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♪32 届いた手紙

 異性に甘酸っぱい思いを伝える手紙。家族に自分の近況を伝える手紙。試験の合格を通知する手紙。あなたは手紙を送ったり送られたり、その文面に一喜一憂した事はあるだろうか。


 私はある。セロさんにとって、あの手紙もそうだったのだろうか。




「アタシ、ホントに真面目にお店番してたんだよ」


「うんうん、別にフルーちゃんを疑ってはいないわよ」


 散らかった店内を片付けながら言うフルー。私は頷きながら宝石の散りばめられた桶を拾い上げて埃を払う。


「それで、僕はそんなフルーを影から見守っていたのだ~」


「うんうん、それが君達の仕事だものね」


 その小さな体と同じくらいの熊の一刀彫を担ぎながら言う力持ちなドンベル。私は頷きながら宝石桶を棚に開いた手頃なスペースに収める。


 なんだか、こうして一人一人の証言を聞いていると嘘つき村の村人を探しているみたいだわ。


 A氏は嘘をついている。B嬢は正直者。そんな正直村の住人の証言を集めて矛盾する証言を見つけ、たった一人嘘をついている嘘つき村の村人を見つけるゲーム。


「ワイは、フルーが何事も無く無事に店番を終える事を祈って……」


「あ、それダウト」


「なんでやねん!」


 茶色の小瓶を抱えたディンベルが抗議の声を上げる。ふむ、違ったか。


「違うか……それもそうよね。このお店の繁栄を影ながら見守る役目のあなたが、雪崩を起こすつもりで商品を蹴飛ばしたりはしないわよね」


「そやろ? ワイもたった一蹴りでこないな大惨事になるとは思わんかったわ」


 尻尾が出ているわよ、そこの嘘つきカマキリ。


 嘘つきにはお仕置きと言わんばかりに、ディンベルが立っていた骨董品の山が崩れる。ディンベルは悲鳴を上げる暇も無く、茶色の小瓶と共に山から転げ落ちた。


「そうですか。今回の一件はディンベル君が引き金だったのですね」


 骨董の山から半身を起こしたのはセロさんだった。山の中から愛用のバンダナを引っ張り出しながら言う彼の声には、些か疲れが見える。


「うう、スマンかった、セロ。ワイらも暇やったし、フルーも退屈しとったから、ちょっとチョッカイ出したろと思たんやが……怒らんといてや」


 セロさんに謝る小人さん。茶色の小瓶の影から恐る恐る様子を窺うディンベルに、セロさんはいつもと変わらない、いや、いつもよりちょっと疲れた笑顔を向けた。


「別に怒ってはいませんよ。いつものことですから」


「おお! 流石はセロ店長! 器がデカイ!」


「ただ、たまには骨董品に埋もれずに一日を終えてみたいものです」


 笑顔が曇り、溜息をつく。どこからともなく吹く風が、セロさんの元を虚しく吹き抜けいく。って、セロさん。あなた方は毎日やらかしているのか。


「私が思うに、やはりこの音楽堂店内のレイアウトから見直すべきではないでしょうか。この際、抜本的改革として店舗の新築ないし改築、増築を実行に移すべきです、店長」


 いつも通りの無表情で言うメローヌ。なぜだろう? 骨董雪崩にあった彼女は大抵生首状態になっている気がする。


「この間見せてもらった音楽堂改革案ですか? あの計画書を実行に移せるような費用なんて、この店のどこをどう掘り返したって出てきませんよ」


 そう言ってもう一度溜息をつきながら骨董品を片付けかけるセロさんだったが、店の奥から鳴り響く電話のベルに作業の手を止める。


「大家さん、よね?」


「でしょうね。たぶん」


 私の問いに頷いたセロさんは立ち塞がる骨董品達を脇へどかしながら、けたたましく鳴るベルの元へと歩いていく。


 やがて、電話の前に立ったセロさんは、軽く息を吐き受話器を取り上げた。


「はい。音楽堂でございま……ああ、ティバンニさん。どうもすみません、電話に出るのが遅くなって。キンシコウが電話を持って逃げ回っていたものですから……」


 例え電話越しだろうと営業スマイルは欠かさないセロさん。そして、電話のお相手はやはり大家のティバンニだったようだ。


「それで、家賃の件で……え? 違う? それじゃあ……はぁ、お届け物ですか? いえ、生憎ウチは宅配業者ではありませんので……。そうじゃない? ああ、ウチ宛のお届け物が間違ってそちらに。それはそれはご迷惑をおかけしまして」


 どうやら電話の用件は家賃の請求ではないようで、セロさんの営業スマイルもいつもより柔らかいものになっている。


 さて、いつまでもセロさんの電話を盗み聞きしているわけにもいかないわよね。少しでも片付けを進めておかないと。


 私は店の奥で受話器片手にぺこぺこと頭を下げているセロさんから、骨董品の山へと視線を移した。


 音楽堂改造計画は暗礁に乗り上げておくとして、とりあえず早いところ店内を片付けるには、やはり生首……もとい、メローヌの手を借りるに限るわね。


「みんなー、メローヌ掘り起こすの手伝って頂戴な」


「うん。わかった」


「助太刀なのだ~」


「任せんかい」


 私の呼びかけに快く応じるフルー達。三人とも、ご丁寧に骨董品を派手に蹴散らしながら進んでいるけど、まあ大事の前の小事って事で目をつぶろう。


「フルーお姉様、トラム先生に妖精の御二方まで。お助けいただき、なんとお礼を言ってよいやら……」


 無感情でそう言われると感謝してくれているのかどうだかわかりにくい。でも、たぶん言葉通りなのだと受け止めておく。


「そんな、気にしなくていいわよ。私達だって、メローヌに片付けを手伝ってもらわないと困るんだから。あ、こら、ディンベル君! サボらないの!」


 ドンベルの影にこそこそ隠れて休もうとしていたようだが、左右に広いドンベルのシルエットでは、上下にひょろ長いディンベルの姿は隠せない。おまけに、双方小人さんだからディンベルより遥かに背が高い私には上から丸見えだったりする。


「ちゃぁんとやってますやんかー。ひどいでトラ姐さん」


 私の注意を非難するディンベル。本気で誤魔化しているのか、見られているのをわかってて言ってんだか。


「そういう文句はちゃんと骨董品を片付けてから言お……ん?」


 メローヌを助け出すべく骨董品の山を掻き崩していた私は、手に触れたものを凝視した。


 色違いながら私と同じポニーテールのメローヌ。その黒髪に引っかかっていたのは、花柄で飾られた可愛い便箋だった。


 他の商品とは少し種が違う。売り物じゃないのかしら……。


 手に取った花柄便箋をまじまじと見つめる私を、横からディンベルが恨めしそうに見る。


「トラ姐さん、おててが止まってまっせー。サボりはあきまへんでー」


「え? あ、ごめん」


 先程の仕返しとばかりにジト目を向けるディンベル。そうよね、彼を叱っておいて私が手を止めていては示しがつかないわ。


 だが、謝りつつ作業に戻ろうとする私に代わって、今度はディンベルが手を止める。そして、私へニヤリと悪戯めいた笑みを向けた。


「とは言うものの、なんや気になるもん持ってるやないか、トラ姐さん」


 私の手元にある物を目ざとく見つけた妖精君は、ヒョイと身を躍らせると私から便箋を取り上げた。


「ちょ、ちょっと、ディンベル君!」


「うーん、この可愛らしい便箋……ひょっとして恋文か?」


 ディンベルから手紙を取り返そうとした手が止まる。恋文……ラブレター? 誰が? 誰に?


「宛て先は音楽堂の……ほっほーう、セロの旦那やないか。朴念仁でパッとせぇへんと思っとったが、あの兄さんもなかなかどうして隅におけへんやないか」


「お~、セロがモテモテなのだ~」


「十人十色、千差万別、蓼食う虫も好き好きと申しますし、店長に好意を持つお方も世の中にはいるという事なのでしょう」


 楽しそうに笑う妖精二人と、なんだかセロさんに失礼な事をあっさり言うメローヌ。


 ディンベルとドンベルの間を飛び交う花柄の便箋を、私が取り上げるより早くフルーがキャッチした。フルーは興味深そうに便箋を眺め始めたが、やがてその顔はすぐに興味を失う。


「どれどれ……なぁんだ。ヴィオナからの手紙じゃないのさ」


「あら、フルーちゃんも知ってる人なの? って、字読めたの?」


 つまらなさそうに言うフルー。私は彼女が送り主の名を容易く読み上げた事に驚き、思わずそう尋ねた。メローヌが相変わらずの無表情をこちらに向けて首を傾げる。


「これは異な事を。フルーお姉様に読み書きをお教えくださったのは、他ならぬトラム先生ではございませんか」


 いや、そりゃまあ、そうなんですよ。そうですけどね。これは教えた私自身が信じられない程の進歩なんですよ。いや、教えている私だからこそですよ。正直言ってしまえば、フルーはまだ手紙を読むほど上達しちゃいないわよ。


「エヘヘヘ、どんなもんさ!」


 自慢げに胸をそらして得意満面の笑みを浮かべるフルー。その両肩にポンと手が置かれ、フルーは頭を仰け反らせて肩に置いた主を見た。


 彼女の視線の先、フルーの背後に立っていたセロさんは、彼にしては珍しくちょっとばかり意地の悪い笑みを浮かべている。


「本当に読めたというのなら、ぜひとも褒めて差し上げたいところですが……。彼女からの手紙は今までにも届いていますから、フルー君は読んだと言うよりは文字の形状や筆跡から判別した、というところではないでしょうか」


 セロさんがどうやってフルーが送り主の名を当てた種を明かすと、彼女はぷぅと頬を膨らませる。


「そんなことないよ! 読めたの! なんなら、中身も読んで見せるんだから!」


 セロさんの言葉を不服に感じたらしい。フルーはそう言って便箋を開こうとする。そんな彼女の手から、セロさんはヒョイと便箋を取り上げた。


「これは私に宛てられた手紙ですよ。フルー君は読み書き以前にエチケットも学んでもらわないといけませんね」


 ……そうね。教育科目に追加しておきましょ。


「ヴィオナからでしょ? だったらいいじゃないのさ!」


「よくありませんって」


 尚も手紙を奪おうとセロさんに飛び掛るフルーと、それを右へ左へヒラヒラと避けるセロさん。私を含む、謎の差出人ヴィオナを知らない四名は揃って首を傾げ、私達を代表するようにメローヌが骨董品から抜け出た手を上げた。


「店長。一つ質問をしてもよろしいですか?」


「なんですか、メローヌ君?」


「その手紙の送り主であるヴィオナという御方と店長は、いわゆる恋仲という間柄なのでしょうか?」


 セロさんに執拗にまとわりついていたフルーが、メローヌの問いに盛大にすっ転んで骨董品の山へ顔を埋める。


「違いますよ。というか、何をどうして、そういう解釈になったのやら……」


 セロさんが呆れ顔で否定すると、メローヌは傾げた首を右から左へ切り返して尚も問う。


「そうなりますと……隠し子?」


「断じて違います。メローヌ君は一般常識を学んでいただいたほうが良いですね」


 ……そうね。メローヌもフルーちゃんと一緒に勉強してもらいましょ。


「メローヌ君もトラムさんも、気付かれませんか? 私とフルー君が知っていて、お二人が面識の無い人物。つい最近話題に上がった……」


 セロさんのヒントに私もメローヌも、はたと思い当たった。


「ひょっとして、ヴィオナさんって……」


 私の問いを最後まで聞くまでもないと言わんばかりに頷き、手紙に目を通すセロさん。


「問題児のヴァイオリンを手なずけられます。そのヴィオナが近日中にウチに到着するようですよ」


 手紙から顔を上げたセロさんは、私に向かって嬉しそうに笑った。


フィオとメローヌの再会エピソードとしては今回が一応エピローグ……なのですが、いかんせんヴァイオリン問題が片付いていない事もあって、次のエピソードとドッキングです。


この先どのような展開になっていくのか、私は知りません。

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