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♪15 眠れる妖精

 眠っている時に耳元でフライパンとおたまを打ち鳴らされたり、背中に氷を入れられたり。そういった変わった起こされ方をした事があるだろうか。


 私はある。主に悪……親友のフィオから。でも、今回のような起こされ方をされた事は無いし、して欲しくも無い。




 それなりの高さから落ちたにも関わらず、相変わらず眠り続けている小人さん二号。彼こそ、ディンベルが相方と呼んでいたドンベルだ。


 だぶついた服装はディンベルと同じだが、ドンベルの丸々とした体をゆったりと包んでいる服は黄色。薄緑の服の痩せたディンベルを蟷螂と例えたが、対するドンベルはジャガイモみたいだわ。


「こら、ドンベル! とっとと起きんかい!」


 小瓶……じゃなかった、小人ディンベルが小さな体とは不釣合いの大声を張り上げてドンベルを怒鳴りつけると、ドンベルは寝苦しそうに寝返りを打つ。


「う~ん、もう食べられないのだ~」


 そんなお約束の寝言を言いながら。体系、口調、台詞、総合して感じた第一印象は、ドンベルって食いしん坊キャラだなぁ。


「やや! その妖精さんがドンベル君ですね」


 ドンベルを拾い上げると、どこからともなくセロさんの声が響いた。私は辺りを見回し、セロさんが覗き込んでいる鏡を見つける。


「そうみたい。ディンベル君と同じでよく寝てるわ」


「ちょいちょい、トラ姐さん。こっちの声は向こうに聞こえへんの忘れたんか?」


 セロさんにドンベルを見せる私の隣で、ディンベルが呆れたように言う。おっと、そうだったわね。


「それに、ワイはコイツほど寝坊助とちゃうで」


「そうかなぁ。ディンベル君もベルを鳴らすまでは寝てたわよ」


 そして、それはディンベルだけではなくドンベルも同じではなかろうか。私はドンベルの首に下がるベルを摘み上げ、軽く一振りしてみる。


 ドンベルの小さなベルから発せられた音色は、低くて重い。それは決して不快なものではなく、穏やかで優しく心地良い。


「うーん、これだと起きられないかも」


 むしろ、あまりの心地良さに眠ってしまいたいぐらいだ。しばらく聞き入っていた私は苦笑いを浮かべる。


 ディンベルのベルの音が目覚めを促す眩しい朝日なら、ドンベルのベルの音は眠りを誘う朧な月光。気持ちよさそうに眠るドンベルの顔が、それを証明してくれている。


「起こすんならワイの鐘でないとアカンで」


 自慢げに胸をそらしているのだろうが、生憎とディンベルは小瓶の中だ。頭だけ仰け反った拍子に倒れそうになる。


 前へ後ろへ、左へ右へ。フラフラと微妙なバランスを取りながら倒れないでいるディンベル小瓶を摘み上げると、私は彼の胸元を見る。


「そうみたいね。でも、これじゃ鳴らしようもないし……」


 ディンベルの首から下は茶色い小瓶の中。当然首から提げているベルも小瓶の中だ。鳴らすことはもちろん、取り出すことも出来ないわね。彼を救い出す方法なのだけど……。


「トラムー! シャンプーあったよー!」


「お! グッドタイミングよ、フルーちゃん!」


 使い古しのシャンプーボトルを高々と掲げながら戻ってきたフルーを、私は親指を立てて迎える。フルーもその仕草が気に入ったのか、私に向けてグッと親指を立てて見せた。


「二人して何を浮かれてんねん。ワイの頭をサラサラヘアーにでもするつもりなんか? それともドンベルの頭か?」


 サラサラにしてどうするって言うのよ。私の行おうとしている事がわからないディンベルは、フルーの手にするシャンプーボトルと私達を見比べながら怪訝そうな顔を浮かべた。


「違うってば。これでキミを助けるのよ」


「どういうことや?」


 どうやら、妖精さんはこの手の生活の知恵とは無縁らしい。そうか、知らないか。知らないのなら教えてあげよう。


 私はイタズラっ子の笑みを浮かべ、小首を傾げるディンベルを見た。


「んっふっふ、こういうことよ!」


 言うが早いかディンベルの背後に回り、彼の背中と小瓶の隙間へシャンプーボトルのノズルを差し込んだ。


「な? トラ姐さん、いったい何を……って、アヒャヒャヒャヒャッ!」


 怪訝な顔をしたディンベルだったが、私がノズルを一押しするとバカが付くほどの笑い声を上げ出した。その変貌にフルーが目を丸くし、私は予想通りの反応に口元をほころばせる。残念ながら、ドンベルはこれだけの笑い声の中でもぐっすり眠っているが。


「トラム、ディンベル壊れちゃったの?」


 小人の豹変に戸惑いを隠せないフルー。私は彼女を安心させようとセロさん並の穏やかな笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫よ」


「な、何が大丈……アヒャヒャッ! 背中……トラ姐さん、背中はアカン! アヒャヒャヒャッ!」


 ふむ。背中はダメですか。では……。


「アヒャヒャヒャッ! わ、脇! 脇の下にシャン……アヒャヒャヒャヒャッ!」


「ト、トラムぅ……」


 目に涙を浮かべながら高笑いを続けるディンベルが怖くなってきたのか、フルーは容赦なくノズルを押す私の袖を引っ張った。


「ねぇ……怖いよぉ。止めようよぉ、トラム」


 フルーに懇願され、私はシャンプー攻撃の手を止めた。シャンプー液のくすぐり地獄から開放されたディンベルは、にやけ顔のままピクピクと痙攣している。


「ふむ。ま、こんなところかな?」


「トラム、こんなことして大丈夫なの?」


 放心状態のディンベルを横目にフルーが私に聞いてきた。


 その『大丈夫?』が、まがりなりにも家を守る妖精にこの仕打ちをしていいのか? という事なら……どうなんだろう。でも、やっちゃった事は戻せないし、私の事をツルペタだのなんだの言ったのだから痛み分けにしていただこう。そして、これでディンベルが小瓶から脱出できるのかという意味で尋ねたとするなら……。


「さてさて、上手くいったら御喝采」


 私は小瓶を取り上げると、未だに痙攣しているディンベルの襟首を掴む。


 小瓶に入れられたシャンプー液が、潤滑剤として上手い具合に広がってくれたみたい。私に襟首を引っ張られたディンベルは、シャボン玉と一緒に小瓶から飛び出した。


「ほらね?」


「うわっ、凄い! 手品みたい!」


 見事小瓶から脱出したディンベルと、シャンプー液まみれの小瓶を手にフルーにウィンクすると、フルーは感嘆の声を上げて拍手喝采をしてくれた。正直言ってここまで上手くいくとは、私も思っていませんでした。生活の知恵って凄いわね。


「何が手品や! トラ姐さんはワイを笑い死にさせる気か!」


 痙攣から復活した途端、ディンベルが騒ぎ出した。私に摘み上げられたまま暴れるものだから、手足をバタつかせるたびに周りにシャボン玉が舞う。


「あーもう、暴れないで。悪乗りしたのは謝るから。でも、キミを助ける為だったんだからね」


「ホンマかいな」


「嘘ついてどうするのよ。現にこうして小瓶から出てこれたじゃないの」


 ディンベルの不信の眼差しを真正面から受け、私は口を尖らせながら真面目に返す。


「むぅ、それもそうやな……」


「でしょ? とにかく、これで残すところはドンベル君の問題だけね」


 一応納得してくれたディンベルにそう言うと、私達は未だにグッスリ就寝中のドンベルに視線を向けた。


「まあ、コイツはワイの鐘で起きるから大した問題やないけどな」


 得意気に言ってのけるディンベルを床に下ろすと、彼は小さな体を目一杯伸ばした。茶色の小瓶の中でしばらく動けなかったおかげで、体が強張ったのかしら? 私とフルーの見守る中、準備体操に余念が無い。


 一通り体をほぐし終えたディンベルは、首にかかるベルの紐を取りながらドンベルの元へ歩み寄る。


「よっしゃ! 一つ盛大な一発で起こしたろやないか。行っくでー、ドンベル!」


 気合のこもった声と共に、ディンベルはベルを持つ手を大きく振りかぶって……。


「あ……」


 意図的になのか、単なる事故か。振り鳴らす筈だったベルは、持ち主であるディンベルの手からすっぽ抜けてドンベルめがけて飛んでいく。


 ゴイィィィィィン!


 目覚めを呼ぶ音を放つはずのディンベルのベルが、鈍い音を立てながらドンベルのおでこで跳ねた。


「えぇー」


 がっかりだと言わんばかりの視線をディンベルに向けるフルー。


「うん、盛大な一発だったわね」


 呆れ顔でディンベルを見る私。


「あのー、なんだかもの凄く痛そうだったんですけど、大丈夫ですか?」


 鏡越しに尋ねてくるセロさん。


「ちゃ、ちゃうねん! シャンプーで手が滑ってん! 誰が好き好んで相方に鐘ぶつけるかっちゅうねん!」


 ディンベルは慌てて私達に弁明する。シャンプー作戦を強行したのは私だ。この失態の責任の一端を自分が背負っていると思うと、ディンベルの言葉は耳が痛い。


「それで、ドンベル君は大丈夫なの?」


 心配しながら様子を窺う私達の前で、ドンベルは寝苦しそうに寝返りをうった。


「ふぅ、良かった。生きとったか」


 そうね。確かに殺しかねない強烈な一発だったわよ。ヒヤヒヤしたわよ。


「う~ん……」


「あ、トラム。小人さん起きたよ」


 フルーの声に私は安堵の息をつく。良かった。これで私もフルーちゃんもこの鏡の中から出られるというもの。


「む~?」


 ドンベルは半身を起こすと寝ぼけ眼で周囲を見回した。改めて彼を見てみれば、額に立派なコブがポッコリと出来上がっている。


「やれやれ、ようやくお目覚めやな、ドンベル」


「やぁ、ディンベル。おはようなのだ~」


 ドンベルは相棒ディンベルを見つけると呑気に目覚めの挨拶をした。


「む~? なんだか体が痛いのだ~」


 そうよね。私が持ち上げた桶から落ちたんだもの。痛いわよね。


「特におでこが痛いのだ~」


 そうよね。ディンベルのベルが直撃したんだもの。痛過ぎるわよね。


「き、気のせいと違うか?」


 努めて平静を装うディンベル。その脇からフルーがひょっこり顔を出す。


「あのね、ディンベルが持ってたベルをドン、モゴゴ」


「と、とーにかく! よう起きてくれたで、ドンベル。おまえが目ぇ覚ますのを待っとったんや」


「ドンベル君の力を貸して欲しいのよ」


 真実を語ろうとしたフルーの口が、ディンベルと私の手で塞がれる。


 ごめんね、フルーちゃん。正直なのは悪いことじゃないけど、余計な事を言ってこの妖精さんの仲が悪くなったら困るのは私達なのよ。鏡の中から出られなくなるのよ。お願いだから黙っていてね。


 もがもがと口を動かすフルーと、口を塞ぐ私とディンベル。三人の様子を見ながら、ドンベルはゆっくりとした仕草で首を傾げると私を指差した。


「この美人さんは誰なのだ~?」


 うわっ! 嬉しい事を言ってくれるじゃないか! 相方のディンベルと違って正直者な奴め!


「ああ、この姉さんはトラ姉しゃんとひって……ってにゃにふんねん!」


 私はディンベルのほっぺたを抓ったまま、ドンベルに満面の笑顔を向ける。


「私の名前はトラム・ウェット。聖フォンヌ音楽院の二階生よ。よろしくね、ドンベル君」


 そう自己紹介した私に、ドンベルはニッコリと笑って私の胸元を指差すと……。


「トラムはペッタンコなのだ~」


 ドンベルの情け容赦無いストレートな物言い。


 ごすっ!


 気が付けば、私はそんな彼に右ストレートで打ち返していた。



今回の話を書いていて、つくづく思ったのですが……トラムって、こんなキャラクターだったんですね。書いていた私も知りませんでした。

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