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♪27 二度目の出会い

 喧嘩の仲裁。仕事の仲介。恋人達のキューピッド。そんな相互の関係を取り持つ役柄に携わったことはないだろうか。


 私はある。あの時も奔走した……つもりだ。




 突如響いた悲鳴に私ことトラム・ウェットと音楽堂店長セロさんは、揃ってトロ・リボーヌ楽器店の店内へと視線を向けた。


 今の間の抜けた悲鳴。我が親友フィオ・ディーンのものに違いない。


 少し前の話。メローヌは今でこそ音楽堂店員として働いているが、当時はまだメトロノームとして存在していて人の姿になるチカラを持っていなかった。そんな彼女がチカラを欲し、その犠牲となったのがフィオ。


 メローヌは当時の記憶を持っていない。一時的に彼女を譲り受けた私の事だって忘れていた。そして、フィオもメローヌの催眠術によって一連の記憶は封じられている。


 本当は二度目の出会い。でも、記憶の無い二人にとってはこれが始めての出会い。


 な・の・だ・け・ど……。


「ちょっと、セロさん!」


「そんな、いや、まさか……」


 セロさんは信じられないといった顔で首を傾げている。


 フィオの働くこの楽器店に興味を示して来店したメローヌと、メローヌの来店に悲鳴を上げるフィオ。これって、二人共あの時の事を覚えてるってことなんじゃないの?


 メローヌとフィオ。それは、言うなれば捕食者と獲物な関係。どっちがどんな過剰反応をしでかすかなんて、わかったもんじゃないわよ。それも、フィオが働くこの店で。


 私の脳裏にメトロノームに取り憑かれたフィオの記憶が蘇る。


 もしも、このトロ・リボーヌ楽器店であの再現が果たされたとしたら……マズイ、被害総額は音楽堂名物骨董雪崩の比じゃないわ。……って違う。フィオやトロ店長達の身が危ないわ。


「突撃よ、セロ隊長!」


「ガッテンです、トラム隊員!」


 メローヌ追っかけ隊改め、余計なトラブルは回避し隊の私達は慌てて店の扉を開け、店内へと駆け込んだ。


 来店者を迎える軽やかなカウベルの音色。それは同時に店員達に来客を報せるもの。当然、ドラムセットに身を隠しつつメローヌの様子を窺っていたフィオにも聞こえている。


「いらっしゃいませ……って、トラム!」


 ドラムセットからひょっこり顔を出しつつ新たな来客を迎えたフィオは、来店したのが私だとわかると安堵の表情を浮かべた。そして、私に助けを求めるような視線を送ってくる。その目は、眼前の女性が苦手な存在であると告げている。


「おや、トラム先生にセロ店長も……お二人共、いったいどうしたのですか?」


 そのメローヌは驚いたような、そうでもないような、いつもと変わらない抑揚の無い声で尋ねてきた。


 どうしたもこうしたも、あなたとフィオがイザコザを起こさないか心配で店に入ったのよ。……なんて言えないし。


 私とセロさんは彼女の問いに顔を見合わせた。アイコンタクトすることコンマ五秒。


「セロさんの音痴を治す教材を探しに……」


「フルー君に何か楽器を買ってあげようと……」


 再び顔を向き合わせる私達。アイコンタクト再接続、一秒半で私の勝ちね。


「今日は音痴矯正がメインなのよ。一応、フルーちゃんへのプレゼントもチェックしておくけどね」


 私の説明にメローヌは納得してくれたらしく、ふむと頷いた。


「なるほど。確かにフルーお姉様の音感は目を見張るものがあります。あのまま捨て置くのは惜しいという気持ちもわかります。そして、セロ店長の苛立ちを通りこして哀れなまでの音痴ぶりも心得ております。トラム先生に治していただけるのであれば、これは心強いですね」


 あら。フルーちゃんは音感が良いとは思っていたけど、メトロノームの彼女が認めるほどとは驚きね。いっそのこと、本当に楽器の一つも教えてみようかしら。そして、セロさん……あ、肩落ちてる。うな垂れてる。見事なまでの落ち込みぶり。


 いやいや。それはそれとして、今はフィオとメローヌの事が先よ。


「ト、トラム……トラムさーん……ちょっと、ちょっと」


 相変わらずドラムセットに隠れているフィオは、小声で私の名を呼び手招きをする。私はセロさん達をその場に留め、こそこそと隠れるフィオの元へ近寄った。


「えーっと、フィオ。いろいろと聞きたい事や言いたい事があるかもしれないけど、とりあえず取り乱さないで……」


「失礼ね。落ち着いてるわよ」


 落ち着いている店員はドラムセットに隠れたりしません。


「それよりトラム。あなた、あの人達と知り合いなの?」


 フィオはひそひそと尋ねてきた。その顔は驚きを隠しきれないという感じ。私は彼女の表情と質問に少しばかり安堵した。二人の素性に気付いていないってことは、どうやらメローヌの暗示がまだ効いているみたいね。


「うん。ほら、前にボランティアで勉強を教えている子がいるって言ったでしょ? その子が住んでるお店の人達なのよ」


 私が簡単に紹介するとフィオはふむと頷く。


 でも、そうなると先ほど店先で聞いた悲鳴らしき奇声が気になる。メローヌを知らないなら、なんであんな愉快な発声をするのか?


「時にフィオ。さっき店に入ろうとしたら凄い声が聞こえたけど、あれフィオよね」


「う……あははは。いやー、聞いてた?」


 照れ笑いを浮かべるフィオ。聞こえいでか。


「そりゃあ、あれだけ絶叫すれば誰にだって聞こえるわよ。店長達が出てこないのが不思議なほどよ」


「ああ、他のバイトさん達は今日休みだし、トロさんは甥のフィドル君と特訓中だし」


 そう言いながらフィオが指差すほうへと視線を移す。彼女の指の先……ドラム……を飛び越えてさらに先、店の奥に設けられた防音室からは微かに音が漏れている。そして、扉には『立入禁止』の張り紙。あの太く暑苦しい字体からして、熱血漢のトロ店長直筆だろう。


「それで新人アルバイトのフィオは店番で奇声を発していた、と。ダメじゃないの、いくら店番が暇だからって来客中に変な声出しちゃ」


 嗜めるように私が言うと、フィオは遺憾だと口元を尖らせる。


「わ、私だって好きで悲鳴上げたりしないわよ。ただ目が合った瞬間、野生の本能が危険を察知したみたいな……」


 フィオの野生恐るべし……。暗示は効いていても無意識のうちにメローヌに反応したのね。さしずめ、さっきの絶叫は小動物が肉食獣に食われまいとする精一杯の威嚇か。


「うーん、別に嫌いっていうんじゃないんだけどさぁ……なんでだろう?」


 不思議がってドラムセットから顔を出したフィオは、陳列棚を眺めるメローヌを盗み見た。そして、不意にメローヌが振り返った途端、フィオは顔を引っ込める。


「バレてないにしても、これは重症ね」


 メローヌとフィオを見比べながら、私は困ったような呆れたような声で呟いた。


「ええ、あちらも似たようなものです」


「うひゃあっ!」


 不意に背後から響いた声に思わず悲鳴を上げてしまう私。振り返った先にはドラムセットの陰にしゃがんでいた私達の背後で同じくしゃがんでいるセロさん。


「セ、セロさん! いつの間に?」


「いや、割と前からいたんですけど……」


 私の悲鳴に驚いたらしく、セロさんは眼を丸くしながら言う。


「ごめん、気付かなかったわ。それで似たものって?」


「メローヌ君にこの店に来た事情を尋ねてみたのですが……」


 ほほう。フィオは気付いていないとして、似たものって事はメローヌの方も憶えていないのかしら?


「曰く、初めて名前を聞いた時から心のどこかに懐かしさを感じていて、どうしても顔を見てみたくなり店に来ました。今日初めて出会ったはずなのに、久しぶりに再会したような気持ちが止め処なく心を満たしています」


 なんだか、これだけ聞いていると口説き文句みたいだわ。


「え? 何? ひょっとして私ってば口説かれてる?」


 まんざらでもなさそうに顔を赤らめるフィオ。いや、セロさんは伝言係だから。今のコメントはメローヌのものだから。そこのところ勘違いしないでね、OK?


「メローヌ君。なんとかフィオさんの力になりたいという一心で、あなたのバイト探しの時もチラシを見つけてくれたんですよ」


「チラシって……」


 にこやかに説明するセロさんの言葉に、ハッとしたフィオはメローヌへと目を向ける。


「そっか、あのメローヌさんがここのバイト見つけてくれたんだ」


「身内びいきになりますけど、メローヌ君は不器用ですがいい子です。もしよろしければフィオさんから一言お礼を言ってあげてください。彼女はきっと喜びます」


 セロさんに優しく促され、力強く頷いたフィオは意を決してドラムセットの陰から立ち上がり……メローヌと目が合った瞬間、もう一度影に身を潜める。


「……あの、フィオさん?」


「やっぱダメ。ゴメン、無理。無理無理無理無理無理」


 つい今しがたの覚悟はどこに飛んでいったのか。困り顔で問うセロさんにフィオは何度も首を振る。


 でも、メローヌを見ちゃった私には彼女が臆病とは言えない。


 フィオを見つめるメローヌの視線は、少し熱を帯びているように思えた。ただ、その熱は親愛や友愛が生む暖かなものではなく、最高の御馳走を目の前にして今まさに狩ろうとしている捕食者の高揚感が生むもの。あんな目で見られたら、フィオでなく私でも身を強張らせて震え上がってしまうわ。


「これは伏せていましたが、実はメローヌ君。フィオさんの事をホットケーキの蜂蜜シロップかけ、とも評しています」


 フィオに聞こえないように、私にだけこっそり耳打ちするセロさん。


「彼女の好物です」


 つまりはメローヌにとって、フィオは思い出の人じゃなくて思い出の味って事か。あの視線も頷けるわ。


「ねぇ、トラム。私の代わりにお礼言っておいてくれない?」


 情けない顔で懇願するフィオ。同情はするわよ、ホント。でもねぇ……。


「目の前にいるんだから、自分で礼を言うのが筋ってもんでしょ」


「で、でもぉ……」


 フィオはなおも困り顔でドラムセットに篭城する。もう、しかたないなぁ。


 余計なトラブルは回避し隊改名、二人の仲を取り持ち隊になった私は、相変わらず店内を眺めているフィオの元へと歩み寄る。


「ごめんね、一人で待たせちゃって」


「いえ、この店内を見ている分には退屈は致しませんから」


 ふむ、さすがにオルゴール。楽器に囲まれていれば待つ事も苦にならないのか。


「時に、先程からフィオが怯えているようですね。私は知らぬ間に無作法をして嫌われたのでしょうか?」


 私にそう問いながら、メローヌがフィオの隠れるドラムセットへチラリと視線を投げる。たぶん、影でフィオが身震いしてる。


 そうよね。あの反応を見れば気にならないわけないわよね。


「それにしてはコメントが難しいけど、少なくとも嫌っているわけではないのよ。ところでメローヌって、人からチカラを吸い取ったりとかするの?」


 私の唐突な質問に、メローヌはキョトンとして私を見返す。確かに唐突過ぎる質問ではあるけれど、メローヌのことだ。質問に疑問を抱いても、答えは返してくれる。


「チカラ……生命エネルギーの事でしょうか? ココロが不完全である者は無意識のうちにそういった行動をとるかもしれません。ですが、私は食事により栄養補給はできます。よほどチカラが枯渇しない限りは人に直接干渉することはありません」


 ほらね。


「じゃあ、フィオを見てかぶりつきたいとか……」


「人の持つチカラの味に興味が無いと言えば嘘になりますが、それも充分に自制しきれる程度の事です。それにしても驚きましたね。セロ店長やフルーお姉様と面識があるトラム先生ならまだしも、彼女も私がその能力を有していると認識しているのですか?」


 尋ねてくるメローヌに私は首を振って見せた。


「いやいや、知らないわよ。メローヌの事もただの人だと思ってるし。でもね、人の中には妙に勘が働く人もいるのよ」


 適当に誤魔化してみる。フィオの場合は経験に基づく拒否反応なわけだけど、二人が打ち解けるまでは本当のところは伏せておこう。


「失われつつある人類の野生の感覚をフィオは保有しているという事ですか。なるほど、興味深い」


 フィオ、とても興味持たれてるわよ。良かったわね。


「とにかくフィオは本能で私の能力を看破し、自分に対する能力の行使を恐れているのですね。では、彼女にお伝え下さい。私は危害を加えないと約束します」


「はいはい、了解っと」


 彼女の伝言を胸に留め、再びフィオの元へ。えぇえぇ、仲を取り持ち隊は今日も頑張りますとも。


「フィオ、ドラムセットからいいかげん出てらっしゃい。メローヌはあなたに危害を加えたりしないわよ」


「……ホント?」


 叱られた子犬のようにちょっぴりオドオドしているフィオを元気付けるように、私は笑顔で頷いてあげる。


「私が保証する。セロさんも……」


「え? 私ですか?」


 不意に話を振られて戸惑うセロさん。本日何度目かのアイコンタクト。頼むわよ、仲を取り持ち隊隊長……。


「ええ、私も保証しますよ。メローヌ君はそんな悪い子じゃありません」


 営業用なのか私用かわからないいつもの笑顔でセロさんは頷く。


 私達の笑顔に後押しされ、フィオは渋々ながらもドラムセットから出てきてくれた。


「ほら、メローヌにお礼言わなくちゃ」


 フィオの背中を軽く押してあげる。少し強引に押し出される形で二歩三歩と歩みを進めたフィオは、一度振り向いて私を恨めしげに見てから改めてメローヌへ向き直った。


「初めまして、メローヌさん。さっきからいろいろと失礼しました」


「いえ、問題ありませんよ、フィオ。私は気にしていない」


 フィオの謝罪を受けるメローヌの顔に、セロさんと私は驚いた。


 彼女の顔はいつもの無表情ではなく、笑顔。それも捕食者が御馳走に向けるものじゃない。セロさんのような、見た者を落ち着かせてくれる穏やかな微笑み。……あんな笑顔も作れるのね。あれがフィオを落ち着かせるために作った笑顔だとしたら、メローヌって役者だわ。


「あの、それとメローヌさん……」


「メローヌで結構ですよ」


 メローヌの微笑効果が効いたらしく、フィオも幾分落ち着いた様子で彼女と向き合えている。


「それじゃあ、メローヌ。チラシの事、ホントにありがとうございました」


「どういたしまして。フィオの力になれたようで私も嬉しい」


 そう言ってそっと差し出されたメローヌの右手。フィオはようやくいつもの笑顔を取り戻し、メローヌの手を握り返した。


 その様子を見守っていた私とセロさんはお互いに向けてこっそりVサイン。仲を取り持ち隊作戦成功ですな、隊長。


「おかげで仕事に就けたし、素敵なヴァイオリンとも巡り合えたし。あ、ヴァイオリンの話ってメローヌは聞いてない……ヒエェェェェェッ!」


 安堵したのも束の間、フィオは笑顔を引きつらせてメローヌから飛び退いた。


 何事かとフィオとメローヌを見た私達。そして、セロさんは苦笑いを浮かべ、私は溜息をつく。


 ……我慢しきれなかったのね、メローヌ。


「メローヌ! 捕食者プレデタースマイル禁止!」


フィオとメローヌのセカンドインパクトな話でした。

この先二人には仲良くしてもらいたいものです。

……エエ、ソノツモリデスヨ。ウソジャナイデスヨ。

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