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♪11 音楽堂の守り手

 自分の気付かないところで、実は自分をずっと支えてくれていた人がいる。その人の存在に気付いたことがあるだろうか。


 私は……いると思うけど、誰だろう?




「なんとまあ、ホントにいたんですね、小人さんが」


 タンタンタン! セロさんの呟きに、ほら見たことかと言わんばかりにフルーが鏡を叩いている。はい、見ました。確かにいました、小人さんが。


「いや、そのゴメン、フルーちゃん」


 謝るものの、私の視線はフルーではなく目の前の小人さんに向いたままだ。


 その身の丈は掌サイズ。薄緑のだぶついた服から伸びる細い手足。一見すると蟷螂っぽい少年。目を回している小人の胸元には、首から下げた小さなベル。


 私はそっと小人さんを拾い上げた。


「このオチビちゃんが件の小人さんだとして、目を覚ましてくれないと話が進みませんね」


 私の掌の上で依然目を回している小人さんを、セロさんが覗き込みながら言う。私は小人さんの頬を指で突き、目覚めを促してみた。


「う、うーん」


 小人さんは小さく唸るだけ。反応がイマイチだなぁ。よし、もう少し強めに……。


 先ほどより突っつく指に力を込める。小人さんは寝顔をしかめて、私の指から逃げるように寝返りを打った。


「うう、食い足りへんのや~」


 この手の王道寝言は「もう食べられない」じゃないの? とか余計な事は置いておくとして、なかなかに寝坊助さんだ。これだけ突かれても平気だなんて。


 飽きもせずに小人さんの頬をプニプニツンツンと突く私。隣で様子を見ていたセロさんが、不意に手を出してきた。


「これならどうでしょうね」


 言ってセロさんが摘み上げたのは、小人さんの首から下がっているベルだった。セロさんが摘んだベルを軽く振ってみる。


 小柄なベルにしては思ったより大きな高く澄んだ音色が、音楽堂の散らかった店内に響き渡る。


「う……うにゃ?」


 目覚ましの効果はあったみたいね。小人さんは回していた目を本来の細目に戻すと、その小さな半身を起こす。


「おお、お目覚めですね」


「みたいね」


 私とセロさんは小人さんが起きる様子に満足げに頷きあった。これでフルーちゃん解放に一歩近付いたわね。


 当の小人さんは寝惚けてふらふらと揺れていたが、自分を見つめる私達の視線に気が付きその身を振るわせる。


「な? なんや? 何事や?」


 身の危険を感じたのか、小人さんが慌てて後ずさり。


 そんな怯えなくてもいいのに、ちょっと傷つくなぁ……って、そんなこと考えている場合じゃない! 小人さんは私の掌の上だ。後ずさりなんかしたら。


「わ! あわわ!」


 私の手から落ちそうになった小人さんだったが、セロさんに摘み上げられて元の位置へと戻された。ナイスアシスト、セロさん。


「そんなに怯えないでください、オチビさん。私達はあなたに危害を加えるつもりはないのです」


 そう言ってセロさんは持ち前の穏やかスマイルを小人さんに向けた。


「む、そうなんか?」


 セロさんスマイルが効いたようだ。小人さんは私の掌の上にチョコンと座って、私とセロさんの顔を交互に見比べる。行ったり来たりとせわしなく動いていた小人さんの顔は、やがて私のほうに向いて止まった。


「姉ちゃん、誰や?」


 随分と馴れ馴れしいと言うか……。まぁ、ここは友好的に接しましょう。


「私はトラム・ウェット。それで、こちらが……」


 隣のセロさんを紹介しようとしかけたところで、小人さんが手をかざして私を制する。


「ああ、言わんでええよ。セロやろ?」


「おや? ご存知なんですか?」


 驚いた顔で問うセロさんに、小人さんは腕組みして自慢げに仰け反った。


「知らいでか。ワイを誰やと思てんねん」


 って、誰やねん。少なくとも、私は知らないわよ。あと、この様子だとセロさんも知らないわよ。


「失礼ながら、私達はあなたとは初対面かと……」


 ほら見なさい。セロさん知らないじゃないの。


 小人さんはセロさんの言葉に「ああ」と納得顔を見せる。


「せや。せやせや。せやったわ。これはえらいスマン事や。いやー、アンタの顔は毎日ぐらい見てるもんやから、つい、な」


 朗らかに笑いながら謝る小人さん。……セロさんを毎日見てる? って?


「ほな、まずは挨拶からやな。ワイはディンベルや。以後よろしゅうお頼もうしますわ」


 どこまでも馴れ馴れしい調子で小人さんはそう言うと、握手を求めてセロさんへ小さな手を差し出した。それに釣られるようにセロさんも手を差し出し、握手を交わす。もっとも、セロさんと小人のディンベルでは尺が合わない。セロさんは指一本だ。


「こちらこそよろしく、ディンベル君。ところで、さっき私を毎日見ていると言っていたけど、それはどういう事なのかな?」


 ああ、セロさんも気になっていたのか。


「ああ、それか。別にやましい事してるつもりは無いで。何せ、ワイはこの店のヌシやからな。そら店長のセロの事ぐらい見るわなぁ」


 あっけらかんと答える小人さんに対し、私とセロさんは呆気にとられて返す言葉が出ない。


 店のヌシですと?


「ん? 言い方がおかしかったか? ヌシ……守り神とか言うた方がわかるか?」


「つまり、ディンベルく……さんは、この店を守ってくれている神様?」


 私より早く驚愕から復活したセロさんがディンベルに尋ねると、彼は居心地が悪そうに後ろ頭を掻いた。


「さん付けは止めてくれるか。痒ぅなる。それと、ワイも守り神て言うたけど、神様なんて御大層なもんやない。ワイらは家に憑く妖精や。人の住まう所にあって、住まいを住まいたらしめる。家に家らしくいてもらうように見張るんが、ワイらの仕事や」


「家に家らしく、ですか?」


「せや。家が疲れたとか言うて寝転んだら、その中に住んでる人はどうなる思う? おまえは家や! 住人が安生暮らせるように、ドーンと構えとかんかい! とか言うて、ワイらが家に気張らせるねん。ワイらは一つの家に最低一人はいる。このボケーッと口半開きしてる姉ちゃんチにも、もちろんおるで」


 ニヤリと笑みを浮かべ、こちらを見るディンベル。私は慌てて口を閉ざした。


 うぅ、迂闊だったわ。恥ずかしくて、顔が火照ってるのが自分でもわかる。きっと耳まで真っ赤になってるんだ。手の上にディンベルがいなかったら、とうに逃げ出している。


「そうでしたか。ずっとこの家を……ありがとうございます、ディンベル君」


「な! いや、そんな、お礼とかええって。気にせんといてぇな」


 頭を下げるセロさんに、ディンベルは照れくさそうに顔を赤らめる。


 普段はまさに縁の下の力持ちの裏方役に徹しているのだ。住人から礼を言われるなんて、きっと慣れない事なのだろう。


 私は話を戻すのと自分の気恥ずかしさを誤魔化すのを兼ねて、咳払いを一つ。


「ところで、ディンベル君に聞きたいことがあるんだけど……」


「ワイにか?」


 こちらもまた、照れから逃げるように私の話題に乗ってきた。


「セロさんを知っているって事は、フルーちゃんの事も知っているのよね。そのフルーちゃんが、鏡の中に入って出てこれないのよ」


「なんやて?」


 驚きの声を上げるディンベル。彼は私の指し示した鏡を見て、口をあんぐりと開けた。


「ど、どないなってんねん」


 それを聞きたいから君に尋ねたのよ。


「ふむ、これまでの経緯をかいつまんで説明したほうが良さそうですね」


 セロさんはそう言うと、私と彼が音楽堂に来てからの事、フルーの受難について話し始めた。



人の住んでいる家と、そうでない家って、なんとなく雰囲気が違いますよね。

これを読んで下さっている読者の皆様の家にも、ディンベルみたいな奴がいるかもしれませんね。


私の家ですか?

いますよ。さっき、台所の隅をカサカサ走って……え? あれは違う?

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