♪26 彼と彼女の事情
探偵ゴッコ。追跡。尾行。ストーキング。特定の人物を追いかけ、その行動を調査してみた事はないだろうか。……って、今回の問いは、自分でも聞いていてどうかと思う。
ちなみに、私はある。今から思えば恥ずかしい話。
港町カオブリッツ。この町の住民達は音楽好きが多く、町を歩けば必ずと言っていいほどに何かしら音源が存在する。好みのジャンルも様々で、アマチュアの演奏者もかなりの数らしい。そうなると、必然的に音楽関係の商売も発生するというものだ。
そして、私達が今いるこの通りにも楽器屋、レコード屋等々が存在する。休日の昼前という事もあってお店の出入りも結構なものね。
私はと言うと通りに並ぶ並木の一本にこっそり身を隠しながら、通りの様子を窺っている。
ええ、わかっているわよ。はたから見れば怪しい人だってことは……。
「まったく、私は何をやっているのやら……」
わかっているから、そんな愚痴も出てしまう。うう、通行人の視線が痛い。
「それは私も思います。でも、気になるじゃないですか」
私の愚痴が聞こえたらしく、セロさんが宥めるように言う。そんなセロさんは、並木の隣に立てられた看板に隠れていたりする。
二人して一体何から隠れているのか。そこに行き着くためには、昨日の話に遡る。
「外出許可……ですか?」
場所は音楽堂の奥、居住区である居間。時は夜。店員であり音楽堂の住人であるメローヌからの唐突な話に、店長で音楽堂の家主セロさんは目を丸くした。驚いた様子のセロさんに対し、メローヌの方は相変わらずの無表情で頷いてみせる。
「いったい何事です?」
「外出したいのです」
セロさんの問いにメローヌは単純明快な答え。でも、明快過ぎてわからない。
「まさか、今からですか? こんな夜更けに出歩くのはキミの保護者として頷くわけにはいけませんよ」
困り顔でメローヌの申請を却下するセロさん。
カオブリッツは平和な町だけど、絶対安全というわけじゃない。メローヌみたいな美人さんが夜道の一人歩きとなると、セロさんも心配よね。ましてや、人の姿になって間も無くの彼女はこの町の地理にも不慣れ。迷子になられちゃ困る。
「メローヌ君。急ぎの買い物か何かなら、私が行きましょうか?」
彼がそう提案すると、メローヌは首を横に振った。
「いえ、明日の昼間で結構です」
それはつまり、買い物のように代理人では済まされない用事だと言う事なのかしら。
「そういうことなら別に構いませ……」
「では、明日は休暇を頂き、私は音楽堂を留守にします」
セロさんの許可が出来る前にメローヌはさらりと言い放ち、この話題は終わりと言いたげに紅茶を啜る。
「いいなー。私も明日は休暇がいいなー」
二人のやり取りを見ていたフルーが言うと、セロさんがすぐさま首を振る。
「フルー君はダメです」
「なんでさ!」
速攻で休暇が否決されて不満をあらわにするフルー。
「明日は私も店を開けるんですよ」
「そんなの聞いてない!」
「あれ? 言っていませんでしたか?」
「ええ、聞いておりません」
首を傾げるセロさんにフルーが頷き、メローヌもティーカップから口を放して言う。
「これは店長の落ち度です。ですから、明日の店番はセロ店長。私とフルーお姉様は休暇という事で」
「そーだそーだ!」
フルーとメローヌの店員連合に押され、セロさんは頭を抱えた。
「メローヌ君。フルー君を煽るような事を言わないで下さい。確かに、言わなかったのは私の落ち度です。すみませんでした。とは言っても、大家のティバンニさんからの呼び出しですから私が行かないわけにはいかないのです。ですから、店番の方はお願いします。頼りにしていますよ、フルー君」
セロさんの最後の一言が効いたのか。両肩に手を置いて懇願するセロさんに、フルーは得意満面の笑みを浮かべて見せた。
「うん! 任せて!」
「というやり取りが昨日あった気がするんだけど……。セロ隊長はここで何をなさっていらっしゃるのでありますか?」
昨晩の出来事を思い出し、改めて隣のセロさんをジト目で見る私。その冷たい視線にセロさんは口元を引きつらせ、額に汗を浮かべる。
「う……。その質問で、トラム隊員がどんな回想を浮かべたのかはわかりました。わかりましたが、それは、その……」
フルーちゃん。時として男って奴は嘘を吐く生き物なのよ。あなたは穢れなく成長してね。
「大家さん……ティバンニさんだっけ? 私はその人を見た事ないけど、少なくとも彼女ではないでしょ?」
セロさんを言葉の針でチクチクと刺しながら、私は視線を追跡対象へ向ける。
「フルーちゃんに嘘吐いてまでメローヌを尾行するなんて、セロさんって心配性ね」
半ば呆れ気味に言う私。そう、私達が追っているのはメローヌだ。
「で、でもですよ。人の姿を取るようになって一週間ほどのメローヌ君ですよ。こちらが買い物でも頼まない限り店の外に出ようともしなかったんですよ。それが急に休暇をとって外出だなんて……心配したくもなるじゃないですか」
メローヌの背を見守りながら言うセロさん。さながら親バカお父さん。私の父親も大概だと思うけど、いくらなんでも娘の行動を追跡する事まではしない。いや、たぶん、私の父親はしていないと思うのだけど……。
とにかくメローヌを追ってコソコソと歩くセロさんの姿を偶然見かけた私は、彼に声をかけようとしてそのままこの追跡行に巻き込まれた。
正直途中で抜ける事もできたのだが、なんだかんだでセロさんに付き合ってメローヌ追っかけ隊をしている。
野次馬根性とか言わないで欲しい。私のはあれだ。新曲を生み出すかもしれないという予感。そう、創作活動の為だ。きっとそうだ。そういう事にしておこう。
それにしても、こうして背後からメローヌの姿を追っているとつくづく思う。
うへぇ、やっぱりメローヌって綺麗だわ。顔立ちだけじゃなく、スタイルもいい。ピンと伸ばした背筋、スラリと伸びた手足、通りを歩く人々の注目を浴びる凛とした姿はモデルさんだ。これはセロさんが心配するのも少しわかるかも。
「それに、杞憂かもしれませんが、少し気になる事が……」
「あわわ! 隠れてセロさん!」
立ち止まるメローヌに追跡発覚の危機を感じた私は、何事か言いかけるセロさんの頭を看板の陰に押し込んだ。私も木の裏へと姿を隠し、こっそりと彼女の様子を窺う。
「ふぅ、こっちに気が付いたわけじゃなさそうね」
メローヌはキョロキョロと周囲を見回している。私達の気配に気付いたというよりは、目当てのものを探しているという感じ。
「イタタ、急にヒドイです。首が折れるかと思いましたよ」
「それはメローヌに、ね。ほら、セロさん。急がないと見逃しちゃうよ」
首元を押さえつつ抗議するセロさんにそう言って、私は再び歩き出したメローヌを追う。
「トラムさん、実は楽しんでいませんか?」
背後でボソリと呟くように問うセロさん。……気のせいです。創作活動の一環です。
木陰、看板の裏、店の影、あらゆるポイントに身を隠しつつメローヌを追う私達。私達に気付かないメローヌはとある店の前で立ち止まり、店の名を確認して中へと入っていった。
「え? この店って……」
遅れること数秒、メローヌの消えていった店の前に立った私。その見覚えのある店に、私は彼女の意図を悟った。
……って、これ大丈夫なの?
「ねぇ、セロさん。メローヌって……」
「いや、覚えていないはずですが……」
隣で呆然としているセロさんが呟く。その回答は、私と同じ事を懸念している。
「いらっしゃ……ギョエエエェェェェッ!」
私達が入り口で立ち尽くしていたトロ・リボーヌ楽器店。その店内では愛想の良い来店の挨拶が、女の子らしからぬ悲鳴に変わっていた。
どうやらメローヌとフィオがセカンドコンタクトに入ったようです。
はたして、双方の反応の程は……私にもわかりません。