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第九十章 BEST FRIEND

「なんでお前がここにいるんだ?」


石田は仕事帰りの一杯を楽しもうと、行きつけのバーに寄った。かなり古びた感がいい感じのバー。混雑するわけでもないので、静かに飲めるのが気に入っていた。でもそこにいたのは、今となっては酒を酌み交わす仲ではない男。


「酒を飲みに来たのさ」


二ノ宮だ。シングルで飲むスコッチは高級なもの。なんだか格差を感じずにはいられない。労働してるのは自分なのに。


「まあ座れよ」


「チッ」


促され、舌打ちをしてカウンターの席に隣り合わせに座る。


「マスター、こいつにも同じのを」


「かしこまりました」


マスターは手際よくボトルを取り、心地よい音を立ててグラスに注ぎ、


「どうぞ」


丸く削られた氷がカランと音を立てた。


「女はどうした?」


リオの姿が見当たらない。


「女って言い方は感心しないな。せめて相棒って言ってくれないか」


気分を害した感じはなく、むしろ笑っている。


「いちいちお前に気を使ってられるかよ」


「はは。そりゃそうだ」


二人は同時にグラスを口に運ぶ。双子のように狂いもなく。


「お前………レジスタンスのアジトだとかマスターブレーンだとか、探してたみたいだがあれは全部嘘か?」


二ノ宮が最初から全部知っていた事は事実だ。だったら何の為に嘘をついたのか。


「演技と言ってくれよ。真音達の共感を得ようと演技しただけだ。レジスタンスのアジトについてはリオが潜入してたから知っていたが、マスターブレーンの場所だけは最初はわからなかった。島に行ったのも情報を確認する為だ」


「なるほど。同じ目線で価値観を分け合う。そうして信頼を得たわけか………お前らしいやり方だな」


「俺とロザリアだけでは荷が重かった。レジスタンスだけならまだしも、メビウスは脅威だ。戦うには真音達の力は必須。レジスタンスのアジトを探すフリをして、彼らのレベルアップを測ったのさ」


「で、どうなんだ?メビウスには勝てるのか?」


メビウスの力を知っている二ノ宮にしかその脅威はわからない。本当なら、いつも通りの強気な二ノ宮を見て安心したい。だが返って来た言葉は、


「言ったろ、生きて戻って来れる保証はないって。メビウスはヒヒイロノカネの能力を知り尽くしている。レプリカ・ガールだって造るほどにな」


不安を駆り立てられる言葉だけだった。


「レプリカ・ガールって人間じゃないって言ってたな?あいつらは何なんだ?」


興味本位で聞いた。それが間違いだったのかもしれない。更に不安を駆り立てられるだけの言葉がまた返って来る。


「死んでいった実験体達だよ」


「………………死人だって言うのか?」


「リオが言うにはそうらしい。だから思考もなければ感情もない」


「ヒヒイロノカネってそんな事まで……………」


死人を動かす事を可能にするヒヒイロノカネ。それは一体何なのか?


「正直、俺にもリオですらもヒヒイロノカネが何であるかはわからない。メビウスはその情報を誰にも話してないんだ。もちろん記録も残していない」


研究所で見つけた資料に、ヒヒイロノカネの研究がされてないわけがようやくわかった。

ヒヒイロノカネはメビウスだけがしていた研究で、ガーディアン・ガールの観察だけが他の研究員達の仕事だったのだ。

未知の研究をしていると錯覚をしていた研究員達が憐れに思える。


「なんて奴だ………」


「メビウスが恐ろしいのはそれだけじゃない。マスターブレーンの創造も、奴の差し金だ」


「世界がたった一人の人間に踊らされたってのか?」


「それが宗教だ」


「宗教?」


「権力者共は百年も生きて来たメビウスを崇拝した。それこそ神だと疑わなかった。下心はあっただろうがな」


「メビウスに取り入って世界を支配しようとしたわけだな」


「そういう権力者のデザイアも含めて、メビウスはありとあらゆるものを利用したんだ」


「とんだイベントに巻き込まれたもんだぜ」


たった一人の人間が、いとも簡単に世界を操る恐怖。最後の戦いを前に、勇気など役に立ちそうにもなかった。


「でも、逆にメビウスが世界を支配し続ける事も可能じゃないのか?選定の儀なんてわざわざやる意味がないと思うんだが………」


ストレートに生きる石田には踏み込めない世界だ。


「見せつけたいのさ。自分の才能を。誰よりも優秀な頭脳。ヒヒイロノカネの事も含めて奴にしかわからん事は山ほどある。秘めに秘めた秘め事だ。推測なんてするだけ無駄だよ」


「フン、秘め事ならお前も同類じゃないか。エメラが言ってたが、あのリオってガーディアン………青薔薇なのか?」


「…………聞いてどうする?」


「メビウスが脅威なら、青薔薇も脅威だ。資料に書かれている通りなら、とても手なづけられるとは思えん。爆弾を抱えたままメビウスと戦うのは自殺行為だろ」


「あれから百年経ってるんだ。青薔薇だって成長してるさ。でなければとっくに始末されてる」


「それは……認めてるのか?彼女が青薔薇だと」


「青薔薇はメビウスが連れて来た女。そう嶋津が言ったんだろ?」


「本部長から聞いたのか」


「メビウスはヒヒイロノカネを組み込む実験を成功させる鍵を見つける為だけに、少女達を利用した。そして成功の糸口を掴んでから青薔薇に施したんだ。その意味を考えれば答えは出るはずだ」


自分で考えろと言わんばかりに言う。

二ノ宮は財布からお札を取り出してカウンターに置く。


「奢るよ。何年か振りのお前との酒に」


椅子に掛けてあったトレードマークになった白いコートを羽織る。


「待てよ。お前、何の為に核の情報を集めてるんだ?そろそろ本当の事を話したらどうだ?」


最後の疑問を石田はぶつけた。


「俺達が研究所に向かった後、俺の家のパソコンを調べろ。俺達は人類の未来を掴む為に戦うわけじゃない。俺達自身の未来を守る為に戦うんだ。世界を救うのは『公共機関』に任せるよ」


二ノ宮は片手を半端に挙げて店を出て行った。


「マスター」


「はい」


「店で一番高い酒をキープしといてくれ」


「かしこまりました」


マスターはネームプレートを先に出して、ボールペンを石田の前に置く。それから奥に行き、琥珀色したスコッチを持って来る。


「よろしいでしょうか?」


一応確認させる。


「ああ」


石田はボールペンを手にネームプレートに書く………『BEST FRIEND』と。


「お友達なのですね?」


仕事仲間だと思っていたのか、プレートを見て認識を改めた。


「悪友だよ。とびっきりの」


次に酒を酌み交わす時は、互いに笑っていたい………そう願った。


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