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♪14 二人目の妖精

 開かない蓋に輪ゴムを巻くと開けやすくなるとか、洗濯紐に結び目を付けておけば洗濯物が風で寄せられないとか、そんな知恵袋的な生活の知恵を持っているだろうか。


 私は、ちょっとはある。あれもその一つだ。




 音楽堂店内の床を踏んでいた私の両足。足元にあったその感覚が突如消えた。


 同時に目の前に広がっていた骨董品達も消えた。代わりに目に映った風景は……間近で見るのは初めてだけど、これって音楽堂の天井よね。音楽堂の散らかりように呆れて、天を仰いだ時に見た木目そのままだもの。キスマークみたいなシミも見覚えがあるし、間違いないわ。


 さて、ここで問題。地に足が着いていないと、どうなるか? ヒントは、今私の視界に広がっていた音楽堂の天井が、どんどん遠のいているって事。答えは……。


「ヒャーッ!」


 落ちてる! 私、落ちてる! これが鏡への通過儀礼に失敗した結果だっていうの? 失敗したの私じゃないわよ!


「セロさんのバカー!」


 そんな恨み言を残しながら、私は骨董品達の転がる音楽堂の床へと墜落した。


 本、壷、皿、鍋に桶。そんな物が所狭しと群がっている中に落っこちたら、さぞや痛かろうと覚悟していた私。だが、そんな悲壮な覚悟を抱えて落ちた私を、骨董品達は優しく受け止めてくれた。


「むぎゅっ!」


 そんな悲鳴を上げながら……って、骨董品じゃないわ。


 落ちた腰から伝わる柔らかい感触に下を見やる。そこにいたのは若草色のチョーカーをした三つ編みの女の子。


「フルーちゃん!」


 そう、音楽堂の店員にして、店内に混沌を呼ぶ虎娘。今回の鏡騒動の引き金を引いたフルーがいた。


 驚きの声を上げる私に対し、私を背に乗せて倒れているフルーはジタバタともがいた。


「ど……どいて、トラム……重いよぉ」


 む、失礼な。私は友達の中じゃ軽い方よ。母親に全く似てないスレンダーよ。などと文句を言うところじゃないわよね。


 私は急いでフルーの背中から降りると、彼女を助け起こす。


「ごめんね。大丈夫?」


 問いかけてみるがフルーの返事は無い。何かを我慢しているような膨れっ面で私を見るばかり。どうしたんだろう? 私が落っこちた拍子に怪我でもしたかしら。


「ねぇ、フルーちゃん。どこか痛いの?」


 黙ったままのフルーの頭を撫でながら、もう一度尋ねてみる。首を横に振ってくれた事に安堵。でも、やっぱり無言ね。


 しばらく私のなすがままに撫でられていたフルーだったが、やがてその表情に変化が訪れた。


 への字に結んでいたが歪み、睨みつけていた両目が潤む。そして、それらを隠すように私に抱きついて顔をうずめた。


「え? フルーちゃん」


 突然の事に慌てる私。でも、次の一言を聞いて彼女の気持ちを理解した。


「……遅いよぉ」


 肩を小さく震わせながらこぼれたフルーの一言。彼女の押し殺された嗚咽は、私の胸中で悔恨の念となって降り積もる。


「うん、遅くなってゴメンね」


 改めて頭を撫でながら謝った。


「……寂し、かった」


 そうだ。いつもセロさんと共に音楽堂で生活している彼女だ。いくら同じ音楽堂でも、無人の鏡の中に一人ではきっと寂しかっただろう。いや、いつもの音楽堂だからこそ、セロさんという大事なピースが欠けた店内は広く感じられただろう。いくら鏡越しに私達がいたと言っても、会話もままならない状態。どうする事も出来ない状態で、ずっと疎外感を感じ続けていたのだろう。


「フルーちゃん。遅くなってホントにゴメン」


 私の謝罪を受け入れてくれたのだろうか。フルーは小さく頷くと、もう一度私にきつく抱きついた。


「うぅ……感動の再会やなぁ。良がっだなぁ……」


 などと涙ながらに語るディンベル。フルーにもらい泣きして、ドバドバと涙を流している。……でもね、ディンベル君。


「感動してくれるのは構わないけど、どうしたの? その格好は?」


 私はフルーを抱き返しながら、横目で怪訝な視線をディンベルに送る。


 感涙妖精、もとい音楽堂の守護妖精ディンベルは、その小さな体を茶色の小瓶に収めていた。小瓶の口からひょっこり頭だけ出ている姿は、ちょっと可愛かったり微笑ましかったりするのだけど……。


「どうしたもこうしたもあるかいな。儀式に失敗した代償や~」


 傍から見ている分には滑稽だが、当人にしてみれば迷惑この上ないのだろう。


「セロに任せたんが失敗やったんや~。やっぱりトラ姐さんに頼むべきやったんや~。いくらなんでも、これはあんまりや~」


 泣きながら抗議の声を上げる。もはや、その涙が私とフルーの感動の再会で出たのか、自分の身の上に降りかかった災難を嘆いて出たのかわからなくなっている。って、誰がトラ姐さんだ。


「だから止めたのに」


 泣き止んだフルーが顔を上げ、涙の残る目で私を見て口を尖らせる。


「え? 止めた?」


 あぁ。そういえば、セロさんとディンベルがセッションを始める前に鏡を叩いていたわね。あれって、急かしてたんじゃなくて、止めてたわけか。


「セロって鼻はいいけど、音楽はダメなの。ものすごく音痴なんだから」


 容赦無い評価を下すフルー。今の聞いていたらショックだろうなぁ。まあ、鏡の中の事は聞こえなくても見えてはいるんだから、今の状況を見てへこんでいるだろう。


 私は視線を逸らし、鏡に映るセロさんの様子を窺ってみる。あ、いじけてる。


「うーむ、フルーちゃんには文字の勉強で、セロさんは音楽の勉強かな?」


 ふと私の口から出た言葉にフルーがギクリと体を震わせ、抱きしめる腕をそっと解いた。


「勉強……私、ソレ嫌い」


 私は逃げ腰になっているフルーを安心させようと笑いかける。


「今は勉強しなさいなんて言わないわよ」


 そう、今は、ね。ふふふ、逃がすものですか。あとで読み書きみっちり教えてあげるわよ。


「こら、そこー! 和んでないで助けてぇな!」


 おっといけない。今はここから脱出する事が先決よね。


 私はフルーと共に、喋る小瓶……失礼、ディンベルに歩み寄る。


「それにしても、また随分とぴったりフィットしてるわね」


 ディンベル小瓶を拾い上げてしげしげと眺める私に、ディンベルが溜息をついた。


「感心してる場合かいな。こっちは全く身動き取れずに困ってるんやで」


「あはは、ごめんごめん。それじゃあ、ディンベル君は私がなんとかするとして、フルーちゃんはドンベル君を探してもらおうかな」


 私の提案にフルーが力強く頷いてくれる。


「うん、わかった。これと同じ瓶を探せばいいんだよね」


「わかってへん! それわかってへん! ワイは妖精で瓶はおまけや! こっちに連れ込まれる時に一辺見てるやろ。あの妖精がドンベルや。あいつを探すんやで、フルー」


「わかった!」


 ディンベルのツッコミに、フルーはもう一度力強く頷くと周囲の骨董品を漁り始めた。


「やれやれ、ホンマに大丈夫かい……って、ギャーッ!」


 不安の残るディンベルの声が突如悲鳴に変わる。変えたのは私だ。


 外れないものかと、小瓶とディンベル双方を掴んで引っ張ってみたのだけど……。


「痛い痛い、イタタタタッ! 取れる! 頭が取れる! 首からもげる!」


 どれだけ悲鳴が出ても、ディンベル本体は茶色の小瓶から出る様子が無い。


「むう、駄目か」


「ダメダメや! 死ぬかと思ったわ!」


 涙目で抗議するディンベル。先程から何かと泣く事に忙しい。


「はぁ、瓶に入ったんがトラ姐さんやったらなぁ。ツルペタやし簡単に抜けたんやろうけど」


 そんな溜息に混じったディンベルの小さな呟きを、私は聞き逃さなかった。


「おや? こんなところに栓抜きが……」


「何を引っこ抜く気や!」


「おや? こちらにはトンカチも……」


「何を叩き割る気や!」


「熱膨張って知ってる? 瓶をバーナーで炙れば膨張して……」


「すまん! ワイが悪かった!」


 ふむ。これ以上ディンベルがとぼけるなら炙ってあげようかと思ったが、謝ったんだし許すとしよう。


「冗談はさておき、これは厄介ね。洗剤でもないかしら」


「なんや、トラ姐さん。ワイの存在を洗い流そうっていうんか。ワイのお茶目発言をそこまで根に持つか」


「そうじゃないわよ」


 ディンベルの言葉を、手をパタパタと振り否定する。いや、根には持ってるけど。


「こういう時には、挟まった隙間に洗剤を入れると抜けやすくなるのよ。知らなかった?」


 挟まっている物や程度にもよるが、実績はある。以前、友達のフィオが便座に挟まった時は、これで取れたのだ。彼女の名誉の為、誰にも言った事は無いけれど。


「ねぇ、フルーちゃん。洗剤とか無いかな? シャンプーとかボディーソープでもいいけど」


 フルーは、私の問いに頷いて見せた。


「ん。シャンプーならお風呂にあるよ。取ってこよっか?」


「うん、頼める?」


「わかった!」


 元気の良い返事をしたフルーは、手にしていた桶を放り投げ、足元の骨董品を蹴散らしながら店の奥へと駆けていった。


 フルーちゃん、足蹴にしているものが店の商品だってわかってるのかしら……。


 呆れ顔でフルーの背を見送った私は、彼女が放り投げた桶へと視線を移した。


 どこかで見たような宝石の散りばめられた悪趣味な桶。そう、ディンベルが入っていたような桶。


「……まさか、ねぇ」


 ふと思いついた事を、私はすぐさま否定する。いくらなんでも二度目は……。


 そんな私の思惑を見抜いたかのように、骨董品の中で転がる宝石桶から二人目の妖精がポテッと転がり落ちてきた。


「おぉ、ドンベル!」


 そのまさからしい。



今年最後の金曜日ということで、これが今年最後の更新になります。


ここまで読んで下さった方に心から感謝です!

あなたの来年が素敵なものになることを心よりお祈り致します。ついでに、来年も飽きずに読んでいただけると良いなぁなどと願ったりもしています。


それでは良いお年を〜!

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