♪16 即席音楽隊
ある学者は落ちるリンゴから引力を発見した。また、ある小説家は『ポテッ』というワンフレーズから一つの小説を思いついた。そんな何気ない事から、素敵な思い付きをする事が無いだろうか。
私はある。あれは悪くない考えだと思う。
「さて、これで役者は揃ったわけね」
満足げに頷く私の前には、音楽堂唯一の店員にして生粋のトラブルメーカーのフルー。そして蟷螂とジャガイモ……じゃなかった。音楽堂を守護する妖精ディンベルとドンベル。
「う~、トラ姐さんは美人だけど怖い人なのだ~」
「シッ! 黙っとけ、ドンベル。聞こえたら、もういっぺんトラ姐さんにシバかれるで」
妖精達はその小さな体をさらに小さくしながら、こそこそと話し込んでいる。
うん、聞こえています。そりゃもう、はっきりと。どうでもいいけど、妖精さん達の間では私の呼称はトラ姐さんで統一する方向なのね。
「それじゃあ、ディンベル君とドンベル君に元の世界に戻してもらいましょうか」
「うん! ディンベル、ドンベル、お願いだよ!」
私の横ではフルーが声を弾ませている。ようやくセロさんのいる元の世界に戻れるのだから、さぞ嬉しかろう。
「なぁ、トラ姐さん。その事なんやけどなぁ」
はしゃぐ私達を前に、ディンベルはなんだか言いにくそうに話し始めた。
「空間を渡る道を作るには、ワイやドンベルの鐘の音が必要や。これはわかっとるな?」
問われて私は素直に頷く。
鐘の音同士、もしくは鐘の音と何かの音、その二つの音の狭間に道はできる。忘れるものか。その道を開き損ねて、私は音楽堂の天井から落っこちたのだから。
「ほんで、空間を渡る道を通るには、ワイかドンベルが同行せなあかんのや。これは初耳やろうな」
そう言われて、私はもう一度頷いた。
確かに初耳。妖精の鐘は道を開く鍵であり、妖精は水先案内人というわけね。
「それがどしたの?」
話し合う私達の横から、事情が分からないでいるフルーが尋ねてきた。
ディンベルが言いたいのは、道を通れるのはベルの所有者である妖精と、音を合わせた者……そりゃあ、私みたいに巻き添えを食らう場合があるみたいだけど、とにかく同行できるのは一人だということ。私とフルーは、妖精と一人ずつ空間を渡る事になる。
自惚れるようで恐縮だけど、私はこれでも音楽院生だ。ディンベル達のベルに音を合わせる自信は一応ある。そうなると、問題は……。
「フルーちゃんの音感が確かなら、問題無いんじゃない?」
「あの音痴のセロと住んどるんやで? 心配やと思わんか?」
「アタシは音痴じゃないもん!」
ディンベルの反論に言葉を詰まらせる私の横で、フルーが抗議する。
「ホンマか? つまらん見栄張られて痛い目を見るのは、フルーだけとちゃうねんで」
もう一度茶色の小瓶に押し込められない為にも、慎重を期したいのだろう。ディンベルはフルーの音感を疑っている。
「むぅ~!」
フルーはフルーで、ディンベルの不信が気に入らないらしい。妖精の疑いの眼差しを、真っ向から睨み返す。
これじゃあ埒があかないわね。
「ちょっと、二人共。ここまで喧嘩なんてしないでよ」
「そうなのだ~。みんなで仲良くするのだ~」
睨み合いを始めるフルーとディンベルの仲裁に入る私に、ドンベルも同意してくれる。
ん? 今、ドンベルが何かいい事言ったような……。
「ドンベル君、今なんて言ったの?」
私はドンベルの一言で一瞬脳裏をよぎった考えを思い出そうとする。
「ん~と……そうなのだ~、なのだ~」
どうなのだ。
「みんなで仲良く、や」
ドンベルが言わなかった言葉を、相方のディンベルが付け加える。
あ、何か噛み合わないピースがうまく収まったかも。
ディンベルも私と同じ考えに辿り着いたようで、フルーへの疑心を捨て去ったような晴れやかな顔で私を見た。
「ディンベル君……」
「四重奏にしてみたらどうなるか、か?」
ディンベルに口にした言葉は、まさに彼に問おうとしていた事だ。そして、その答えは愉快そうに笑みを浮かべる彼を見ていれば想像がつく。
「なかなか面白い試みじゃない?」
「妖精が二人いるんやから、おまけが二人ついても勘定は合う。やってみる価値は大いにありそうやな」
そうだ。ここにいるのは妖精が二人、同行する者も二人の計四人。音痴疑惑がかかっているのはフルー一人。ならば、フルーを私達三人でフォローすれば……。ドンベルの一言で思わぬ道が開いたわ。
「ねぇ、フルー。どうしちゃったの?」
笑みを浮かべあう私達を不思議そうに見ているフルー。その横では、一足遅れて私達の思惑に気が付いたドンベルがほんわかと笑顔を作る。
「そうなのだ~。みんなで仲良くすればいいのだ~」
なんだか、さっきの台詞を繰り返しているだけみたいだけど、ドンベルもわかってくれたみたいね。
「そう。みんなでやれば、うまく向こうの世界へ戻れるんじゃないかってことよ」
「みんなで?」
「そうね、まずはフルーちゃんに歌い出してもらって、それに一人ずつ乗せていきましょうか」
首を傾げるフルーに私が提案すると妖精二人は同意するように頷いた。フルーが音痴だろうと、私とディンベル、ドンベルはそれに合わせればいい。妖精達も口にこそしていないが、暗黙のうちに了解してくれたようだ。
ただ、肝心のフルーは首を逆方向に傾げてみせる。
「何を歌えばいいの?」
むぅ、確かに選曲は大事なところよね。変な曲を歌われたら合わしきれないかも。
「私が知っていそうな曲……」
そして、フルーが歌えそうな曲だから、えーっと……。
「トラムの知ってる曲ね! わかった!」
「え?」
考え込む私に向かって、フルーはニカッと笑って頷いた。え? それだけでわかっちゃうの? っていうか、何を歌うつもりなの?
今回の冒頭でトラムが話している『ポテッ』の話ですが……実話です。