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♪20 見知らぬ店員

 明日の天気を尋ねたら、明後日の夕食を答えてくる。二手三手どころか五手六手先を読んで返答しているのか、何も考えていないのか。そんな会話の成り立たない人が、あなたの周りにはいないだろうか。


 私はいる。作曲中の私自身もそうらしい。




 私ことトラム・ウェットは今日、骨董品音楽堂にやってきた。ここの店員であるフルーという少女に、読み書きを教えてあげるという約束を果たすために。


 そして、私は骨董品の雪崩に遭う覚悟を決めて、この音楽堂の扉を開けた。そりゃあもちろん、フルーに勉強を教えるために。


 そしてそして、私は目の前にいる人物が誰なのかわからずに硬直していた。


「何をお探しでしょうか、お客様?」


 戸惑う私の姿が、欲しい物を探しているようにでも見えたのだろうか。音楽堂のエプロンをかけた見知らぬ女性は、親切にも声をかけてくれた。


 探しているものがあるとするなら、あなたの正体かしら……などと初対面の人相手に軽口を叩けるわけがないじゃない。


「え、いや、あの……」


「インテリアをお探しでしたら、こちらなどはいかがでしょうか?」


 なんと答えてよいやらわからずにいる私が、今度は人見知りの激しい客にでも見えたのだろうか。謎の女性は丁寧に商品が並べられた棚から一つを取り出して、私に見せてくれる。


「こちらは旧マンドラゴラ王朝で使用されていた桶でございます」


 宝石がちりばめられた桶を紹介してくれる店員。


 でも、ごめんなさい。目が見ている桶の画像も、耳が聞いている音声も、私の頭には届いていない。私の頭は、彼女が誰かという脳内検索で手一杯です。


「当時、桶は神の所有するものとされており、王族にしか利用する事が許されておらず……」


 説明を始める店員。私と同じポニーテールだが、彼女は黒髪。すらりとした長身、長い手足を飾るのは、シミ一つ無い純白のワイシャツと漆黒のスカート。ワイシャツの襟を飾るリボンは、深紅の薔薇を連想させる。


 音楽堂と女性で脳内検索……二件該当。一人目、音楽堂店員フルー。違うわね。彼女にはフルーのような暖かな陽気が無い。ひんやりと冷たい印象。二人目、客トラム・ウェット……って、私かい。


「中でも、この桶は時の王アランドロン二世自らが工房に赴いて職人に作らせたと言われており……」


 桶について淡々と講釈を続ける彼女。リボンが薔薇なら、その整った顔立ちは棘。何者も寄せ付けないかのような冷たい印象を受ける無表情。その薄い唇から紡ぎ出す淀みない口上と、縁無し眼鏡が実に知的ね。


 今度は音楽堂と眼鏡で脳内検索……二件該当。一人目、音楽堂店長セロさん。違う。彼は男だし、銀縁眼鏡だ。二人目、客トラム・ウェット……って、また私か。彼女が私なら私は誰よ。大体、私の眼鏡は赤のセルフレームよ。


 もう一度、音楽堂と黒髪ポニーテールで検索……該当無し。続いて、音楽堂とモデルスタイルで検索……該当無し。懲りずに、音楽堂とクールビューティーで検索……該当無し。


 結論、該当無し。


「……という桶マニアにはたまらない珠玉の一品。これであなたも王様気分。れっつ、えんじょい、王様らーいふ」


 私が混乱していた間も終始淡々と、決め台詞も淡々と。実に抑揚無く続いた説明が終わり、私と彼女の間に沈黙の時間が流れていく。


 黙ったままの私から商品をお気にめさなかったと見たらしく、女性店員は宝石桶を棚にそっと戻した。


「失礼しました。では、こちらの品はいかがでしょう。こちら大変リーズナブルで……」


「わ、わわ! ちょっと待って!」


 次の商品案内を始めようとする彼女を、私は慌てて止めた。


 彼女が誰かはさておき、この店の店員であることに変わりは無い。その音楽堂の店長であるセロさんの頼みもあって来店しているのだ。このまま客として扱われて無駄に時間を使うのは得策じゃないわよね。


「ごめんなさい。私はお客さんじゃないの」


「……お客様では無い?」


 私の言葉に女性は僅かに困惑の色を見せた。良かった。さっきまでの話し方で、彼女には感情が無いのかと思っちゃったわ。


「ええ、違うのよ」


 店員である彼女に頼んでセロさんとフルーを呼んでもらおう。そうよ、何を物怖じしていたのかしら。最初からそうすれば良かった。


「では、強盗さんですか? ……それは困りましたね。店長はこの店に強盗などくるはずも無いとおっしゃいましたので、何も教育を受けていませんでした」


「いや、強盗違うから」


 対応に戸惑う店員に私は冷静にツッコむ。客じゃなければ強盗って、どれだけ飛躍した解釈よ。


「やはり、接客業を営む者としてあらゆる対処法を教育していただくべきでした。この状況は店長の店員教育の放棄と、店員である私の学習意欲の欠落がもたらした結果だと思うのですが……。この点をあなたはどう思われますか、強盗さん?」


「いや、私に振らないでよ。それと、私は強盗じゃ……」


 そう言いかけた私だが、彼女の行動に驚いて止まる。


 謎の店員がおもむろに懐中時計を取り出し、私の鼻先に突き出してきたのだ。


「……な、何?」


 目の前に垂れ下がる銀の懐中時計と、その先にある彼女の無表情。不可解な彼女を問いただそうとしたが、彼女はそれを聞いてくれない。


「申し訳ございません。生憎と店長から指示を受けておりませんので、ここからは私の一存で実力行使させていただきます」


「だから一体何の話を……」


 店員は摘み上げていた懐中時計の鎖を左右に振り始め、それにともなって時計が振り子のように揺れ動く。私の目は、知らないうちに時計を追っていく。


 一定のリズムで右へ、左へ。それこそ、時計のように精巧に。右へ左へ、チクタクチクタク。本当に時を刻む音が聞こえてくるかのように、チクタクチクタク。


「もっとも、私は暴力行動を好みません。ですので、あなたにはこのままお帰り願いたいと思います」


 揺れる銀の懐中時計が刻む時の音。その合間を縫うように囁かれる女性の声。これはひょっとして……催眠……術……?


「さあ、回れ右です。そして、扉を開いて外へ……」


 私は焦点の合わない目で彼女を見て頷き、指示通り回れ右して扉に手をかけ……。なんてことになると思わないで欲しい。私は左右に揺れる銀時計を、飽きもせずに目で追い続けている。


 彼女の技量の問題か、私の精神力の問題か、とにかく彼女の暗示は効いていないのだ。


「さあ、回れ右です」


 改めて指示する彼女へチラリと視線を送る。


「えっと……この催眠術ゴッコはいつまで続ければいいの?」


 困り果てて尋ねる私に、彼女は手を止めてキョトンとした顔で私を見返した。


 再び訪れた見詰め合ったままの沈黙の時間。


「私はお客さんでもなければ強盗さんでもないわよ。セロさんの要請でフルーちゃんに勉強を教えに来たの」


 沈黙を先に破ったのは私のほう。このまま、彼女と話していても埒が明かないみたいだし、早いところ本題に入りたいものね。


 でも、店員のほうは私の言葉を聞き入れてくれなかったようで、額に脂汗を浮かべ、口をわななかせている。


「そんな……私の暗示が……」


 無表情だったはずの彼女にはっきりとした感情が表れてくる。これは、焦りとか怯えとか、そんなものだろう。


「あ、あなたは……いったい……」


 何者かと言いたいのなら、それは私の台詞よ。なんなのよ、この人は……。


 いつまでも目の前に下げられている懐中時計がさすがに邪魔だわ。押しのけるべく時計に手をかけようとした途端、店員は私から時計を守るように胸元へと引き戻す。


「あの、二人共いないの?」


「ヒッ……!」


 尋ねながら一歩前進した私から逃げるように、彼女は悲鳴を上げて飛び退いた。


 その反応は結構傷つくわよ。と思ったのも束の間。私は彼女の背後を見て慌てた。


「あ、危なッ……!」


 そう叫んだものの時すでに遅し。飛び退いた彼女は勢い良く商品棚にぶつかり、棚に並べられた骨董品達が女性の上へと降り注ぐ。


 だが、私には彼女の身を案じている余裕など無かった。


 女性店員に向かって骨董品を落とした棚は、それだけでは飽き足らないと隣の棚にぶつかり、その棚も隣へとぶつかり……。


「……結局、こうなっちゃうわけね」


 私は勢いを増す骨董雪崩の中で呟いた。


 最終的に、いったいどれだけの棚が連鎖反応を起こしたのか。それは途中で巻き込まれた私にわかるはずもない。


いつもより遅めの更新となりました。もし、気にかけていてくださっていた方がいらしたら、遅れてすみません。

さて、今回のお話。変な子が音楽堂メンバーに加わりました。何かと不慣れな事も多い彼女ですが、他のレギュラー共々温かく見守ってあげてください。

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