第九十二章 最終決戦の朝
「なんで私を尾けるわけ?」
夜も更け、十代の少女が徘徊する時間ではない。だからと言って、尾行される言われもない。
ユキは暗闇の公園に入って木の影に隠れ、尾けて来た人物の後ろをとる。
「尾けた覚えはありません。あなたと帰る場所が同じだけです」
リオは振り向いてニコリとした。
ユキもリオも眠れる獅子のとってくれたホテルに宿泊している。万が一、メビウスが仕掛けて来るとも限らないという判断から、保護の意味がある。もちろん、真音、トーマスとエメラもだ。唯一、二ノ宮だけは宿泊を拒否したが。
「だったら声くらいかけたら?あんた性格悪いわよ」
トゲのあるユキの言葉がリオを突き刺そうとする。が、リオにそれは通じない。
「あなたが私を嫌いなようなので遠慮させていただきました」
「ええ、嫌いよ。人を小ばかにしたような言動と態度がね!」
「そんなつもりはないんですけど………」
わざとらしい演技でユキを構うのは、女としてもガーディアン・ガールとしても、自分の方が立場が上なのだと言ってるようにも見える。
「この際だから言っとくけど、ナメた真似してると痛い目に合うわよ」
「あら、そんな顔は似合いませんよ?」
「本気で言ってんだけど?」
ユキの怒りは限界まで来ている。これ以上、茶化されようものなら、リオに殴り掛かるだろう。
それを察したのか、リオもからかうのをやめた。
「なら私も本気で言わせてもらいましょう」
穏やかな表情が、みるみる悪魔のような顔になる。
「な………なによ!」
ユキの勢いを欠いてしまうほどに。
「私とあの人の邪魔をしたら、例えあの人が止めてもあなたを殺す。忘れないで」
リオの瞳が満月のように金色に鋭く光る。
「な、なんで私があんた達の邪魔するのよ」
「最近の若い子って………何を考えてるかわからないから」
口調を変え、不気味に口を緩め、ユキの身動きを奪うくらい睨み据える。
残念ながら、ユキは勝てなかった。
「そう、それでいいのよ。おとなしくしてれば何もしないから。おとなしく………ね」
「………………………。」
屈辱だった。
「さあ、帰りましょう。夜遊びは感心しませんよ」
リオは『普通』に戻り、また優しく微笑んでホテルへ向かって歩き出した。
闇に溶けるようなリオの姿が、ユキの心を凍り付かせていた。
冬の風が相変わらず厳しく吹き付ける。試練を与えるかのように。
「何事も思い通りにはいかないものだねぇ………そうは思わないかい?ダージリン」
ビルの屋上から街を覗くメビウス。ダージリンはその少し後ろにいた。
「それが人生」
背中には翼があり、瞳は虚ろなまま。ジルを攻撃した時のままだ。
「アハハハ。全くその通りだ。二ノ宮にしてもリオにしても、こんなにも僕の行く手を阻むなんて思わなかったもんな。特に『Type−Ω(オメガ)』リオ=バレンタイン。彼女を甘く見すぎていた。二ノ宮を選定者に仕立て上げた時に、何をするのか興味本位でやり過ごしてやったが…………見事に勢力を整えたわけだ」
敵の功績を喜ばずにいられない。それはゲームを楽しむスパイスであるからだ。
「僕らはどうすべきだろうか?」
ダージリンに聞く。
「待てばいい………そしたら向こうから来る」
「くく……そうだね。せっかく足を運んでもらうんだ、もてなしてやらなきゃ失礼だよね」
ロックスタイルの少年はふわりと浮遊する。
「忙しくなる…………でもそれは僕の夢が叶う間際だからだ」
準備は出来ている。後は真音達を倒せば夢が叶うのだ。
「行こうダージリン。人類無き世界を創造する為に」
メビウスは何かを抱きしめるような仕草をして翼を広げ、海の遥か向こう側、太平洋の真ん中にある地図にない島へとダージリンを連れて飛び立った。
愚かであると知りながら、神を創造しようとした人類の不始末にけじめをつける為、未来を繋ぐ欠片達は最終決戦の地へ向かう。
それぞれの想いを胸に三日が過ぎ、運命の朝が訪れた。