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♪28 二つ目の用事

 考えなしに。冗談半分で。苦し紛れに。そんな全くの思い付きの一言が正解を導く事はないだろうか。


 私はある。あの時の案も、なかなかどうして悪くなかった。




「それじゃあ、お二人さん。当初の用事に移りましょうか」


 メローヌがうっかり見せてしまった捕食者の顔にすっかりがっちり取り乱してしまったフィオ。セロさんと私に宥められてどうにか落ち着いたフィオの言葉に、私達は顔を見合わせた。


 ……当初の用事?


 私もセロさんも答えが出ないまま沈黙してしまう。


 私達はメローヌが如何なる休暇を過ごすかを調べるため尾行。そして、フィオとの接触による混乱を防ごうと店内に突入した。でも、それはあくまで真実であり、フィオ達に言った方便は……。


「セロ店長の音痴治療の方策検討と、フルーお姉様へ進呈する楽器の選定ですね」


 なかなか答えを出さない私達を見かねたのか、後ろにいたメローヌがぼそりと呟く。私達はそろって「ああ」と声を上げた。


「そうよ。そうだった」


「いやはや、すっかり忘れていましたね」


 頷きあう私とセロさんを見ながら、フィオがやれやれと首を振ってみせる。


「もう何やってんだか。二人してうっかりさんねぇ」


 フィオ、あなたが騒ぐから脱線したのよ。そう言いたいところだけど、黙っておこう。


 それにしても、セロさんの音痴矯正とフルーちゃんの楽器演奏。とっさに口から出た事とはいえ、なかなかのアイデアだ。せっかくだから本気で取り組んでみるのも悪くない。


「……あの、音痴治療って私は病気じゃないと思うのですが」


「いえ、あれはある意味病気と言えるでしょう。それも周囲に悪影響を与えかねない悪性ウイルスのような感染力のある危険な代物です」


 セロさんのささやかな抗議は、音楽にうるさいメローヌによって滅多切り。ああ、セロさん泣かない泣かない。私も協力するから頑張って治そうね。


 落ち込むセロさんを無視して、メローヌはモデルばりに華麗にターンしつつトロ・リボーヌ楽器店の中をぐるりと見回した。


「トラム先生にも先生のやり方があるでしょうし、店長の治療に用いる教材はお任せします。私はフルーお姉様に適した楽器を選定しましょう」


 言うが早いか早速店内を見回り始めるメローヌ。残っているのは私とフィオとセロさん。


 フルーの楽器とセロさん用教材の二手に別れると言うなら、必然的に人選は決まる。だってフィオはフルーの事知らないものね。


「それじゃあ、セロさんにもメローヌと楽器を探してもらうってことで。でもゴメンね、メローヌ。せっかくの休みを使わせちゃって」


 私の言葉にメローヌはこちらを向いて軽く首を振ってみせた。


「いえ、お気になさらないでください。楽器を見て回る事は苦になりませんので」


 持つべきものは仲間だなぁ。では、お言葉に甘えて私はフィオと音痴対策を考えましょうかね。


「実はもう一つ私用があったのですが、まあこちらを優先させるべきでしょう」


 メローヌは相変わらずの無表情のままそう言うと、陳列棚へと視線を戻した。フィオと並んで楽譜や教本が並ぶ棚へと歩き出した私だったが、背後から聞こえたその言葉に思わず足を止めて首を彼女へと向ける。


 モウ一個アッタンデスカ?


 初耳だわよ。いや、フィオに会いにこの店に来た事も初耳だったけども。でも、メローヌのもう一つの目的ってなんなのだろう?


「なかなか興味深い事を言いますね、メローヌ君。フィオさんに会いに来たというのはいいとして、それ以外に何の用事があったのです?」


 メローヌの話がセロさんも気になったらしい。私の疑問そのままにセロさんがメローヌに問う。


「そうですね……。厳密に言えば、フィオに会うという行動あっての事ですから用事の続きになりますか」


 セロさんとフィオと私。三人の視線を一身に受け、それでもメローヌは表情一つ変えないままそう前置きして話し出す。


「ここに来たもう一つの用事は、ヴァイオリンを見せてもらう事です」


 その言葉にフィオの耳がピクリと動く。


「なぁんだ、メローヌ。そういう事なら最初から言ってちょうだいな。はいはい、ヴァイオリンですね。えぇえぇ、御座いますとも。各メーカーのヴァイオリン、質も値段もピンキリで色々様々と取り揃えて御座いますよ」


 メローヌに向かって回れ右と同時に、営業モードのスイッチオンとばかりに作られたフィオの笑顔。そして、揉み手。


 私は、ニコニコしながらメローヌに歩み寄るフィオを見ながら溜息をついた。


 営業努力の精神はメローヌという苦手を克服させるのね。でも、フィオには先にセロさんの教材探すの手伝って欲しいかったなぁ。


「い、いえ、私の事は後で結構ですから……」


「いやいや、そう言わずに。ささ、こちらで御座い」


 営業スマイル全開のフィオに手を取られ、半ば強引にヴァイオリンの並ぶ棚へと連れて行かれるメローヌ。


 フィオの突然の変貌にはポーカーフェイスを誇るメローヌも驚いたらしく、その顔に困惑の色を浮かべている。


「ちょ、ちょっと待って下さい。私が見せていただきたいのはフィオのヴァイオリンであって、この店に陳列されているものではありませんから」


 途惑いながら発したメローヌの言葉に、彼女を連行するフィオの足が止まった。そして、フィオの顔がゆっくりと私へ向く。


「話したの?」


 たった一言。でも、私にはフィオの問いが何を意味してのものかはすぐに察しがつく。


 ここトロ・リボーヌ楽器店の店長トロの所有する古いヴァイオリン。音楽に対して暑苦しいほどの情熱を持ち音楽家の卵を応援する事を生きがいとするトロ店長は、フィオのアルバイト面接の際にそのヴァイオリンを貸し与え、あまつさえ勤務態度が認められようものならそのまま譲るという約束をしている。


 このヴァイオリンの音色ったら、恐ろしくなるほどの美しさ。一音一音が聞く者の耳に心地よく、心の琴線に触れてくるのだ。そんな素晴らしいヴァイオリンの演奏を聴いた感動は、誰かに話さずにはいられないというもの。


 そんなわけで、視聴者となった私はその時の感動を音楽堂の皆に話したのである。


「えーっと、ゴメン。あまりに感激しちゃって、つい……」


「いや、別に謝る事じゃないわよ。私もバイト仲間とかに話しまくったしね」


 聞けばフィオも昨日ヴァイオリンの演奏に夢中になり、結局アルバイトの時間には遅刻したらしい。ヴァイオリンの入手がかかっているアルバイトで遅刻は痛い失点。でも理由が理由なだけに、トロ店長からはトロ・リボーヌ楽器店一同の前で演奏して内容が良ければ遅刻は帳消しという提案が出されているそうだ。


 それにしても、メローヌが魅惑のヴァイオリンにそこまで興味を持つとは思っていなかったわね。


「そっか、メローヌも私の演奏を聞いてみたいのか。そっかそっか」


 私がメローヌにフィオとの演奏の話をした事を知ったフィオは、ご機嫌な笑みを浮かべて何度も納得して頷いた。いや、メローヌは演奏を聴きたいんじゃなくて、ヴァイオリンが見たいって言ったのよ、フィオ。


「いいわ。店長達に聞いてもらう前の練習を兼ねて、ここでちょっと弾いちゃおうか」


「はい?」


 驚きの声を上げる私を気にする様子もなく、フィオは踵を返し控え室へと足取り軽く歩いていく。


「あの、いいんですか? フィオさんはお仕事中だと思うのですが……」


 同じ経営者としてフィオの行動が気になったのだろう。セロさんが困ったような顔で私に尋ねた。私も仕事中に演奏というのはマズイんじゃないかと思ったのだが、鼻歌混じりの彼女を止められなかった。


 本音を言えば、私ももう一度あのヴァイオリンの音色を聞きたかったのだ。それほどに私やフィオを魅了している。これはもう魔力と言っても過言ではないかもしれないわね。


「後回しにされるかと思ったのですが、ここに持ってきてくれるなら好都合です」


 フィオの消えた控え室の扉を見やるメローヌがそう呟き、セロさんは彼女を見ながら首を傾げた。


「メローヌ君。何か企んでます?」


「はい」


 セロさんの問いにメローヌはあっさりと返し、スカートのポケットをあさって銀の懐中時計を引っ張り出した。


 シンプルなフォルムの懐中時計。それは初めてメローヌが私と出会った時に、私に催眠術をかけようとして使ったものだ……って、何する気よ!


「メローヌ。何を企んでいるのかは知らないけど、フィオを傷付けるような真似をしたらいくらあなたでも許さないわよ」


 懐中時計を手にするメローヌに私は結構本気で警告する。


「トラム先生。私はあなたの御学友であるフィオを傷付けようなどとは思っていません。ですが、これからしばらくの間で起こる事には目を瞑っていただきたいのです」


 不可解な行動を始めようとするメローヌに、私とセロさんは揃って訝しげな顔をしてみせる。そんな私達の沈黙を了解と取ったのか、メローヌは店の奥に向かって歩き出した。


 その手から提げた銀時計をゆらゆらと揺らしながら……。


いつもより少し更新が遅れました、28話です。

年内一杯は今のペースで更新していきたいと思っているのですが……雲行きが怪しくなってきましたねぇ。

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