れたのどかな陽光。それと、情熱に火照った肌を冷ましてくれる優しい微風。間違い無い。私が間違えるはずも無い。私とフィオが三曲目に選んでいた作曲トラム・ウェットの『優しい狼と陽気な虎』。
ヴァイオリンの音色は私が演奏しきれなくなった瞬間、メドレーの形を取って三曲目に切り替えたのだ。
驚いた私は俯いていた顔を上げ、フィオを見て目を疑った。
「そんな、まさか……」
思わず口に出た私の言葉がフィオの耳に届いたのか、フィオはこちらへ視線を向ける。
そして、彼女はニヤリと笑って見せた。演奏を失敗した私をからかっているようで、それでいて大丈夫だと励ましてくれているようにも見える。実に悪戯好きで陽気ないつものフィオらしい笑顔。途端に、私の視界は込み上げてきた涙にかすみ、慌てて泣き顔を隠すように鍵盤へと視線を戻した。
戻った。フィオが元に戻った。
本当に練習しておいて良かった。視界が涙で滲んで鍵盤なんて見えやしない。私は指先の感覚だけで伴奏を再開する。
フィオのヴァイオリンは先程までの燃える情熱が夢だったのではないかと思わせるほどに、ゆっくりと優しく主旋律を奏でていく。以前二人で演奏した時よりも、ゆっくりと。
フィオったら、ひょっとしたら疲れ果てた私を気遣ってくれているのかしら? そう思うのは買いかぶりかな? なんにしてもこのスローペースは疲労困憊の私にはありがたい。
私はフィオのヴァイオリンに合わせて、ゆっくりと撫でるように鍵盤をたどる。
三曲目『優しい狼と陽気な虎』スローヴァージョン。
私とフィオはお互いのペースを心得たようにゆっくりと演奏していく。青空の下、一面に広がる草原の中で暖かな陽射しを浴びながら寝息を立てる狼と虎。気まぐれに吹く微風が草葉と二頭の毛並みを揺らす。そんな平穏の風景を思い描きながら。
静かで穏やかな旋律が、熱気の残る小さなホールの中を優しい風で包み込んでいく。
ふと気が付けば、観客のみんなも正気を取り戻していた。
トロ店長達は初めて聞くこの曲に少しきょとんとしていたけれど、どうやら気に入ってくれたらしく穏やかな笑みを浮かべて聞き入ってくれている。
音楽堂のメンバー、セロさんとフルーは初めて私と出会った時の事を思い出したのか、互いを見合ってクスクスと笑いあっている。
メローヌは……あなたが聞くのは実は二度目なのだけど、覚えていないかもね。なんにしても彼女も気に入ってくれたみたい。いつも無表情の彼女らしからぬ優しい微笑みを浮かべている。
そして、ヴィオナさん。私達の演奏会の最後に送る曲、気に入ってくれたかしら? そんな私の問いかけが顔に出ちゃったんだろうか。ヴィオナさんは私と視線が合うと、その眠たげな目を細めてクスリと微笑んだ。その笑顔が少し意地悪く見えたのは、私が失敗しかけた事を察してか。
フィオと私はもう一度視線を交わすと、お互い笑い合いそれぞれの演奏に没頭した。
皆が皆、笑顔でフィオの演奏を聴いている。私はこの演奏会が大成功に終わる事を確信して安堵した。色々と波乱もあって大変ではあったけど、それでも私はこの演奏に携われて良かった。この小さな演奏会は、きっと思い出に残る最高の舞台だ。
私はこの演奏会という素敵で楽しい時間を微塵も取りこぼさないように、一音一音を大事に奏で続けた。
演奏会の翌日、港町カオブリッツの天気は快晴に恵まれた。港に並ぶ船達から垣間見える海原は、何処までも青く水平線まで延びている。
空を見上げれば、これまた青。雲一つ無い真っ青な空に、カモメの白が良く栄える。
「船の予約券が今日だったなんて、道理で慌しく演奏会を開いたわけですね」
出航を待つ船を前にセロさんは自身の姉ヴィオナさんに言うと、ヴィオナさんはむぅと小さく唸り声を上げた。
「本音を言えば、もう少し滞在していたかったのだがね。フルーとカオブリッツの町を食べ歩いてみたり、トラムやフィオ君と一緒に演奏してみたり……」
先程の唸り声は無念の声らしい。
今朝方、眠っていた私を起こしたのは一本の電話。それは音楽堂店長セロさんからのもので、内容は姉のヴィオナさんが再び旅立つというものだった。彼女を見送ろうと、フィオと二人で大慌てで港まで来たわけだけど……。
「ま、昨日の夜の内にどちらもできない用事じゃなかったんでしょうけど。誰かさんが倒れたりしなきゃねぇ」
フィオが皮肉たっぷりにそう言いながら視線を横に向ける。隣にいた私は、視線と皮肉とを一度に受けて頬を膨らませた。
「そ、それはごめんなさいって、朝からずっと謝ってるじゃないのよ。私も別に好き好んで倒れたわけじゃないわよ」
膨れっ面でフィオに抗議する私の様子に、ヴィオナさんが苦笑いを浮かべる。
そう。昨晩の演奏会で、予定していた三曲を演奏し終えて精魂尽き果てた私は、割れんばかりの拍手喝采の中で盛大に気絶した。歓声は悲鳴に変わり、用意してあったアンコール曲はおじゃんになり、ヴィオナさんの演奏判定もうやむやになったまま演奏会は終了してしまったのだ。
「あのあと大変だったんだからね。返却手続きは全部私がやらなきゃならないし、ホールの片付けはトロ店長達に手伝ってもらったし――」
愚痴るフィオ。不可抗力とはいえ、迷惑かけてしまった事には違いない。私は黙って彼女の言葉を受ける。ああ、そうだ。トロ店長や店員の皆さんにもあとでお詫びを言っておかないといけないわね。
「――トラムをアパートまで担いで帰るはめになるし……あー、重かった」
……って、ちょっと待て。黙って聞いていれば、そこまで言うか。いや、運んでくれたことはは感謝しているけど、最後の一言はいただけない。お年頃のお嬢さんに体重ネタはやめよう。第一、私は痩せてるほうよ。少なくともフィオよりは軽いわよ。そんな華奢な乙女に向かって「重かった」はないじゃないのよ。
「そうね。ありがとね、フィオ。あなたがアパートまで来てくれたおかげで、私の部屋は散らかり放題よ。一晩であんなふうにできるだなんて、フィオって演奏以外にも凄い才能持ってるわよね」
皮肉交じりの私の謝罪に、今度はフィオがギクリと身を強張らせる。
「あ、あれは、ほら、小人さんが……」
しどろもどろに返答するフィオ。
昨晩私をアパートまで送ってくれたフィオは、そのまま私の部屋に一晩泊まった。そして、実際に音楽堂骨董雪崩もかくや……は、言い過ぎにしても、とにかく部屋中見事に散らかしてくれた。これはもう天性の才能と思いたくなるほどに。
「やれやれ、昨夜の見事な演奏の次は、かくも愉快な痴話喧嘩か」
横から入ったヴィオナさんの茶化しにセロさん達が笑い、私もフィオも口論を中断した。
そうだった。ここでフィオと賑やかに喧嘩している場合じゃないのよね。
「忘れるところだった。フィオさん。これ、お返ししますね」
私はそう言って付けっぱなしだった銀十字のピアスを外して、ヴィオナさんに差し出した。
この十字架を模した銀のピアスはヴィオナさんのもの。これのおかげで私はヴァイオリンの魔力に魅了されること無く、立ち向かうことさえできた。でも、それはあくまで演奏会の間だけのこと。演奏会を終えた今、彼女に返すのが筋だろう。
でも、ヴィオナさんは私の手に乗ったピアスを見ると、静かに笑って首を振る。
「いや、これはアタシがトラムにあげたものだ。返す必要はないよ」
「でも……」
「気にしなくてかまわないさ。なに、アタシはスペアも持っているんだから」
食い下がろうとする私に向かって、ヴィオナさんはワインレッドの髪を掻き上げる。昨日片側だけになっていたはずの銀十字が、今では両耳に付いて日の光にキラリと輝いている。
「ただ受け取るのが嫌だと言うなら……そうだな。昨日の演奏会に招待してくれたお礼だとでも思ってくれればいい」
微笑んで言うヴィオナさんに私はハッとした。
それって、つまり……。
私の表情に何か思い当たったのか、ヴィオナさんは頷いてみせる。
「無論、フィオ君にもそれ相応に、だ」
その言葉が意味する事には察しが付く。それは、ヴィオナさんはフィオからヴァイオリンを取り上げたりはしない、ということ。
「実に楽しい演奏だったよ。どうやら、あのヴァイオリンもフィオの演奏を気に入ったらしいね。すっかりフィオになついてしまった。もし今ヴァイオリンを取り上げたら、とうのヴァイオリンがへそを曲げてしまうだろうな。まあ、おかげでアタシが手を施す手間も省けたというもの」
ヴィオナさんはやはりあのヴァイオリンを見逃すのが惜しいらしく、自分に言い聞かせるようにそう言うと苦い笑みを浮かべる。
「それもこれも、あの演奏の影で頑張っていたピアノが引き出した結果だ」
ああ、また出た。ヴィオナさんの褒め殺し。私は照れくさくて赤らめた顔を隠すように、深々と礼をした。
一度はヴァイオリンを使ってフィオを陥れたヴィオナさんに怒りもしたが、彼女のお膳立てがあってからこその昨晩の演奏大成功。照れ隠しとはいえ、お礼を言いたい気持ちに間違いは無い。
「またこの町に帰ったら、その時はフィオ君と君の演奏に是非アタシも混ぜて欲しいものだな」
私の肩を軽く叩き顔を上げるよう促すヴィオナさんの提案に、私は思わず笑みを浮かべた。
彼女の実力はヴァイオリンの試し弾きで片鱗が見えた。なかなかの腕前だ。ヴィオナさんとの演奏はきっと楽しいものになるだろう。
「そうですね。是非、私からもお願いします。でも、そうなるとヴァイオリン二重奏かしら?」
「一応大抵の楽器は扱えるが……ふむ、ヴァイオリン二重奏か。悪くないな」
私と一緒になって思案するヴィオナさん。今さらりと自慢されましたね。音痴の弟セロさんとは対極にいるなぁ。
「アタシもやりたい!」
そう元気良く名乗りを上げたのはフルー。新たな参加希望者に私は驚き、ヴィオナさんはクスリと笑う。
「それも一興。幸い、この町なら音楽の先生には事欠かないのだしね」
そう言ってヴィオナさんは私とフィオを交互に見比べた。
確かに一興。フルーは音感が良いし。彼女のやる気を見る分には、少なくとも読み書きよりは練習してくれそう。
「フルーちゃん。私達の特訓は厳しいわよー」
「平気だもん! トラムに勉強見てもらうより断然楽しい!」
意地の悪い笑みを浮かべるフィオにフルーが言い返す。……って、どれだけ私との勉強嫌がってんだ。
「そうなってくると、君もうかうかしていられないな。あっという間にフルーに追い抜かれてしまうぞ」
「ご心配無く。最初から抜かれていますから」
こちらでも意地の悪い笑みを浮かべるヴィオナさんに、セロさんが言い返す。……セロさん、頑張れ。私がガッツリ特訓してあげるから。
「皆様、御歓談のところ恐縮ですがお聞き下さい。そろそろヴィオナお姉様が乗る船の出航の時間が迫っています」
話が尽きない私達を現実に引き戻したのは、冷静沈着鉄面皮なメローヌの一言。彼女は手にした銀の懐中時計を見ながら私達に告げると、ヴィオナさんの乗る船に視線を上げた。
メローヌにつられて視線を上げてみれば、出港準備に慌しく走り回っている船乗り達の姿が見える。
「ああ、つい長話をしてしまったな。セロ、また帰れるようになったら手紙を送るよ」
「ええ。今度は荷物もティバンニさん宛てでなく、ちゃんと音楽堂宛てで送って下さいよ。ティバンニさんが困りますから」
ヴィオナさんの別れの挨拶はセロさんに始まり、フルー、メローヌ、フィオと続いて、最後に私に向けられる。
「今回はトラムに随分と苦労をかけたね。これに懲りずに音楽堂の皆と仲良くしてやっておくれ」
「ご心配無く。これしきで懲りるようなら、音楽堂には通っていませんから」
私はそう言ってヴィオナさんの出した手を握り返すと、ヴィオナさんは眠たげな目を細め柔和な笑みを浮かべた。
「トラム。君とはもっと早くに出会っておきたかったものだな」
「はい?」
首を傾げる私に、ヴィオナさんはなんでもないと小さく首を振る。そして、彼女は踵を返すとワインレッドの髪を潮風になびかせながら、船へと続くタラップを歩き出した。
人生出会いがあれば別れもある。別れた者との再会もある。そんな別れの際に、すでに再会を直感した事はないだろうか。
私はある。その時が来れば、きっと私と彼女は笑って再会を喜ぶだろう。
反省!
唐突ながら、このエピソードを通して思ったことがそれです。
もう少し描写を綺麗に出したいところですし、トラムとフィオがヴァイオリンの魔奏を乗り越えるところもしっかり描いてあげたかった。まだまだ精進が足りませんね。