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♪12 妖精の鐘

 自分の気にしている事を人に言われて、腹を立てて仕返しを企てた事は無いだろうか?


 私はある。復讐は褒められた行為じゃないとは思う。でも、ホントに気にしてる事なのよ。




「けしからん話やな……」


 セロさんからこれまでの顛末を聞いた小人ディンベルは、そう呟いた。


「ワイらが棚を散らかしとるやと? なんでやねん! 家の中の悶着に口出しすることかてめったに無い話やいうのに、誰が手出しなんぞしよかい! フルーめ、ありもせん事をぬけぬけと語りおってからに……」


 フルーちゃん、家の守り神様は憤慨あそばされておりますぞ。


 結局のところ、商品棚をデタラメに片付けていたのはフルーの仕業らしい。でも、今食いついて欲しい話はそこじゃなくて。


「ディンベル君、鏡の中からフルーちゃんを出せないかな?」


「知らん!」


 私の問いを一蹴した小人さんは、プイッと顔を逸らした。


 フルーちゃん、家の守り神様はかなりヘソを曲げあそばされておりますぞ。


「それは、知らないという事でしょうか? それとも知っていても教えられないという事でしょうか?」


 選手交代し今度はセロさんが話しかける。


「教えたぁない!」


「ディンベル君が怒るのももっともだとは思いますが、それでも私にとってフルー君はこの音楽堂を支えてくれている大切な仲間なのです。もし知っておられるのでしたら、出してあげてはもらえませんか?」


 セロさんの丁寧な物言いに、膨れっ面ながらもディンベルは聞く耳を持ってくれた。セロさんの言葉に、腕組みして唸り声を上げている。


 そして、しばらく考え込んだのちにボソリと呟いた。


「仲間……なぁ。まあ、しゃーないか。フルーを連れ込んでしもたんは、ワイらのせいでもあるんやし」


「おお! ありがとうございます!」


 感謝の現われか、セロさんはディンベルの両手を握手してブンブンと揺すった。


「ち、ちょっ、やめ……」


「あわわ、セロさんストップ、ストップ! ディンベル君が落ちちゃう!」


 慌ててディンベルを掴んだ手を放すセロさん。感謝のシェイクから開放されたディンベルは、目はグルグル、足元フラフラ。バランスを崩して落ちそうになった彼を、私は両手で抱きとめる。


「ああ、すみません。つい……」


 セロさんは目を回しているディンベルに、申し訳無さそうに何度も頭を下げて謝る。フルー救出計画がようやく具体的になってきたのが、よっぽど嬉しかったのね。なんだかんだで、やっぱりフルーちゃんはセロさんに愛されているなぁ。


「それで、いったいどうやってフルーちゃんを元に戻すの? 私達も何か手伝う事とかあるかしら?」


「うーん、アイツがおったら問題無いんやけどなぁ……」


 まだふらつくのか、ディンベルは私にしがみ付きながら鏡の中を覗き込んだ。つられるようにして、私とセロさんも鏡を覗く。


 セロさんとディンベルの間でかわされた棚整理の話題に居心地が悪くなったらしく、鏡の枠内にフルーちゃんの姿は無かった。あるのは散らかった骨董品達ばかり。


「ねぇ、ディンベル君。あなたが探しているアイツって誰なの?」


「相方や」


 ディンベルは、私の問いに視線を鏡から移す事無く答えた。


「相方ですか。となると、その方もディンベル君同様この家を見守る妖精という事でしょうか」


「せや。正しくは、ワイと相方の二人で一つの守り神や。おーい! ドンベル! どこにいんねん!」


 無人の鏡の中に向かって、ディンベルが呼びかけるが返事は無い。


「相方さんはドンベル君って言うの?」


「せや。そのドンベルがドジしてフルーに見つかって、慌てて鏡の中へ逃げようとした拍子にフルーが一緒に入ってしもたわけや」


 ん? ちょっとおかしくない?


「見つかったら、逃げなきゃいけないの?」


「そりゃあ、ワイら妖精はバレへんように影でこっそり仕事するのが通例やからな。トラムはワイら以外に妖精を見たことあったか?」


「……無いわね」


「そういうこっちゃ」


 そういうことなのか。でも、そうなると……。


「ディンベル君は大丈夫なんですか? 私達に見られて最初驚きこそしましたが、その後は随分と堂々と構えてらっしゃいますが」


 セロさんも同様の疑問を抱いたようだ。私の聞きたかった事を代弁してくれた。対するディンベルは困り顔で後ろ頭をかいている。


「まあ、良くは無いわなぁ。でも、二人にこれだけはっきり見られて、介抱までされといて、気のせいでしたなんて事にはできんやろ? ドンベルがフルーを巻き添えにした時点で諦めとった」


 やれやれと溜息をつくディンベル。


「アカンなぁ。たぶん、ドンベルは移動した時のショックで気ぃ失っとるなぁ。ワイと違って寝坊助やから、いつ目を覚ますかわかったもんやないで」


 ディンベルは鏡から私達へと視線を戻し、ヒョイと肩をすくめてみせた。


 いえいえ、ディンベルもなかなかの寝坊助さんでしたとも。


「ドンベル君が目を覚ますまで、フルー君は出てこれないわけですか」


「いや、アイツが目を覚ますのを待っとったら何年かかるかわからんわ。そんな悠長にしてられへんやろ? そやったら、こっちから起こしに行かんと」


 そう言って、ディンベルは自分の首に下げているベルを持ち上げて見せた。


「これが、こっちとあっちをつなぐ鍵や」


「そのベルが?」


「これを鳴らすことであっちとこっちの世界をつなげる」


「でも、先程私が鳴らしましたけど、何も起きませんでしたよ」


 確かにセロさんがベルを鳴らした時には、何も異変は無かった。ディンベルの目覚ましとしては効果があったが。


「そらワイの持ち物やからな、セロが鳴らしても音がするだけやろ」


 つまり、持ち主であるディンベルが鳴らす事で、ベルは本来の力を発揮するという事ね。


 彼の説明に納得した私は、そのディンベルからの視線に気付いた。


「どうしたの?」


「ベルを鳴らすのはワイや。ただ、ワイだけではダメや」


「鐘の音色に合わせて歌う人でもいるのかしら?」


 冗談めかしてディンベルに返すと、彼はニヤリと笑みを浮かべた。


 待て。その笑みは何かね?


「察しがエエな、トラム」


 え? ホントに歌うの?


「あっちへの道は音と音との間にできよる。歌でも楽器でもエエから、ワイが鳴らす鐘に合わせてほしいねん」


「セッションしろって事?」


「せや。上手い事やれば上手いなりに、下手な事やらかしたら下手なりに道が開く。まぁ、下手こいた時のエエ例が今の状況やな」


「ああ、フルーちゃんに見つかって慌ててベルを鳴らした時ね」


「言うとくけど、最初にベル鳴らしたんはドンベルやってんで! ワイが音を合わせる前にたまたまフルーの落とした皿が割れて、ドンベルのベルの音に合ってしもてん! そしたら、ワイは吹っ飛ばされて、ワイの代わりにフルーが鏡の中へ吸い込まれたんや!」


 思わず口から出てしまった私の言葉に、ディンベルがムッとした顔で言う。


「というわけで、トラム。失敗せんといてくれよ」


「って、ちょ、ちょっと! 待ってください!」


 ビシッと私を指差すディンベルをセロさんが慌てて止めた。


「トラムさんをそんな危ない目に合わせるわけにはいけませんよ! 私がディンベル君と行きますから!」


 その言葉にディンベルがあからさまに嫌そうな顔をして見せる。


「そうは言うてもなぁ、セロ。これは音色を合わさなアカンねんで。できるんか?」


「……その、遠吠えとかなら」


 さすがは狼男セロさん。でも、遠吠えじゃねぇ。


「ま、それならエエか」


「って、いいんかい!」


 思わずツッコミを入れる私。たが、ディンベルは当然と言わんばかりの顔を私に向けた。


「そない喚くトコちゃうやろ。フルーなんか皿割って音合わせよったんやで?」


 それもそうだったわね。


「そらワイもトラムとできんのは、残念なんやけどなぁ」


 え?


「さっきセロから聞いた話じゃ音楽院の生徒さんやろ? やっぱりそういうモンと奏でたら、さぞエエ音色になるやろと期待したし」


 さも残念そうに語るディンベル。


 うーん、この小人さんめ! なかなかに嬉しい事を言ってくれる!


「何より、さっきトラムの手から落ちそうになった時に抱きとめてもろたやろ? その時に気がついてん」


 ……はい?


「最初見た時は胸元が残念な娘やなぁとは思うたわ。けど、ペッタンコはペッタンコなりの、アヒャヒャヒャヒャヒャッ!」


 なおも語ろうしていたディンベルが突如奇声にも似た笑い声を上げ、セロさんは目を丸くして驚いていた。


「ディ、ディンベル君?」


 笑いもだえるディンベルを心配して、セロさんが近寄ろうとする。だが、彼は小人の背後にいる私の表情を見た途端、顔を引きつらせて止まった。


 そうか、私は今、セロさんが怯えるような表情をしているのね。でも、今私の中に湧いた怒りは、怯える彼を見ても止まらないのよ。


「アヒャヒャッ! ト、トラム、止め、アヒャヒャヒャッ!」


「よくも、人の気にしている事をあっさりきっぱりズケズケと言ってくれたわね! セッションを期待されて、ちょっとでも喜んだ私がバカだったわ!」


 笑いながら抵抗するディンベルに対し、私は更に彼の脇腹をくすぐった。


「脇! 脇は止め、アヒャヒャヒャヒャヒャッ!」


「お黙り、セクハラ妖精!」


「アヒャヒャヒャッ! すまん、ごめん、堪忍、アヒャヒャヒャヒャッ!」


「あ、あの、トラムさん? 彼も謝っていますし、そろそろ……」


「何!」


「……いえ、どうぞ、ごゆっくり」


 ディンベルに助け舟を出そうとするセロさんだが、私の一声にビクリと体を震わせると、すごすごと引き下がる。よく見れば、鏡の中から覗き込んでいるフルーも、私の顔を見ながらガタガタと震えている。


 憎しみに駆り立てられた者は、新たな憎しみを生む。昔、学校の先生にそんな話を教わった気がするし、私もそうだと思う。


 でも、今は別よ。


「乙女心を傷つけた罰。その身をもって償いなさい!」


 私がディンベルに科したくすぐりの刑は、およそ一時間に及んだ。

人にゃ触れちゃならねぇ事ってのがあるもんなんでさぁ。

というわけで『ディンベル君、地雷を踏むの巻』お送りしました。いいかげんフルーにセリフをあげたいですね。

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