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はじめてのおりょうり

「今日のおやつは、おやきですよ」



 真宵はそう言いながら、台所の隅に置いてあった紙袋をいくつか手にした。



「……おやき?」

「長野県でよく食べられている、小麦粉やそば粉で作った皮の中に、おかずを入れたものです。昔、稲作が適していなかった場所では、こういう小麦粉を使った食べ物をよく作ったのだそうです」

「そうなのか」

「母の出身が長野で……親戚の家に遊びに行くと、おやつにって出してくれたんです。私、これが大好きで。簡単に作れるので、わが家の定番なんですよ」



 真宵は嬉しそうに顔を綻ばせると、今日のおやつはこれにすると、ずっと前から決めていたと語り始めた。



「家庭菜園でかぼちゃを育てていたの、覚えてますか?」

「ああ……今年は、たくさん採れたと言っていたな」

「はい。それを納屋で寝かせてたんです。二ヶ月くらい経ったので、水分が抜けて美味しくなっていると思います。おやきにしたら、きっと最高ですよ!」



 真宵によると、収穫したてのかぼちゃは、水分が多すぎて美味しくないらしい。

 初めて知る情報に感心していると、真宵は笑いながら言った。



「神様でも、知らないことがあるんですね」



 その言葉に、俺は肩を竦めた。



「神であっても、この世は知らないことばかりだ」

「そうなんですか」

「ああ」



 すると、真宵はどこか期待したような顔で、俺をじっと見つめた。



「おやきの作り方も?」

「もちろん」

「……! じゃあ、私が朧に教えてあげますね!」



 真宵はどこかウキウキした様子で、たすき掛けをしている。俺に教えるのがそんなに嬉しいのかと不思議に思っていると、真宵は準備をしながらこんなことを言った。



「神様になにか教えるなんて、特別な感じがしてドキドキしますね」

「……そうか」



 ――この娘は、本当に。



 俺は苦く笑うと、おやきの作り方を教えてくれと頼んだ。

 すると真宵は益々嬉しそうに笑うと、人差し指を立てて、どこか得意げに言った。



「お任せください! ええとですね、おやきには、いろんな生地があるんですよ。もちもちしたり、ふわふわだったり。うちのはなんと、『もちカリ』系です!」



 真宵が用意したのは、薄力粉と強力粉……それに、米粉だ。



「米粉は別になかったら入れなくていいですけど、入れた方がもちもち感が増します。一般的なのは、小麦粉を使ったものですが、米粉を材料にして作る『あんぼ』っておやきもあるそうですよ。長野県全部が稲作に適してなかったわけではないので、お米のおやきもあるんです。面白いですよね!」

「そ、そうだな」



 興奮気味に話し続ける真宵に、若干引き気味で相づちを打つと、小さな妻はそれで満足したようで、袖を捲って元気よく言った。



「さ、気合いを入れていきましょう。おやつにも全力投球ですよ!」



 そして、スケールを手にして数字とにらめっこを始めた。俺は、なにをすればいいかわからず、とりあえず真宵の小さな背中を見つめる。粉で手を白く染めながら、懸命に粉の量を量っている姿はどこまでも真剣だ。真宵は、材料を量り終えると、それをすべてボウルに入れて言った。



「薄力粉に、強力粉、米粉にお塩少々。それに、サラダ油を入れたものを、熱湯で混ぜていきます……これですね。熱湯は私が注ぐので、混ぜるのをお願いします。あっ、熱いので、最初は菜箸で混ぜましょうね」

「……」



 俺は差し出されたそれを、黙って見つめた。すると、真宵はニッと白い歯を見せて笑うと、更に俺に向かってボウルを押し出してきた。



「手伝ってくれるんですよね?」

「……ああ」



 俺は、少し戸惑いながらも、ボウルを受け取った。そして、菜箸を手にして真宵の次の指示を待った。



「熱湯を入れていきますね。菜箸でぐるぐる……そうです。朧、上手!」



 ほかほかと湯気を上げている熱湯が入ると、途端に粉が固まり始めた。それを、菜箸でまんべんなく混ぜていくと、もろもろとした小さな塊になっていった。



「冷めてきたら、手で捏ねましょう。そうですね、耳たぶくらいの固さまで」

「……わかった」



 調理前に手は洗ったものの、念のためにもう一度手を洗って、そっと生地に触れる。しっとりと塊になった部分と、まだ粉のままの部分があり、更に全体的に熱を持っているから、なんだか不思議な感触だ。



「捏ねていると、纏まってきますからね。あんまり捏ねすぎると、固くなりすぎるので注意して……」



 真宵が、俺の横にぴったりとくっついて、指図してくれる。

 今まで料理なんてしたことがなかったから、それは助かるのだが……。

 どうにも、気になって仕方がない。



「だんだん、生地がなめらかになってきましたね。いい感じです!」

「そうか」



 俺は、真宵に気づかれないように、徐々に距離を取りながら相槌を打った。

 生地が纏まってくると、粘土のように触り心地が良くなってきた。

先ほどまでは粉状だったというのに、あっという間に形が変わってしまった。お湯を入れたのだから当たり前のことなのだが、実際にそれを目にすると、不思議な現象を目の当たりしているようで、面白い。



「もうちょっと捏ねましょうか!」

「……任せておけ」



 ――なにかを作る喜び。それもまた、いいものだな。

 俺は、初めて触れる「料理」という作業に、密かに心躍らせながら、黙々と生地を捏ねあげていった。


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