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♪10 鏡の中の虎娘

 自分は真剣に行っているはずが、周りからふざけているのかと言われた事はないだろうか。


 私はある。あの時の私は、ホントに真面目にやっていた……たぶん。




「さきほども言いましたが、解決の糸口は『どうやって鏡の中に入ったか』にあると思うのです」


 セロさんは私とフルーを交互に見ながら言った。


 確かに、それはそうかも。入口を逆に行けば出口だ。家の玄関から入ったのなら、出るのも玄関。わざわざ家の中を突っ切って、裏口から出なきゃならない決まりは無い。


「フルー君からそれを聞きだす事が出来れば、或いは何か光明が見えるのではないでしょうかね」


「で、問題はフルーちゃんからどうやってそれを聞き出すか……か」


 セロさんの提案はもっともしても、その事情を聞く相手の声が聞けなくては難解というもの。さて、困ったわね。どうやって聞き出したものか……おや?


「フルーちゃん、聞こえてる?」


 私の問いかけに、フルーは何度も頷いた。


「とりあえず、ちょっと鏡から離れてくれない?」


 フルーは不思議そうな顔をしながらも、私の言葉に従って後ずさり。うん、素直で結構。


 鏡の大半を占領していたフルーの顔が離れたおかげで、鏡の中の景色が見て取れる。


 鏡の中、フルーの周囲は私達の周囲と同じように骨董品が散乱していた。というか、まさに鏡で映したように瓜二つの風景。


 これなら、なんとかなりそうね。


「どうしようってんです?」


「聞こえないけど、見えるでしょ。それなら手はあるじゃない」


 首を傾げて尋ねてくるセロさんに、私はそう答え必要な物を思い浮かべた。


「フルーちゃん。どこかに紙とペンは無いかしら?」


 私の問いに、フルーは素直に従って周囲を漁り始めた。


「ああ、筆談ですか」


「そ、よ」


 文字は人類屈指の発明だ。こんな時に使わなくてどうする。


「でも、フルー君は文字が書けませんよ」


 ……そう来たか。


「そうなの?」


「そ、です。いやー、教えた方が生活には便利だろうと思って試したのですが、なにぶん私も教養がある方ではないので、これがなかなか難儀な仕事でして……」


 面目ないと頭をかくセロさん。確かに、フルーに勉強させるのは骨が折れそうね。


「それじゃ、この件が片付いたらフルーちゃんの勉強は私が教えるとして、別の方法を探さないとね」


 そんな私の言葉が聞こえたのか、フルーはあからさまに嫌な顔をしながら見つけてきた紙とペンを放り投げた。ふっふっふ、鍛え甲斐がありそうね、フルーちゃん。


「あとはボディランゲッジ。身振り手振りでしょうかね」


「まあ、手っ取り早く試してみるなら、それかしら」


 お互い顔を見合わせながらその結論に辿り着く私とセロさん。その結論を実行させるべく、一斉にフルーの入っている鏡を見た。対するフルーも、私達の相談は聞こえていたらしく、どうやって教えたものか腕組みして思案している。


 しばらく考え込んでいたフルーだったが、やがて思い立ったように体を動かし始めた。


 口はパクパク。状況を話しているのだろう。それを体で表現しようと手足をバタつかせる。


「ふむ……。雨乞いダンスをしていたら、空から飴が降ってきて、それを拾おうとして鏡の中に滑り落ちた、と」


「え? 骨董品が土砂崩れして、セロさんに怒られたくないから鏡の中に逃げ込んだら、出られなくなった、じゃないの?」


 フルーの怪しい踊りが一段落したところで、セロさんと私はお互いの回答を発表。フルーが力いっぱい首を振っているところからすれば、ハズレらしい。


 もう一回、やり直してみよう。


「えーっと、酔拳の練習をしていたら、謎の老師が現れて、練習するならここがいいと鏡の中に連れ込まれた、ですかね」


「うーん、倒れそうになった商品棚を支えていたら、足元を鼠が走り抜けて、猫科の本能で追いかけようと手を離した途端、倒れた商品棚に鏡の中へ押し込まれた、かな?」


 これが、改めて踊り出したフルーを見た私達の答え。フルーは私を指差すと残念そうに首を傾げた。惜しいってこと?


 三度目の正直だ。もう一回。


「ああ! ヤットガメ節を踊っていたら、伝説のコケマツ様が降臨してしまい、お供え物を探しているうちに鏡の中に迷い込んだ、ですよ!」


「私はオッペケペ節に見えたけどなぁ」


「いやいや、トラムさん。あの足捌きはヤットガメですよ」


「えー、でもあの手の振りはオッペケペよ」


 ギギギギギィィィィィッ! ヤットガメかオッペケペで意見が別れた私達に、両方とも大ハズレの不正解だ! と言わんばかりの罰ゲーム。フルーが思いっきり鏡を引っ掻き、私達は再び悶絶した。




 『第一回フルーちゃんジェスチャークイズ』にトライすることウン十回。気が付けば随分と時間が経ってしまっていた。音楽堂の中に夕陽が差し込んでいたのは、いつのことだったやら。今では外はすっかり暗くなり、街灯が煌々と石畳を照らしている。


 私とセロさんは何度と無く不正解の罰ゲームを味わいながら、ようやく正解に辿り着きつつあった。


「答えをまとめると、フルー君は真面目に商品の整理をしていた。足元に気配がしたと思ってみたら小人さんが歩いていた」


 セロさんが言った内容で合っているらしく、フルーは鏡の中でうんうんと頷いた。


「その時、商品棚が倒れてきた。倒れかけた棚から助けようと、フルー君は小人さんを捕まえた」


 再び頷くフルー。


「驚いた小人さんは何事か叫んで鏡の中へ飛び込み、小人さんを捕まえていたフルーちゃんは一緒に鏡の中に入ってしまった、と」


 セロさんからバトンタッチして解答の最後を話した私に、フルーは大きく頷くと諸手を挙げて小躍りし始めた。


 答える私達も大変だったが、ずっとジェスチャーを続けていたフルーも大変だったのだろう。ジェスチャークイズ出題者の役目から解放された彼女が、その喜びを表現しようと舞い踊るのはよくわかる。だが……。


 私は隣にいるセロさんに視線を向け、同時にセロさんも私を見る。しばし見詰め合った後に、どちらからともなく溜息。それも今日一番の深ーい溜息。


 小人さん。フルーが出鱈目に棚を整理するたびに、商品棚を倒すたびに登場する名文句、小人さん。ああ、ここでも出てきたのか。そうか、何もかも小人さんがやったのか。


「セロさん。棚の片付け手伝おっか?」


「お願いできます?」


 私の申し出を受け入れたセロさんは、腕まくりして散乱する骨董品を片付け始める。


 タンタンタンタン! そんな私達の様子に気が付いたフルーは、慌てて小躍りを止めて鏡を叩き始めた。


「早く出して! と言ってるみたいね」


「そうですねぇ」


 そう言いながらも、私とセロさんは片付けの手を休めない。


 まったく、フルーちゃんたら。この期に及んで小人さんがやった事だなんて。真面目に解決しようとするのもバカらしくなるじゃないの。ここは反省してもらう為に、フルーちゃんにはしばらく鏡の中にいてもらおう。


 その思いはセロさんも同じらしい。フルーが叩く鏡の音を無視して、苦い顔のまま黙々と作業を続けている。


 タンタンタン! しつこくフルーが鏡を叩いている。聞き取れない抗議の声を上げる彼女の顔は、とても真剣だ。真面目に聞いてって? 聞いたわよ。何度も罰ゲームの鏡引っ掻き音を聞いたあげく、小人さんオチだったのよ。


「小人さん小人さんって、フルーちゃんも狼少年みたいね……」


「あー、その童話はやめて下さいな。私、苦手なんですよ」


 セロさん同様、フルーの抗議を無視して骨董品を片付ける私がぼやくと、セロさんが情けない声を上げる。


 確かに、セロさんは狼少年ならぬ狼青年。この話は好きじゃないか。


「あはは、ごめんなさい」


 謝りつつ拾い上げた桶から何かがポトリと落ち、それを見て私は絶句した。


 私が手にした桶は、いくつかの宝石が埋め込まれていた。悪趣味だが高そうな代物だ。いや、そんな話はどうだっていい。今問題とすべきは桶から転がり落ちたものだ。


 あまりの事に言葉が出ない。そんな、こんな事って……。


「ん? どうしたんです、トラムさん?」


 宝石桶を手にしたまま動かない私に気付いたセロさんが近寄ってくる。


「いや、その……」


 私はセロさんに顔を向けると、骨董品で埋め尽くされた床を指差した。


「……小人さん」


 私の足元で、掌サイズの小人さんが目を回して倒れていた。




狼少年の話って、村人が最後まで少年を信じ続けていたら、被害を食い止められたんじゃないか? そう思うのは私だけでしょうか。

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