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化け神さん家のお嫁ごはん  作者: 忍丸
いただきます
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物語のはじまり

新連載です。どうぞよろしくお願いします!

 ゆうらり、ゆらり。



 それほど広くない六畳間の和室で、か細い煙が宙を揺蕩っている。



 独特の香りを纏う煙は、夕焼け色に染められた室内で、やけにはっきりと見える。幾筋もの煙が、刻一刻と姿を変えて細い糸のように宙を泳ぐ姿は、見ていて飽きない。



 けれども、今の私にはそれを楽しむ余裕などなかった。そもそも、その煙は、見る者を陽気な気分にさせる類のものではないのだ。



 私は、真っ赤に泣き腫らした目のまま、あるものを見つめていた。

 それは、優しい笑顔を浮かべた両親の姿。

 その笑顔は、つい最近まで、いつでも見ることができたものだ。

 でも――今は。



「お父さん、お母さん……」



 白くなるほど手を握りしめて、また涙を零す。誰もいない室内。家具があまり置かれていないそこに、大きな仏壇は存在感がありすぎる。



 私は、四角い枠の中から注がれる、どこまでも優しい笑みに見守られながら、ひとり肩を震わせて俯いていた。





 オシャレでも新しくもない。

 けれども、常連さんに愛されている下町の食堂――。



 私、高杉(たかすぎ)真宵(まよい)はそこの看板娘だ。



 裕福ではないし、海外旅行なんて夢のまた夢。



 けれど、穏やかに、そして賑やかに食堂で過ごす日々は、私にとってかけがえのないものだった。


 

 高校を卒業してすぐから両親の経営する食堂を手伝っていた私は、いつか誰かと結婚するまでは、同じような毎日が続くのだろうと朧気に思っていた。



 それが、ごくごく普通の自分が歩む道なのだと、信じていたというのに。



『……ご両親が、事故にあわれました』



 ある店休日、自宅にかかってきた電話。単独の自損事故で、車が大破――それを聞いて、慌てて家を飛び出した。



 祈るようにして駆け込んだ病院。待っていたのは、物言わぬ両親の亡骸だった。そこからは、正直あまり覚えていない。気がついたら葬儀は終わっていたし、がらんとした自宅にひとり取り残されていた。



 私に遺されたのは、両親の預貯金、死亡保険金と自宅兼店舗。

 そして――莫大な借金だった。



 知らなかったことだが、人の良かった両親は、親友だった人の連帯保証人となっていたらしい。それは、両親の預貯金や死亡保険金を充てても、私ひとりでは返せないほどの額だった。



 このままじゃ、私の人生滅茶苦茶になる……そう思い、一時は途方に暮れた。


 しかし、それから色々と調べた結果、相続放棄なるものがあることを知った。


 

 遺産には、プラスの遺産とマイナスの遺産というものがある。プラスの遺産というと、店舗や自宅などの不動産だとか、両親の預貯金などだ。そして、マイナスの遺産とは、借金などが該当する。



 つまり相続放棄をすれば、私が借金を返す必要はないのだ。

 しかし、それには条件があった。

それは、被相続者から受け継ぐものすべてを放棄すること。つまり、プラスの遺産も放棄しなければならない。



「ここから出ていかなければならないなんて」



 仏壇の前に座り、唇を噛みしめる。家族と過ごした思い出の詰まった家を手放す。それはひとりぼっちになってしまった私にとって、身を引き裂かれるも同然だった。


 ただでさえ、両親の食堂でしか働いたことのない私だ。この先のことを考えるだけで気が重いのに、住む場所すら失ってしまうなんて。



「私、これからどうすればいいの」



 深く、深く嘆息して肩を落とす。



 そして、おもむろに窓の外に目を遣った。

 夕暮れ時となった町が、茜色に染まっている。下校途中の小学生だろうか。子どものはしゃぐ声が聞こえる。窓から見える家々に、徐々に明かりが灯り始めている。



 夕暮れ時は、バラバラになっていた家族が一同に集う時間だ。食堂を経営していた両親も、夕食時の混雑を前に、この時間だけはゆったりと過ごしていた。夕暮れ時は、両親に甘えても許される時間。私は、この時間がとても好きだった。



 けれど、今となってはもう虚しいだけだ。



 やたら色鮮やかな窓の外に比べて、古びた六畳間は静かに夕闇に侵食されようとしている。私は、電気を点けないまま、闇に同化するかのように両膝を抱えて、ゆっくりと目を閉じた。



 ――ピン、ポォン。

 その時だ。電池が切れかかって、少し間延びしたチャイムが聞こえた。

二話も更新しています。続けてどうぞ!

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