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化け神さん家のお嫁ごはん  作者: 忍丸
昼ごはん
15/36

君のためのごはんを作ろう

 たまねぎとピーマンをみじんぎりに。

 ソーセージは輪切り。コーン缶は水切りをして、主役は合いびき肉。



 昼食の準備を進めながら、ふと不安になって視線を移す。



 台所は床が土間になっていて、すぐ側に板間がある。そこに、ぐったりとして意識がない陽介君を抱いた朧が座って、私の調理を見守っていた。



「……真宵、ピーマンはあまり目立たないように細かくしてくれ。大きな欠片は好きじゃないらしい」

「は、はい」



 時折、朧に指示を貰いながら調理していく。頻繁に、陽介君を連れて行こうと、あの黒い手が現れるけれど、それは朧が追い払ってくれた。けれども、黒い手が陽介君に触れた箇所が、徐々に黒く染まり始めていて、もうあまり時間が残されていないことがわかる。



 ――急がなくちゃ。でも……。

 料理なんてしている場合なのだろうか。



 そんな疑問が頭を過る。朧の様子を窺うと、特に焦っている風には見えない。



「あの、朧」



 恐る恐る声をかけると、朧は私に色違いの双眸を向けた。



「――陽介君、助かりますよね?」



 縋るような思いで尋ねる。すると、朧は小さく頷くと――。



「時が来れば」

 と、答えてくれた。



 私はそれを聞くと、大きく深呼吸をした。


 

 そして、心の中で覚悟を決めて、朧に向かって言った。



「……朧、あなたを信じます。私は、私にできることを精一杯やりますね」



 朧は、私の言葉にゆっくりと頷くと、台所の格子窓の向こうに視線を移した。そして、窓越しに見える、霧に烟っている太陽をじっと見つめていた。






「よし。下拵え終わり」



 私はふうと息を吐くと、次の工程に移った。



 合いびき肉は、予め塩で良く練っておく。肉が温まらないように注意しつつ、粘り気が出て、うっすらと白くなってきたら、そこに具材を投入。玉ねぎ、ピーマン、輪切りのソーセージ、コーン。それをしっかり混ぜ合わせたら、牛乳に浸したパン粉、卵、塩胡椒少々、ナツメグ少々。これで、肉ダネの完成だ。うまく纏まったら、小さな丸形に整形する。



「……この子どもは、それを作る時、よく母親の手伝いをしていたそうだ」



 その時、朧がぽつりと独り言のように呟いた。思わず、作業する手が止まる。



 肉の整形は、子どもにだって簡単にできる。自分が作ったものなら、普段からあまり食べない子どもも食べるなんて、よく聞く話だ。



 けれど親としては、自分ひとりでやった方が早く終わるし、あちこち汚さなくて済む。見た目だって、綺麗に仕上がるだろう。でも、一緒に料理する楽しさは格別だ。子どもにとって思い出にもなるし、学びの機会にもなる。



 ――陽介君のお母さん、ちゃんと愛情を注いでいたんだ。



 たったこれだけのことだけれど、それがわかって内心ホッとする。同時に、事情も知らないのに、母親に怒りを覚えていた自分を恥ずかしく思った。



 ――母親に大切に育てられた子を、悪霊なんかにしてたまるものか。

 決意も新たに、拳を強く握りしめる。



「ケチャップは多め、甘めの味付けだそうだ……真宵? 大丈夫か」

「はい、問題ありません」



 私は、いつの間にか浮かんでいた涙を袖で拭うと、調理を再開した。



 整形した肉ダネに、小麦粉を振りかける。それを、バターを引いたフライパンで焼いていく。じゅう、と水分が弾ける音がして、ぷんと辺りにバターのいい匂いが立ち込めた。片面に焼き目がついたら、ひっくり返し、蓋をして蒸し焼きにする。



 その間に――と、私は予め沸かしておいたお湯に、パスタを投入した。



 ……そう、私が作っているのは、ミートボールパスタだ。

 具材がたっぷり入ったミートボールを、トマト味で仕上げる。子どもはもちろん、大人も大好きな味。苦味のある野菜もたくさん食べられるようにと、具だくさんだ。



 味付け、具材、かかる手間……すべてから、母親の愛情が感じられる一品。



「よし、最後の仕上げ!」



 フライパンの蓋を取ると、赤かった肉は白っぽくなっていて、ところどころ肉汁が溢れている。余計な油をキッチンペーパーで拭き取ったら、そこにトマト缶を投入。じゅくじゅくじゅくっと赤い汁が沸騰したら、調味開始。



 茹で汁をお玉一杯分入れて、敢えてワインじゃなくて、癖のない調理酒。それにケチャップ、醤油にお砂糖少々。酸味と旨みが入り混じった匂いが広がって、唾を飲み込む。すると――。



「いい匂い……」



 陽介君が、うっすらと目を開いた。



「もうすぐできるからね。待っていて」

「うん……」



 陽介君は、朧の肩に頭を預けると、とろんとした目で私を見守っている。

 その時、陽介君が、朧を怖がる様子を見せていたことを思い出して焦る。

しかし、本人は自分が誰に抱かれているかを気にしていないらしく、素直に体を預けていた。



 ――まあ、大丈夫かな?



 私は、少し不安に思いながらも、最後の仕上げに取り掛かった。



 トマトソースが煮詰まってきたら、ミートボールを端に寄せて、そこにパスタを投入する。ソースを絡めたら、お皿に盛って、最後に粉チーズを振りかけて……。



 ――これで完成。ゴロゴロミートボールパスタ!



 陽介君を別の部屋に抱っこで連れていき、目の前にパスタを置く。すると、陽介君はふにゃっと嬉しそうに笑った。



「わあ! お肉ボールのちゅるちゅる! ……食べていい?」

「どうぞ」

「へへ……」



 陽介君は、朧に抱っこされたまま、小さな手を伸ばしてフォークを取った。

その手だって、悪霊たちに触れられて、すでに半分以上は黒く染まってしまっている。私は、朧に食事を提供する時以上に緊張して、その様子を見守っていた。



 やがて、フォークでミートボールを突き刺した陽介君は、ゆっくりとそれを口に運んだ。そして、僅かに目を見開くと、満面の笑みを浮かべた。



「ママの味……」



 ――ああ、よかった。



 朧から指示を貰いながらだったものの、違うと言われたらどうしようと不安だったのだ。ホッとしていると、陽介君は、大きなミートボールをあっという間にひとつ食べ終わり、真っ赤に染まったパスタを口に運んだ。そして、ご機嫌な様子で語った。



「うふふ。僕、知ってるんだよ。お肉の中に、ピーマンが入ってること。でも、僕はいい子だから、ママには内緒にしてあげてるんだ」

「そうなんだ」

「僕がいっぱい食べると、ママが喜ぶから。偉い?」

「うん。とっても偉い」



 すると、陽介君は照れくさそうに頬を染めると、もうひとつ、ミートボールにフォークを突き刺した。



 その様子を、黙って見つめる。お皿に盛られたパスタは、みるみるうちになくなっていき、それと同時に、陽介君の口の周りが赤く染まっていった。やがて、お皿が空になると、陽介君はまた、うとうとと微睡み始めた。



 濡らしたおしぼりを持って、ゆっくりと近づく。そして、汚れてしまった顔を拭いてやっていると、あることに気がついた。なんと、悪霊が触れて黒くなっていた箇所が、薄くなっているではないか。



「朧、これって……⁉」



 ぱっと顔を上げて、朧に尋ねる。すると、朧はゆっくりと頷いてくれた。



「――これで、もう暫くは保つだろう」

「私の作った料理を食べたせい、ですか?」

「そうだ。心から望むものを得た時、人の魂は癒やされる」



 そして、朧はゆっくりと手を伸ばすと――まるで子どもにするみたいに、私の頭をぽん、と叩いた。



「お前のおかげだ。……頑張ったな」



 大きな手に触れられて、一瞬、思考が停止する。すると、朧は僅かに視線を泳がせると、「悪かった」と急に謝ってきた。



「俺のような恐ろしいものに触れられるのは、嫌じゃないか?」



 その言葉に、私は何度か目を瞬くと、プッと小さく噴き出した。



「この間、熱が出た時……触れていたじゃありませんか」



 すると、朧はますます目を泳がせると、あれは……と、やや口ごもりながら言った。



「お前が、ああして欲しいと望んでいたからだ」

「そうですね。両親の夢を見ていましたから。父の冷たい手を、懐かしく思っていました。けれど……」



 私は朧を見つめると、小さく首を傾げた。



「あの時、朧が触れてくれて嬉しかったですよ。それに、今だって。人間は慣れる生き物なんです。確かに、朧を初めて見た時は怖かったですが……今は、そんなに怖くありません」

「……無理をしなくてもいい」

「無理だなんて!」



 なかなか私の言葉を受け入れようとしない朧に、おもむろに手を伸ばす。そして、私よりも随分と大きくて、ゴツゴツしたその手に触れて言った。



「怖くないですよ、朧。さっきの、頭をポンッてやられるの、好きです。だから、褒めたくなったら、ご自由にどうぞ」



 そして私は、眠ってしまった陽介君の頬にも触れると、しみじみと言った。



「ふたりで、この子の面倒を見ていきましょう。時が来るまで。……ね? 朧は神様なんだから、この子を助けられますよね? 奇跡だって起こせるでしょう?」



 期待を込めて、朧に笑いかける。

 そんな私を、朧は眩しそうに、うっすらと目を細めて見つめていた。


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