人魚と恋をした令嬢は海に還る
この国の人魚伝説はだいぶ変わっている。まず、人魚姫ではなく人魚の王子様である。
昔は海の国と人間の国で分かれてはいたけれど貿易があり人魚をよく見かけたそうだ。
人魚の王子様は、昔海で溺れかけていた人間のお姫様を助けて恋をした。人魚の王子様とお姫様は次第に惹かれ合い、王子様はいつか人間になったら君を迎えにいくと約束した。
人魚の国には魔法使いがいて代償と引き換えに人間にしてくれるということを聞いたお姫様は代償という言葉を聞いて不安になった。だが王子様となら、どんな困難でも乗り越えられると信じて海辺でまた会うことを約束した。
しかし、お姫様が海辺で何度待ち続けたけれど王子様はくることはなかった。
またお姫様が別の人間と結婚すると同時に海に人魚が現れることはなかった。
これがこの国、メアルタに伝わる人魚にまつわる話である。
ぼんやりと海辺で座りながら私はこの物語を思い出していた。海に行きたくなる癖が治らないときに母がきっと貴女が恋しくて呼んでいるのよと不思議なことを言いながら物語を何度も読んでくれた。
今日も屋敷を抜け出して海辺へと来ていた。
くしゅん。
冬にくるのは間違いだったかもしれない。でもやめられないのだった。その時、背後から声がした。
「また、ここにきていたのかい?」
「ユオ兄様!」
ユオ兄様は血の繋がりのないお兄様である。見た目からして兄は銀髪のアウイナイトの瞳で私は赤い髪のエメラルドの瞳を持っていてその違いは一目瞭然だ。
私は伯爵である父が遠縁から貰い受けたらしい。だが本当に恵まれていると感じている。養子であるにも関わらず本当の兄妹のように分け隔てなく父も母も育ててくれたのだから。
だがユオ兄様のシスコンぶりは酷すぎる...。
今日だって公務があり、見合いの場が設けられていたはず...。なのに妹が屋敷にいないだけですっとんでくるものかと疑問に思う。
まあ、兄様のシスコンには理由がある。昔私は海で溺れかけたことがあるのだ。その日は晴天だったのに突然雲行きが怪しくなり海は荒れ海辺にいた幼い私は波に呑まれしまって助けてくれたのが兄様だった。その時から過保護になっていた。
四六時中べったりでたとえ公務があり離れているときでも召使いからは情報が筒抜けだ。
「冬だというのにエリナは海が好きだね。風邪を引いてしまうよ、温かい紅茶を持ってきたんだ」
兄は私に羽織を掛けてくれ、ティーセットまで用意をしてくれた。
「ポットとティーカップを使用人から拝借してきたんだ」
「兄様...好意は有難いのですがご公務は?今日はお見合いもあったはずですが...」
「うん?大事な妹の方が優先事項だろう?公務は終わらせてきたし、見合いには興味がない。それに」
「それに?」
それに何があるというのだろうか?
「君が海に攫われてしまいそうなんだ」
兄様は切ない表情を浮かべながら遠くの海を見つめて言った。兄様は海を見る度切ない表情をする。いつも太陽のように笑っている人なのに。
私も兄と同じように海を見つめていた。その時、遠くで何かが見えたような気がした。
「おいで」
声が聞こえた気がして走り出そうと腰を浮かせたが兄様が手を強く握ってきたので動けなかった。
その何かが私の目の前に現れるのはもう近いのかもしれない。
私の五感全てがそう伝えているのだった..。
ここまで読んで下さりありがとうございました。もしかしたら続き書くかも知れません。