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♪38 演奏ぞれぞれ

 怪我の功名。塞翁が馬。何かをやらかしちゃったのだけど、それが思わぬ良い結果を呼ぶという事が無いだろうか。


 私はある。あの時のセロさんも、そうだった。




「えっ? あわわっ!」


 思わず声を上げたのは私かセロさんか、はたまたメローヌか。それを考える間もなく、私達は一斉に耳を塞ぐ。


 塞ぎもする。ヴィオナさんはあろう事か、ヴァイオリンの弦に弓を乗せたのだ。弾く者を惑わし、聴いた者を魅了するという問題児のヴァイオリンを……。


「……て、あれ?」


 ヴィオナさんの手にした弓がヴァイオリンの弦を撫で、私はその途端に目を見開いた。


 耳を塞いだ両手の隙間から洩れて流れ込んできたヴァイオリンの旋律。音痴なセロさんの姉であるヴィオナさんがここまで上手に演奏するというのはちょっと驚きで、演奏しているのが彼女と初めてあった時の私の鼻歌だってのも気恥ずかしい驚きだった。


 けど、それ以上に驚きなのは、この綺麗な旋律そのもの。


 そんな馬鹿な……。


 思わず耳を疑って、次に目に映る光景を疑ってしまう。それはどうやらセロさんやメローヌも同じようで、両耳を塞いでいた手をおっかなびっくりといたふうに離している。


 確かに綺麗だ。初めて聴いた時と変わらない澄んだ音色だ。走り回っていたフルーやディンベル、ドンベルが思わず足を止めて聞き入ってしまうほどだ。


 でも、その奥にある何かが消えていた。私やフィオの心を乱した何かが……。


「っと、ここまでしか聴いていないんだ。あの時は実に残念な事をしたよ」


 ヴィオナさんは海浜公園で私が歌を止めたところまで弾き終えると、私に向かってウインクしてみせる。


「え? あれ? ええっ?!」


 そんな彼女に、私はまともに返事する事もできない程に取り乱していた。


 なぜ? ヴィオナさんの演奏は充分聴ける技術があったのに、どうして私達は魅了されないの? あと、なんでこのタイミングであの曲? 嬉しいけど恥ずかしい。でも、やっぱりちょっと嬉しい。って、選曲の感想言ってる場合じゃないわよ。


「ヴィオナ、ヴァイオリンすっごい上手なんだね!」


「さっすが、ヴィオ姐さん。エエ音出しますなぁ」


「いい気持ちだったのだ~」


 困惑する私達三人とは対照的に、フルーと妖精ズはつい今しがたまで鬼ゴッコしていた事も忘れてヴィオナさんに拍手喝采を浴びせている。ヴィオナさんはフルー達の歓声に答えて微笑むと、改めて私達へと向き直った。


「どうやら、確かにこの子は悪ガキだったようだね。このチカラを悪用して、人を無理矢理自分の音色の虜にしていたわけだ。そして、おそらくこの先も数々の演奏家の手に渡って悪さを働いただろうさ」


 ヴァイオリン片手にその悪性を認めるヴィオナさん。だが、引っかかる。


 なぜ、彼女の言葉は総じて過去形なのだろう。


「でも、今のヴィオナさんの演奏に私達は魅了されていませんけど……」


「ほっほーう。それはつまり、アタシ程度の腕前の演奏では、皆を魅了するだけのチカラを発揮できなかったということなのかね?」


 私の指摘にヴィオナさんは意地の悪い笑みを浮かべて尋ねてくる。私は思わず目一杯首を振って返した。


「そ、そんなことないです。素敵な演奏でしたよ」


「だとしたら、それはきっと作曲が良かったのだろうさ」


「茶化さないでくださいよ! というか、はぐらかさないでください!」


 意地の悪い笑みがさらに増したヴィオナさんの返答に、私は照れくささに顔を赤らめて声を上げる。


「ヴィオナ、あまりトラムさんをからかわないで下さい。これは一体どういう事なのですか?」


「ヴィオナお姉様。曲も演奏も大変素晴らしいものだったと感じました。ですが、私達はヴァイオリンに魅了されておりません。なぜなのですか?」


 ヴィオナさんにもてあそばれる私を見かねて、セロさんとメローヌが口々にヴィオナさんに言う。


 私達に説明を求められ、ヴィオナさんは手にしたヴァイオリンをユラユラと揺らしながら私達に見せ付ける。


「さっきも言ったが、この子は悪童だった。だが、それは過去の事だ。何があったのかは知らないが、今では随分と気落ちして悪戯心もすっかり影を潜めているよ。今、アタシがこの子にできる事があるとしたら、懲らしめるというより、励まし元気付けてやる事だろうな。さて、そうなるとここで一つの疑問が生まれてくる……」


 そこまで言ったヴィオナさんは顔を伏せて溜息をついた。そして、再び上げられた彼女に浮かんでいるのは呆れ顔だ。


「一体君達は、この子に何をしでかしたのかね?」


 何って……。


 私とメローヌは無言で視線を合わせ、示し合わせたようにセロさんへと目を向けた。


 セロさん、何やら脂汗が凄い事になってますよ……。


「どうやら、三人とも心当たりはあるらしいな。特に、我が弟君」


 ヴィオナさんは私達三人の顔を見比べ、何かに思い当たったのだと悟って言う。私とメローヌは彼女に頷き返し、セロさんは無反応。いや、滝のように汗を流している。


「セロ? おーい、聞いているか、セロ? セーロッ!」


 訝しげな顔で弟のセロさんを呼ぶヴィオナさん。当のセロさんは、何度となく名を呼ばれてようやく慌てふためきながらヴィオナさんの声に反応する。


「え? あ、はい。すいません、お呼びで」


「アタシは、セロに真相を問うているのだが」


「その……どうしても言わないとダメですか?」


 説明を躊躇うセロさんに向かって、ヴィオナさんはこれ見よがしに深い溜息をついて見せた。


「それはそうだろう。懲らしめるにしても、励ましてやるにしても、なぜそうなったのか理由を知る必要はあるさ」


「です、よねぇ……」


 姉に諭されて、セロさんは先程のヴィオナさんの溜息とどっこいの息を吐き、ボソボソと説明を始めた。


 私やメローヌ、そしてセロさんが悪ガキヴァイオリンにしでかしたこと。厳密には、セロさんがしでかしたこと。


 音痴セロさんのヴァイオリン独奏。その演奏は私やフィオの音感を惑わせ、リズムの申し子であるメローヌを完膚なきまでに狂わせた恐怖の不協和音集合体。タイトルをつけるとしたら……そう、『泥酔行進曲へべれけマーチ』。


「ブワハハハハハハッ!」


 セロさんの話を聞き終えたヴィオナさんは、その端正な顔を崩して豪快に笑った。


 へぇ、ヴィオナさんて笑う時もニヒルに控えめに笑ってる印象だったけど、こんな笑い方もできるんだ。ちょっと意外……。


「ヴィオナ、何もそこまで笑う事はないでしょう」


 抗議するセロさんに両手をかざすヴィオナさん。その手はセロさんの怒りを静めようとしていると言うよりは、自分の中から溢れ出す笑いを抑えようとしているようだ。


「いや、すまない。笑い過ぎた。しかし……フッ。そうか、そんな事がなぁ。それはそれは、このヴァイオリン君も災難だったものだ……クククッ」


「これだから、あまり言いたく無かったんですよ」


 笑いを堪えるのに必死なヴィオナさんに、膨れっ面でぼやくセロさん。


「なるほど、悪夢の結晶とも思えた店長の演奏がヴァイオリンを手なずける一手になるとは思いませんでした。いえ、あの凶悪さなら納得かもしれませんね」


 納得して頷くメローヌの言葉が、落ち込むセルさんに追い討ち。


「はぁ。ヴァイオリンにはなんと言ってお詫びしたらよいのやら……」


「ああ、セロさん。そんな落ち込まないでよ」


「トラムの言うとおりだ、セロ。セロの演奏のおかげで結果的にコイツの性根が叩き直されたのだから、それほど気に病む事はないさ」


 しおしおと項垂れていたセロさんは、私とヴィオナさんが宥められて力無く笑い返した。


「お気遣いありがとうございます。しかし、悪さをしないのならばヴァイオリンをフィオさんに返しても良いかもしれませんねぇ」


 そのセロさんの言葉に、ヴィオナさんはヴァイオリンを黒革のケースに片付けながら首を振ってみせる。


「いぃや、コイツは一度アタシが預からせてもらうよ」


 セロさんにそう言いながらも、彼女の視線はセロさんにではなく私に向いていた。


「このまま落ち込ませておくのも忍びないし、放っておくといつまた悪戯心が湧いて出るやもしれない。ちゃんとケアしてやる必要はあるのさ。なぁに、一晩で片付くよ」


 ヴィオナさんの目はやっぱり眠たげだったけれど、その瞳の奥は心配するなと言ってくれているようでなんだか心強い。


 一晩、か。良かった。明日にはフィオにヴァイオリンが返せる。もっとも、まだフィオの物と決まったわけじゃないけれど。


 やれやれと息をつきかけた私だったのだが、次の瞬間ヴィオナさんがビシリと指を指されて吐きかけた息を飲む。


「ただし、条件がある」


今回、ヴィオナが即興でヴァイオリンを弾いていますが、楽器が弾けるというのはとても素敵な事だと思います。

楽しく演奏する姿を観ていると自分まで楽しくなり、同時にもの凄く羨ましくなったり。

そう思うたびに私もやってみようとチャレンジするのですが……そのたびに、自分の不器用さにへこみます。

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