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♪21 音楽堂の午後

 何年か会っていなかった友人に知り合って、見違えるほど美人になった。痩せた。太った。生え際がきになった。等々。驚くほどに変身しているという事は無いだろうか。


 私はある。あの時は、ホント驚いた。




「もしもーし。聞こえます? え? ええ、すみません賑やかで。店先で始まったアフリカ象VSインド象の最強象王決定戦が白熱しているようで……。それでディバンニさん。今月の家賃ですけど。え? 先月と先々月? 嫌だなぁ、きっちり払いましたよ」


 私は骨董品に埋もれたまま、店の奥から響くセロさんの電話する声を聞いていた。


 この状況は、初めてこの骨董屋音楽堂に来店してから何度目だろう。視界が遮られているのは、先程謎の女性店員が薦めてくれた王族専用とかいう悪趣味の宝石桶をかぶったせいよね。そういえば、あのコは大丈夫だったかしら。


「わかっておりますよ。今月から……じゃない。今月もきっちりと払いますから。お客様が来ていますので、お話はまた後日。それでは失礼します。……ああ、棚が。開店してから一番綺麗に並べられていたのに……」


 電話を切った音楽堂店長の口から嘆きが洩れる。声からして、セロさんかなり落ち込んでいるなぁ。姿は見えないけど、きっと電話の前から動けずにそのままへたり込んでいるんだと思う。


 そりゃあ、そうよね。いつもデタラメに詰め込むだけだった商品が、あれだけ綺麗に並べられていたんだものね。今回の骨董雪崩はセロさんも精神的に相当堪えたよね。でも、落ち込むのはほどほどにしてね。っていうか、助けて。


「ねぇ、埋まっちゃってるみたいだけど。助けなくていいの、セロ?」


 セロさんの声がした方から続いて聞こえたのはフルーの声。なんだ、不在なのかと思ったけど二人共いたのね。


「おっと、そうでした。手伝って下さい、フルー君」


 私の内なる声を聞き取ったかのようなフルーの発言に、セロさんはハッとして骨董の雪崩の中へと足を踏み入れた。


 さほど間をおかず骨董雪崩の上で鳴り出す音。セロさんとフルーが骨董品をどけ始めてくれているみたい。そんな二人の手が骨董品を漁る音に混じって、セロさんの溜息が聞こえてくる。


「どうしたの、セロ?」


「いえ、毎度の事ながら、また棚整理をしなおさないと思うと……」


 そんなセロさんのぼやき。以前、慣れっこだと言っている気がしたけど、やっぱり嫌ではあるわけね。


「仕方ないよ。形あるものはいつか壊れるものなんだから。直せるだけ儲けものだよ」


 そう言って慰めるフルー。言葉だけ聞いているといい事言っているみたいだけど、今までの骨董土砂災害の原因の一端が自分にあるという自覚は無いのだろう。


「それに、片付けなんてみんなでやればちょろいちょろい」


 フルーちゃん。ひょっとして、そのみんなには私も含まれていませんか?


「確かに、人手が増えた事はありがたいことですが」


 セロさん、あんたもかい。


「それにしても、片付ける人が変わるだけでああも綺麗に棚が整うとは思いませんでしたねぇ」


 む。そう言われると悪い気はしないわね。もう一回くらい手伝ってもいいか……。


「うん、これでいつ棚が倒れても安心だね。ほい、救出っと!」


 倒れてからの片付けを気にするなら、倒れる前のケアを心がけようね、フルー。というか、救出とか言いながら私の上の骨董品達は今なお健在なのだけど……。


「これはセロ店長とフルーお姉様。余計な御手間を取らせてしまいました」


「いいっていいって、メローヌがいないとアタシ達も困るもの」


「大切な仲間を救うのです。余計なわけが無いでしょう」


「お優しい心遣い。感謝いたします」


 骨董雪崩の上でセロさんとフルーに礼を言う謎の女店員……って。


「私の心配は無しかい!」


 私は怒りと哀しみに震える拳を振り上げ、骨董雪崩を殴り飛ばした。骨董品達は思ったよりも軽く、私に軽々と吹き飛ばされる。


「出た! 桶星人!」


 自力で骨董雪崩から脱出した私を見てフルーが叫ぶ。誰が桶星人か。


「なるほど。先程しきりにお客様でも強盗でもないと否定しておられましたが、桶星人だったのですね。学習しました。店舗には桶星人が冷やかしに立ち寄る事がある、と……」


「お姉さん、真に受け過ぎ! 私は客でも強盗でも、ましてや通りすがりの桶星人でもありませんから。っていうか、そんな事メモしない!」


 頭に被っていた宝石桶を外しながら、真顔でメモを取っている女店員にツッコミ。


「ああ、すみません、トラムさん。この子はまだいろいろと慣れていないもので。それと、また巻き込んでしまったようで。重ね重ね、すみません」


 むぅ。しきりにセロさんに頭を下げられては、こちらも許さざるをえないじゃない。


 私は溜息を一つついてから、メモ帳を手にする謎の女店員に向き直った。何やらメモを取る手が止まっていないけど、いったい何を書いているのやら……。


「改めて自己紹介させてもらうわね、店員さん。私はトラム・ウェット。フルーちゃんの勉強を見に来た家庭教師よ。よろしくね」


 そう名乗った私にペンを走らせていた女店員の手が止まり、無表情の顔を私に向ける。彼女は「ああ」と納得したように頷くと、手にした筆記具一式をエプロンについたポケットへと納めた。そして、居住まいを正して私へ深く一礼。


「これは大変失礼いたしました。私、この店で働かせて頂くことになりましたメローヌと申します。以後、お見知りおきを」


 なんともバカ丁寧な挨拶に、私もつられて頭を下げる。


「あなたがトラム様とは露知らず。私の催眠術が通じないのも道理でございますね」


 ……そうなの?


「まあ、あれよね。トラムは鈍いから」


 しきりに納得しているメローヌと不思議そうに首を捻る私。私達を見ていたフルーが、一人訳知り顔といった風で言う。


 とりあえず、私は黙って微笑み、持っていた宝石桶をフルーの頭に被せてあげた。


「あなた様がフルーお姉様の仰っておられた鬼教官様とは存じ上げず。これまでの御無礼の数々、無作法者の行った愚行と思い、どうぞ水に流しお許し下さいませ」


「あ、バカ! メローヌ! 余計な事を……」


 慌ててメローヌの口を塞ごうとしたフルーだが、頭に桶を被ったままではそれも上手くいかない。


 そうか。私は影でそんなふうに言われていたのか……。


「フルーちゃん?」


 桶を取ろうとしたフルーの手が、私の言葉にビクリと揺れる。絵に描いたような動揺。桶に隠れた顔は引きつっているに違いない。


「な、なに、トラム?」


「出しておいた宿題は出来ているかしら?」


 再び動揺したらしいフルーの手から桶が滑り落ち、再び彼女の頭を覆う。まあ、フルーが大人しく宿題をするとも思っていなかったのだけど。


「その様子だとまだみたいね。いいわ、今日のレッスンに追加するから」


 んっふっふ、容赦しないわよ。鬼教官の恐ろしさを見せてあげようじゃないの。


「で、でも今日はダメだよ! これから棚を直さないといけないし……」


 私の提案にフルーが弁明しようとする。でも、そうはさせませんから。


「セロさん。察するに、メローヌはフルーちゃんに勝る棚整理の達人よね」


 セロさんへと向き直って問いかける。のほほんと経緯を眺めていた当のセロさんは、急に矢面に立たされて少し驚きながらも頷いてくれた。


 秘かに私の後ろで、セロさんに助けを求めていたようだけど、桶越しじゃ懇願の眼差しも通用しないわよ。


「そ、そうですね。私とメローヌ君で……」


「だそうよ。良かったわね、フルーちゃん。これで勉強に専念できるわ」


 私は勝ち誇ったようにフルーに宣告すると、彼女はがっくりとうなだれた。というか、私が被せておいてなんだけど、そろそろ取ろうね、その宝石桶。


「それにしても、この店に新しい店員を雇う余裕があるなんて思わなかったわ」


 私はフルーの頭から桶を引っぺがしながらセロさんを見る。


 そんな私の表情は感心というものではなく、むしろ呆れ顔。失礼ながら、人を雇う余裕なんてあると思えない。それに加えて、こんないかがわしい店で働こうとする者がいるとも思えなかった。


「いやぁ、余裕らしい余裕なんてないですよ」


 笑顔で答えるセロさん。だったら、何故このメローヌを雇ったのよ……。


「それにメローヌ君は雇うというより、養うになりますかね。ここまで育て上げた以上は責任を取らねばならないというものです」


 その言葉に私は愕然とした。


 セロさんの言った言葉を脳内フル回転で解析。でも、それも数秒でオーバーワークに陥り煙を吹く、火花も飛ぶ。一つ解明した事といえば……不誠実は許さん!


「セ、セロさん! 養うって、あいやその前に育てたって、それより責任取るって……あなた、このコに何をしたのよ!」


「わ、わ、トラム! 落ち着いて!」


 激昂してセロさんに向かって桶を振りかぶる。押し留めようとしたフルーも一緒に持ち上がっているが、この際気にしない。この優男の回答如何によっては、振り下ろす事も躊躇わない! ええ、躊躇うものですか!


「待って! 待ってください、トラムさん! トラムさんは何か誤解しておられます! 話し合いましょう! 話せばきっとわかりますから!」


「トラムが何怒ってるかわかんないけど、たぶんセロは悪くないから! 怒っちゃダメー!」


 セロとフルーの必死の静止に私はひとまず停止。いいでしょう、言い分でも言い訳でも聞いてあげようじゃないの。


 沈黙する私に聞く気があるとみた二人は、安堵の息をついた。


「トラム、メローヌの事気付いてないの?」


 困ったような顔でフルーが私に問う。はて? 気付くとは?


「えーっと、言葉が足りなかったようなので、補足させていただきます。養うというのは、彼女メローヌ君がフルー君と同様行くあての無い身だからという事。育てたというのは、別に私一人に限った事ではありません。トラムさんだって関わっているのですよ」


 続いてセロさんが私に早口で説明する。え? 私も関わっている?


「あの……身に覚えが無いのですけど……」


 二人の言葉に戸惑い、振り上げた桶を下ろす。セロさんとフルーの表情からすれば、現状を回避するための苦し紛れの嘘というわけでは無いようだけど、生憎本当にメローヌと面識があるとは思えない。


「質問があります。トラムは何に怒り、何に途惑っているのでしょうか?」


 そう言って話に割り込んできたのは、私達のやりとりを無表情で眺めていたメローヌ本人だ。いや、あなたの事でいろいろと困っているのよ、私は。


「セロさん、悪いけど私はメローヌと会ったのは今日が初めてよ。第一、彼女だって私の事知らなかったじゃないの」


 一つ大きな溜息をつき、ようやく気を落ち着けた私は、改めてセロさんに問う。セロさんも私の問いかけに溜息をつき返す。


「そうですね。確かにメローヌ君は憶えていない。あの時はそこまでココロが完全ではなかったのですよ」


 セロさんのその一言で私の止まっていた思考が動き出した。


 ココロ、聞き覚えのある言葉。私には通じないメローヌの催眠術。フルーと同じ、おそらくはセロさんとも同じ身の上。


 私は一つの結論に辿り着き、それでも信じられないと言った顔でメローヌを見た。


 ええ、信じられるものですか。目の前のモデル並みにスタイルの良い無表情の眼鏡娘が……。


「あなた……ひょっとして、メトロノーム?」


 我が親友フィオ・ディーンに取り憑いたメトロノームだなんて!


「はい。昨晩から人の姿を取る事が可能になりました」


 当然のようにあっさりと返答するに、私は応じる言葉が出なかった。


「うーん、そこまで気付かないものなのですねぇ。やはり人は興味深い……」


 呆然とする私を目の当たりにして、セロさんは私の驚きように驚いている。唸るセロさんの横で、フルーはやれやれと首を振った。


「まあ、あれよ。トラムは鈍いから」


 呆然としたまま。それでも、私は反射的にフルーの頭に桶をかぶせていた。


メローヌの正体は、読んでいてお気付きの方っていらっしゃったのでしょうか? まあ、いらっしゃったんでしょうね。

少し前まではこの子が再登場する事になるなんて、私自身微塵も思っていませんでしたが、はてさて神の啓示か悪魔の囁きか……。

とにかく、メローヌ登場にフィオのヴァイオリン損壊。話題はどんどんトッチラかって行きます。どうやって収集付ける気だ、私。

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