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♪18 妖精の護る店

「毎度ありがとうございましたー!」


 店員の挨拶を背中に聞きながら、私は店を出た。扉の上で鳴っているベルの音が「またおいで下さい」と言っている気がする。そうね、また来るわ。ピッコロ親父さんの作ったクロワッサンは絶品だもの。


 音楽堂を影から見守っている妖精、ディンベルとドンベル。彼等に出会って二日後の昼下がり。ここは港町カオブリッツの一角。私、トラム・ウェット御用達のパン屋さんピッコロベーカリーの店の前だ。


 店を出て二歩三歩と歩き始めた私は、早速ピッコロベーカリーのロゴが入った紙袋を開けた。袋の中からは香ばしい匂いが立ちこめ、私の鼻をくすぐり魅了する。


「腹が減っては戦は出来ぬ、ってね」


 はしたないとは思うけど、やっぱり我慢できないわ。紙袋からクロワッサンを一つ取り出した私は、歩きながらそれにかぶりついた。


 うん、美味! これから大仕事が待っている私には、もってこいのエネルギー補給だわ。


 そう、これから私は戦場に赴く。難敵相手に元気さで負けてはいられないのよ。


 私はパンの残りを一気に口に放り込み、愛用の鞄の中身をチェック。


「モグッ、ムグッ……えっと、これと、これと……」


 アパートを出る時に一度確認した中身のまま、変化無し。ヨッシャ、準備万端ね。


 私は鞄を持ち直し、パン屋の紙袋を抱きかかえながら歩みを進める。


 そして、私は扉の前で立ち止まると、小さく身震いをした。この感覚は家庭教師のバイト先、ティアンちゃんチに始めて行った時に似ている。


 怖い? 違う、武者震いだわ。


 一つ深呼吸してから胸をそらす。自然と視線は上を向き、店の看板が目に留まる。


 音楽堂。今日、この地は私の一手によって悲鳴が木霊する戦場と化すであろう。何せ、この店の問題児フルーに勉強を教える事にしたのだから。


「さて、参りますか!」


 自分を励ましつつ扉に手をかけた。


 意気込みに反して、扉を押すその手はそっと優しく、だ。いや、だって過去の経験からすると、この店の扉を元気良く開けた時は酷い目に合うんですもの。


「こんにちはー」


 扉を開けると同時、ベルの音色に合わせて朗らかスマイルで挨拶。


 ……そこまでは良かった。


「危ない、逃げて!」


 突如店の中から響くフルーの叫び声。


 驚いた私の体は、彼女の言葉に従う事無く硬直してしまう。動けないでいる私の目が捉えたのは、今まさにこちらに向かって雪崩れてくる骨董品の数々。


 そして、私の体の中で唯一動いた喉は、自分のなすべき仕事を忠実にこなす。


「ひゃぁぁぁぁっ!」


 そんな悲鳴を残しながら、私は押し寄せる骨董雪崩に巻き込まれていった。


「もしもーし。聞こえます? え? ええ、すみません賑やかで。どうやらお隣が飼ってるコモドオオトカゲが暴れているようで……。それでディバンニさん。今月の家賃ですけど。え? 先月と先々月? 冗談は無しですよ、払ったじゃないですか」


 遠くで聞こえるセロさんの声。


「もう! ディンベルが悪戯するからお客さんが巻き添えになっちゃったじゃない」


「何を言うてんねん、フルー! 片付け方が良けりゃ、こんな事にはならへんのんや」


「二人共、喧嘩はよくないのだ~。止めるのだ~」


 骨董品の山の上ではフルーとディンベルが口喧嘩を始め、ドンベルが二人を宥めている。そうね、喧嘩は止めようね。


「おーい、フルーちゃーん。それにディンベル君とドンベル君。助けてよー」


 そんな私の声にフルー達の声が止まる。


「おろ? トラムなの?」


「マズい、こらアカン。トラ姐さんを巻き込んでしもたやないか」


 慌て始める三人。ふぅ、良かった。これで助けてもらえる。ついでに喧嘩も収まったみたいで何よりだわ。


「う~、また叱られるのだ~。怖いのだ~」


「む、それはかなわんなぁ。そや、ドンベル。このままトラ姐さん置いて逃げよか」


 待て、待て待て。それは困る。


「ダーメ! 二人共、トラム助けるの手伝いなさい!」


 逃走を図ろうとする妖精ズを叱るフルー。偉い! 偉いぞ! よく言ってくれた、フルーちゃん! 嬉しくてお姉さん泣いちゃいそうよ。


「冗談やがな、フルー。ワイらがトラ姐さんを見捨てると思たんか?」


「そう言いながら、後ずさりしてるのはなんでさ」


「う~、するどいのだ~」


 むぅ、困ったわね。この三人だと話が進まないわ。そうなると、頼りになるのはセロさんか。


 そんな私の希望が聞き入れられたのか、店の奥からセロさんの話し声が再び響く。


「わかっておりますよ。今月には……っと、違った。今月もきっちりと払いますから。お客様が来ていますので、お話はまた後日。それでは失礼します。……ほらほら、ディンベル君とドンベル君。急いでトラムさんを救出しますよ。手伝ってくださいな」


 逃げ腰になっている妖精達をセロさんが急き立てる。


「助ける言うても、ワイらがおらんでもセロとフルーがおったら大丈夫やないか」


「そうなのだ~。セロがいれば百人力なのだ~」


「二人でやるより、四人でやった方が早いでしょ? それにね……」


 抗議する二人を、いつもどおりの穏やかな口調で諭すセロさん。


 ふいに言葉を止めた彼に、ディンベルとドンベルはもちろんの事。フルーも私も口を閉ざして続く台詞を待った。


「先程、店の奥にいた私のところまでトラムさんの助けを呼ぶ声が聞こえました。トラムさんは骨董品に隠れて見えませんが、声は問題無く通っているんです。となると、お二人の逃亡計画は当然のようにトラムさんの耳にも届いているわけで……」


 ディンベルのものか、ドンベルのものか。生唾を飲み込む音がやけにしっかりと聞こえた。


「それでも逃げるとおっしゃるのなら、私は止めません。でも、そうなるとトラムさんは、あとでもっと怖いですよ~」


「トラ姐さん! 待ってておくれやっしゃ!」


「ごめんなのだ~! 今すぐ助けるのだ~!」


 そんな言葉を引き金に、妖精達がガッシャガッシャと骨董品を掘り返し始めた。うぅ、助けてくれるのは嬉しいけど、セロさんまで私をそんなふうに見ているなんて……。


「でも、今日も来てくれるなんて、トラムもすっかり常連さんだね」


 奮闘する妖精ズの横で、骨董品をかき分けながらフルーが嬉しそうに言う。


「ははは、確かに。何度も来て下さるお客様。お店をやっていて良かったと思える瞬間かもしれませんね。もっとも、今日は違いますけど」


 フルーの言葉に楽しげに同意するセロさん。だが、最後の一言がかもし出す不安感にフルーの手が止まった。


「どういうこと、セロ?」


「今日のトラムさんは、フルー君の家庭教師として私がお呼びしたのですよ」


「……」


 しばしの沈黙。それから、再び骨董品を掘り返すガッシャガッシャ音。今度はさっきの三倍速。おお、フルーちゃん! 勉強する気になってくれたのね!


「ちょ、ちょっと、フルー君! 待ちなさい!」


「あ~、止めるのだ~!」


 一人感動する私をよそに、上では妙に慌てている様子。


「こら、フルー! ワイらがせっかく掘り返したモンを埋めるて、どういうつもりや!」


 そうか。逆か。掘り返してんじゃなくて、埋めてんのか。道理で私の体にのしかかる骨董品が重くなってきたわけだ。そうか、フルーちゃんはそういう態度か……。うん、やっぱり当初の予想通り教え甲斐がありそうな生徒だわ。


 フルーの学力向上の為、私は鬼教官となろう。そんな決意を表すように、私は骨董雪崩の下で拳を固めた。


「やーだー! やーだ、やーだ、やーだ! 勉強なんて嫌い!」


「あわわ。落ち着きなさい、フルー君。ディンベル君もドンベル君もぼんやり見てないで止めて下さい!」


 頑として勉強を拒んで暴れるフルー。彼女を取り押さえようとするセロさん。その彼からの救援要請で加勢に入るディンベルとドンベル。大混戦の四人がいるのは骨董品達の上で、そうなると当然骨董品の下敷きになっている私の上で……。


「わー! 止めてー! 骨董品の上で暴れないでー! って、重い! 重い重い、重いってばー!」


 叫び苦しみもがく私が身をよじった拍子に、骨董山脈が大きく揺れた。


「あわわっ!」「ひゃっ!」「おろぉっ?!」「落ちるのだ~!」


 崩れる骨董品の山に足をとられたセロさん達が、四者四様の声を上げて転ぶ。


 そして、四人分の転んだ音の中で私の耳は二つの音を聞き逃さなかった。いや、聞こえてしまった。忘れるものか。今の音はディンベルとドンベルの持つベルの音だ。


「わちゃー、やってしもたなぁ」


「う~ん、大失敗なのだ~」


 そんな妖精達の声が漏れる。なんだろう、とても嫌な予感がするわ。


「わ! ディンベルもドンベルも体が光ってるよ!」


 骨董品の上から響くフルーの声。


 はい、予感的中。空間をつなげる門が開いてしまった。


「あ、セロも光ってる!」


 ありゃ、今回はセロさんか。


「そういうフルー君は光っていませんね」


 フルーに返したセロさんの言葉に、私の脳裏にさらなる予感が走る。


 恐る恐る自分の体を見てみた。……うわ、光ってる。


「あんな、トラ姐さん。無理かも知れんけど、今回もどこに落ちるかわからへんから、頭抱えといたほうがええで」


「そっか~。今回はセロとトラ姐さんが巻き添えなのだ~」


 そんな妖精達の声で今回の空間旅行者は決定した。


 まあ、綺麗にセッションすればすんなり帰ってこれるのは間違いないんだし。ディンベルやドンベルとのセッションが楽しめると思えば、それはそれで悪くは……って、音痴のセロさん?!


「えーっと……。あ、あのー、トラムさん?」


 ものすごく恐縮した様子のセロさんの声が響く。おどおどとした彼に、私は不適な笑い声で返した。


「ふっふっふ。安心して、セロさん。こんなこともあろうかと音楽の教本も用意しておいたの。さあ、ビシビシ行くわよ! 覚悟して頂戴ね!」


「ヒィィィィィィッ!」


 そんなセロさんの悲鳴を残し、私達の体は輝く光に包まれた。




 鉄棒で逆上がり。補助輪無しの自転車。九九暗唱。あなたは苦労を重ねて成し遂げたものがあっただろうか。


 私はある。あの達成感を、今から彼にも味わってもらおう。


はい、というわけでエピソード2『誰が為に鐘は鳴る』でした。

想像以上のボリュームになってしまいました。構成だのなんだの、まだまだ勉強が必要のようです。ええ、精進します。

さてさて、次回からは新エピソード突入。予定ではエピソード1『おいでませ音楽堂』に出ていたあの子を再登場させたいなと思っています。

楽しみにしていただけると、とても嬉しいのですが……そうしていただけますか?

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