第八十八章 ラストガーディアン(後編)
「そんな…………赤木に……ヒヒイロノカネが………?」
真音は目眩がするほど衝撃を受けた。
救急車を呼ぼうとしたのだが、履歴から掛ける癖がありたまたま石田に繋がって眠れる獅子の医療施設に運ばれていた。
そして事実は非情にも美紀がガーディアン・ガールであると告げている。
「間違いない。彼女はガーディアン・ガールだ」
石田は念を押した。真音がしっかりと事実を受け入れられるように。
「ど、どうして赤木が………」
まだ信じられない真音に、ユキが推測を言う。
「レジスタンスにそうされてしまったんじゃない?かわいそうだけど…………」
どんな理由で美紀をガーディアンに仕立てたのかは、今となってはわからない。
「ガーディアンになっても生きていられるわ。あなたが心配するほどの事じゃないと思うけど?」
エメラは腕組みをした。
「だがヒヒイロノカネは人を不老にする。おそらく君達ガーディアン・ガールもだ」
石田が言うと、トーマスが反論に出る。
「でも嶋津って奴は顔に埋め込んでたんだろ?だったらガーディアンとはヒヒイロノカネの使われ方が違うんじゃねーか?」
「確かに使われ方は違うが、身体の一部である以上は効果は同じだろう」
石田も憶測でしか語れなかった。
「真音は何を悩んでるの?ヒヒイロノカネが不老をもたらしても、普通に生きていけるわ」
ユキには真音の悩みを理解出来ない。
「赤木がそれを望むんなら問題はないさ。でも赤木は自分がガーディアンにされた事を知らないんだ。もし事実を知ったら………」
永遠に歳をとらない。それを望む者は多いが、不老である事はメリットばかりではないはずだ。
「その心配は必要ないな」
ドアが開いて入って来たのは二ノ宮だった。
「二ノ宮さん…………あれ?」
真音は二ノ宮の後から入って来る女性に戸惑った。真音だけでなく、石田もトーマスもユキもエメラも。
青いガーディアンスーツを着た銀髪の女性。
「ロザ………リア?」
エメラは驚いた。どう見てもロザリアより身長はあるし、大人の女の匂いがする。しかし、その面影はロザリアだ。ロザリアが大人になれば、こんな感じになっていただろう。
「はじめまして」
リオはにこりと微笑んで挨拶した。
「………誰だ?」
石田は新たに見るガーディアンに警戒した。
「ガーディアン・ガールType−ζ(ゼータ)のリオだ」
二ノ宮が紹介すると、ユキがリオの前に出る。
「Type−ζ(ゼータ)?」
「何か?」
ユキの怪訝な顔を見て、リオは尚も笑顔で返した。
「ロザリアじゃ………ないよな?」
トーマスもリオがロザリアと被る。それほどまでに雰囲気が似ている。
「何を言ってる、ロザリアは死んだじゃないか。気のせいだよ」
二ノ宮はそう言うが、すんなりとはいかない。
「ガーディアンがまだいたのか………」
「リオはメビウスが造ったガーディアンだ」
石田の問いに二ノ宮は答えた。
「メビウスって……誰だ?」
トーマスがエメラに聞いたが、エメラの表情が強張っている事に気付く。それが何を意味してるのかは一発でわかった。
「メビウスってのはガーディアン・ガールの創造主、博士の事。これから俺達が戦いを挑む相手だ」
二ノ宮の言葉で空気が張り詰める。
「二ノ宮さん」
「どうした?」
真音はさっきの二ノ宮の言葉が気になった。
「さっき、『その心配はない』って言ってましたけど、何が心配ないんですか?」
それに答えたのは二ノ宮ではなくリオだった。
「ガーディアン・ガールからヒヒイロノカネを取り出す事は可能なの。面倒ではあるけど、普通の女の子に戻れるんです」
そして二人にユキが割り込む。
「どうやって?」
「ヒヒイロノカネは人の髄液と溶け合っていて、だから髄液を少しずつ回数を重ねて抜いていけば、新たな髄液が体内で作られて、いずれヒヒイロノカネを含んだ髄液は無くなります」
「詳しいじゃない」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「別に褒めてないけど」
ユキにとってリオは苦手なタイプだとわかる。
挑発にのらないと言うか、冷静沈着で知能が高く、ユキの深意など見通しているような感情的にならない人物は好きではない。
「Type−ζ(ゼータ)なんて聞いた事ないわ。メモリーが消されたのかしら?」
「お前らがわからないなら、俺達にはどーでもいい事だよ。敵じゃあなさそうだし」
エメラは記憶を探るが、トーマスにとってはガーディアン・ガールの数など興味のない事。
「なんにせよ、時間はかかってもガーディアンを人に戻すのは可能だという事だ。それは眠れる獅子の研究員に任せておけばいい。それよりも、レジスタンスが壊滅した今、メビウスが動き出すのは時間の問題だ。奴が仕掛けて来る前に、こっちから仕掛ける。真音、トーマス、ユキ、エメラ、覚悟は出来てるな?」
いきなり現れて仕切だした二ノ宮に、石田が不満そうな表情で、
「勝手な事ばっか言うなよ。彼らはお前の部下でもなんでもないんだ、今度の戦いは組織が動くからお前はマスターブレーンの場所だけ教えてくれればいい」
仕切り直そうとした。が、
「そうはいかん。マスターブレーンを破壊し、メビウスを倒すのは俺達選定者とガーディアンの宿命だ。お前らはサポートしてくれればそれでいい」
上手なのは二ノ宮の方のようだ。
「宿命だ?そうやってまた彼らを危険に晒すのか!?」
してやられたのが気に入らなかったのか、石田が掴みかかろうとすると、リオが間に割って入った。
「どけ!ぶん殴ってやらんと気が済まん!」
「この人に危害を加える者は、例えご学友であっても容赦はしません」
リオは手の平を石田の顔の辺りに突き出す。
「何の真似だ?」
「後ろに下がりなさい。そうしなければ全身の骨を砕きますよ?」
本気だ。リオの瞳が警告している。
「リオ、そこまでしてくれなくても大丈夫だ」
二ノ宮がリオを止めると、おとなしくそれに従う。
「わかりました」
結構な危機だった。石田の心臓はまだ落ち着きを見せなかった。
更に、リオの行動を見てエメラの心臓も緊迫する。彼女のとった行動は一つの存在を臭わせる。
「あなた………まさかとは思うけど………」
エメラが何を言おうとしているか、真音達にもわかった。もちろんリオ自身も。
「私が何か?」
リオはエメラの言葉を待つ。
エメラはその名を口にしたくはなかった。
「…………青薔薇……なの?」
青いガーディアンスーツが余計にそう思わせる。
全員が固唾を飲んで回答を望んだ。
資料を読んだだけでも恐怖を煽られたガーディアン・ガール。もしリオが青薔薇だったら…………
「みなさんのご想像にお任せします」
リオは注目を散開させるように言った。
「そりゃないぜ。身分は明かしてくれよ」
「無駄だよ、トーマス。この人は自分が何者かなんて俺達には言わない」
真音にはわかる。リオは二ノ宮同様、全てを知っている。だからその胸の内を吐き出して、真音達を脅かす真似はしない。
青薔薇であっても、そうでなくても。
「賢い男の人は嫌いじゃないです。度胸があれば尚更」
意味ありげに何度も微笑する。
「こんな奴、青薔薇のわけないわ」
「ユ、ユキ!」
「何者だか知んないけど、勿体振る奴って大嫌いっ!どうせ出来損ないのガーディアンに決まってるわ!」
真音の横でいきなりがなり出す。黄色い声が3オクターブくらい上がるから敵わない。
「し、失礼だよ………」
「いいんですよ、如月君。これからの事を思えば苛立つのも仕方のない事。私を罵る事で掃け口になるなら、喜んで罵られましょう」
他人など眼中にない。ユキにはそんな態度に思えた。
「女の喧嘩は心臓に悪いよな」
トーマスはあたまの後ろで腕を組み大きな欠伸をした。
「ところで二ノ宮さん、マスターブレーンの場所わかるんですか?」
「ああ。お前らも行っただろう……あの地図にはない島に。マスターブレーンはそこにある」
二ノ宮は目を細めて真音を見た。
「ちょっと待てよ!あそこに俺達が行った時は何もなかったぞ!今だって組織から部隊が派遣されてるが、単なる廃墟のままだと聞いてる!」
その視線の先で石田が喚く。
「何もなかったと言うが、あそこにいた時間は何時間だ?それに、派遣された部隊なんかメビウスに敵うはずがない」
「………殺されたって言いたいのか?」
「とっくだと思うが」
石田は落胆した。順調に事が進んでいるとばかり思っていただけに、ショックは大きかった。
「それでいつ行くんだよ?マスターブレーンのとこに」
トーマスが少々疲れたように言った。どんな真実があるにせよ、やるべき事は決まっているのだからあれこれ考えたくないのだ。
「三日後。三日後の朝に発つ。その日が選定者とガーディアンの運命の日になる」
異論はなかった。いずれ向き合わなければならない戦いだ。三日の猶予があるのなら心の準備も出来る。二ノ宮は付け加える。
「今度ばかりは生きて戻って来れる保証はない。なにせ、神に戦いを挑むんだからな」
人工の神マスターブレーン。そしてガーディアン・ガールの創造主メビウス。
未来はまだ闇の中。