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♪13 道標のしらべ

 楽団の演奏。画家の絵画。大自然の風景。鉄人の料理。心を奪われるほどの美というものに出会った事はあるだろうか。


 私はある。あの時、彼の奏でた音色は私の心根に確かに響いた。




「と、とにかく、ワイの鐘に、セロが遠吠えで合わせるわけやな」


 小人ディンベルがくすぐりの刑に処されて一時間。彼は、刑を下した裁判官であり執行者である私から解放され、それと同時に私の手の上から逃げるようにしてセロさんの肩に飛び移った。私とセロさんに対して確認するように問う彼の肩は、息の荒さを誇張するように大きく上下している。


 ふむ、まだしゃべる元気があったのか。もう少し懲らしめてあげても良かったかな? などと私怨に走っている場合じゃないわよね。そろそろ本格的にフルーちゃん救出に乗り出さないと。


「お待たせしちゃってゴメンね、セロさん。行ける?」


「は、はい! 大丈夫です!」


 問いかけた私に対し、セロさんは強制力でも働いたかのように反射的に答えた。


 彼の表情には怯えらしきものが見え隠れしている気がする。察するに、刑を執行中の私を見ての事なのだろうけど……そんな怖かったの、私って?


 ようやく正常な呼吸を取り戻したディンベルが、やつれた顔でボソリと呟く。


「今の今までワイに地獄を見せとった修羅の顔と大違いや。オンナは怖いイキモノやなぁ……」


 修羅とは何よ、失礼な。


「ディンベルの方も、用意はいいのかしら?」


「お、おう、ドンと来いや」


 微笑んで尋ねる私の影に再び修羅を見たのか、ディンベルもまた怯えの色を見せながら答える。


「ほんなら、始めよか。フルーも待っとるしな」


 くすぐりの刑から立ち直ったディンベルは、セロさんの肩にしっかりと立ち首から下げたベルを両手で抱える。


 タンタンタン! ディンベルの声に反応するようにフルーが鏡を叩き、何かを叫んでいる。そうね、随分と待たせちゃったわね。


「あの、言い出しておいてなんですが、遠吠えで合わせられるでしょうか?」


「何を今更。遠吠えも声の内やないか。鐘の音に合わせてハミングするつもりでやったらエエわ。さて、今度こそ行くで」


 そう言ってディンベルが担ぎ上げたベルを一振りする。


 音楽堂店内にベルの音が響き渡り、同時に私はゾクリと身を震わせた。


 綺麗。一瞬で、私の心はその言葉に染められた。


 あのベルの音を聞くのはこれが二度目。眠れるディンベルを起こすべくセロさんが鳴らした音が一度目。その音と今の音では全く違う。同じベルでも鳴らし手が変わるとこうも音が変わるものか。


 そう思ったのはセロさんも同じだろう。驚いた顔で肩に乗るディンベルを見ている。


 ディンベルは目を閉じて一心にベルを振り鳴らす。時には縦に振り、時には横に。まるでベルと踊っているかのように。


 そんな小人の舞を見ながら私は口元を押さえた。


 これは不味い。いや、この音色は美味と言えるのだが、私が不味い。あまりの音色の心地良さに、危なく私がハミングするところだった。私がディンベルに合わせてどうする。今、音を合わせるのはセロさんなんだから。


 ディンベルの打ち鳴らすベルに魅せられちゃダメだわ。そう、何か別の事を考えるようにして……。


 私はベルを鳴らすディンベルから視線をそらし、話題を変える何かを探した。


 足元に転がっている無数の骨董品から、窓枠に縁取られたカオブリッツの通りへと視線を上げていき、壁にかけられた時計で止まる。


 デザインはどこにでもありそうな、でも古さだけなら一級品という感じの鳩時計だ。十二時の文字盤に小さな扉が設けられているが、店内に入ってから今までその扉を開ける鳩の姿を見た覚えが無い。壊れているのかしら?


 鳩のからくりが壊れていても時計としては機能しているようで、長針、短針に秒針もきっちり自分の仕事をこなしている。現に鳩時計は私の腕時計と同じ三時を指していた。


 もうこんな時間だったんだ……なんだかんだで随分と時間が経っているわね。こんな遅くまで長居する事になるなんて思いもしなかった。


 午前三時。いつもなら寝ている時間。そう思うと、ディンベルのベルの音が子守唄に聞こえてきた。いっその事、このまま穏やかな眠りについてしまおうか。そんな気持ちに……。


 そこまで考えたところで、私はもう一度口元を押さえた。


 危ない危ない。もう少しであくびをするところだった。フルーが皿を割ってドンベルのベルの音に合わせたなら、あくびでだって出来かねない。


 百歩譲って私が音を合わせるとしても、あくびなんかで合わせたら作業は大失敗。フルーの二の舞になってしまう。そうね、私がこの音色に合わせるなら……。


 三度口を押さえる私。


 だから、ハミングしちゃダメなんだだってば!


 その後も私はハミングしたい衝動を抑え、あくびを噛み殺し、クシャミを飲み込み、腹の虫を押さえつけながら、ひたすら演奏の終了を待った。


 セロさん、お願いだから早く終わらせて。私、どうにかなっちゃいそうよ。


「セロ。ぼけっとしてたらアカンで」


 ベルを鳴らし疲れてきたのか、はたまた私の内なる悲鳴が聞こえたのか。ディンベルがセロさんをせかす。


 セロさんはすっかりベルの音色に聞き入ってしまっていたらしく、小人の声に我に返ると慌てて居住まいを正した。そして、軽く息を吸い込んだ彼は、ベルの音にタイミングを合わせるべくリズムに合わせて小さく体を揺する。


「Ohuuuuuuuu!」


 高らかに吼えるセロさんなのだが……。


 演奏に遠吠えを使った事が無いので、どうすれば良かったのかは私にもわからない。ただ、今の声を一音として評価するなら……。ワンテンポずれてる。ベルの音にその音域はいかがなものだろう。百点満点で評価するなら……一から九までのどれがいい? ってぐらい。


 正直に言おう。失敗だ。


 私の評価を証明するかのように、セロさんの肩で演奏を続けているディンベルが苦い顔をした。


「まあ、それでも門は開くけどな……」


 そんな小人の呟きが洩れる中、フルーが閉じ込められた鏡がわずかに輝き始める。


「これが鏡の世界への入り口?」


「正しくは似て非なる空間、やな。鏡はその通過点として利用してるだけや」


 ディンベルはそう訂正すると深々と溜息をついた。


 まあ、あれだけ一生懸命ベルならして失敗だものね。そりゃあ、溜息の一つもつきたくなるでしょうよ。


「どうせこうなるんやったら、やっぱりトラムと音を合わせとけば良かったわ……」


 ぼやくディンベルの体が、鏡の放つ光に共鳴するように輝きだす。


「そうね。私もディンベル君のベルの音に合わせてハミングしそうになったわ」


 そう言って私は、はたと思い付く。先ほど頭に浮かんだハミングは是非とも五線紙に書き出しておこう。なかなか素敵な一品になりそうだ。


 発光体小人は頭をベルの紐をかけなおすと、新曲作成に思いをはせる私を指差した。


「呑気な事言うてんと、頭抱えとき。どこに落ちるかわからへんのやから」


 ディンベルにそう言われ、私は自分の手へと視線を落とす。そして、目を見開いた。


 手が! 私の手が輝いている! ハンドソープのCMでもこんなキラキラした手はお目にかかれない。いや、光を放っているのは手だけじゃないわ。ディンベルと同様に私の体全体が……。


「え? 私? なんで?」


「トラム。まさか、さっきのセロの遠吠えがワイの鐘にぴったりフィットしたと思うてるんとちゃうやろな」


 呆れ顔で問うディンベル。彼を肩に乗せるセロさんは、その言葉の真意を悟りへこんでいる。


 セロさんのそんな顔を見るのは、ちょっとやるせないなぁ。でも、これでも私だって音大生。音楽の出来不出来はやっぱり気になってしまうもので……。


「いや、セロさんには悪いけど、失敗よね。今のって」


「そういうこっちゃ」


 ディンベルが頷く。


 つまり、鏡の道は一応開いたけど、演奏を失敗したのが原因で道の通行権がセロさんではなく私に移ってしまったって事?


「うぅ、すみませんトラムさん。私が不甲斐無いばっかりに」


 しょげているセロさんに、何か励ましの言葉をかけてあげようか。そう思った私だったが、その意思が実行に移されることは無かった。


「ほれ、始まるでトラム!」


 ディンベルがそう叫んだ途端に鏡の輝きが一気に増し、私は眩しさに耐えかねて目を閉じる。


 そして、次の瞬間。私の体は浮遊感に包まれた。



音を外すとよくわかります。ええ、よく指摘されたりしました。


それにしても、今回フルーに台詞がつくはずだったんだけどなぁ。

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