第八十八章 ラストガーディアン(前編)
眠れる獅子で革命が起きてる頃、真音は美紀を誘い街中へ来ていた。
レジスタンスとの戦いに巻き込まれ、心身共に憔悴してるだろうと思っていての事なのだが………
「ねぇねぇ!これ可愛くない?」
全然元気な美紀に安心よりも驚異すら覚えそうだった。
白いコートを身体に合わせ、真音の支持を得ようと微笑んでみせる。
「あ、ああ。いいと思うよ」
真音はと言うと、意外な展開に振り回されっぱなしだった。
もっと落ち込んでてもいいくらいだ。恐い思いは随分したのだし、なによりもめぐみの件がある。同級生が自分を拉致し、そしてその同級生を真音が殺したのだ。本来なら真音も敬遠されてもおかしくない。
「思うって何?私はいいか悪いか聞いてるの!」
ユキに似て来たのは気のせい?美紀からすれば、真音に近付きたい一心での態度に過ぎない。と、軽く言ってしまえば彼女に怒られそうだが。
冬も本格さを増し、寒さが更なる試練を与える。あまり喜ばれる季節ではないが、それでも楽しみはある。
「もうすぐクリスマスだね」
そう。クリスマスという世界共通の祭り。
西洋宗教の香り漂う祭りであるにも関わらず、日本ではなくてはならない年間行事、恋人達のイベントの一つだ。
「もうそんな季節か」
思えば早いもので、ユキと出会ってからもう一ヶ月が過ぎていた。真音が思い出に浸っていると、美紀のやっかむ顔が視界を塞ぐ。
「やだやだ、ニヤニヤしちゃって。どーせユキちゃんの事でも考えてたんでしょ!」
「ち、違うって!」
「違くない!」
「赤木!」
怒ったように『見せ掛け』てそっぽ向く。あたふたする真音を見ているとちょっとだけ幸せな気分だ。
こんなやり取りも、もっと………そう、ちゃんとした形で出来たなら最高なのにと思いつつ。
「ユキちゃんの事好きなんだよね?」
だから今なら聞ける。そして、
「如月君がユキちゃんを好きでも、私は……………如月君が好き」
言える。
「な………ななななな何を言ってんだよ!」
突然の告白に、対処しようにもマニュアルがない為、ただただ慌てるだけに留まる。
「だって、今言わないと後悔しそうだから………」
真音が戦いに行く事は既に知っている。万が一、真音の身に何かあれば永遠に伝えられなくなってしまう。
「赤木…………」
「ごめんね。縁起でもないよね。私………バカだから………」
泣き出しそうな美紀の肩に手を乗せ、
「そんな事ないよ。嬉しいよ、ありがとう」
そう呟いた。
「でも………俺は………」
「大丈夫。私、負けないから。頑張って如月君を振り向かせるんだ」
精一杯の笑顔を前に、真音は何も言えなかった。
「気にしないで!独り言だから。私…………の……………」
その時、美紀が歯切れ悪くなり焦点が定まらず座り込む。
「あ、赤木!?おい!?」
「ハァ……………ハァ……………」
「どうした?大丈夫………って、すごい熱じゃないか!」
「だ………………大………丈夫………」
尋常じゃない熱がある。
「ちょ、ちょっと待ってろ!今、救急車呼ぶから!」
携帯電話を取り出し、救急車の手配をする真音の姿を最後に、美紀の意識は途絶えた。
二ノ宮はロザリアの墓前にただ立ち尽くしていた。
毎日、何時間もこうしている。そんな二ノ宮の背中を見つめる人物がいた。その人物が誰であるかは、二ノ宮にはわかっていた。
穏やかで、自然に溶け込むような雰囲気の持ち主。
「すまない………ロザリアを守ってやれなかった」
二ノ宮は背を向けたまま、後ろの人物に詫びた。
「あなたのせいではありません」
その人物は青いガーディアンスーツを着ていた。
銀色の髪が風に遊び、幻想的に思える。
「ロザリアはきっと幸せだったはずです。私達はあなたに感謝しなければなりません」
青いガーディアンスーツを着た人物、それはリオだった。
「感謝するのは俺の方さ。ロザリアにも…………リオ、お前にもだ」
二ノ宮は振り返ってリオを見た。
「おかえり」
両手を広げた二ノ宮に、迷いもなく身を任せる。
「遅くなりました」
やっと会えた。本当なら、もっと違うシチュエーションでこうしていたはずだ。ロザリアもいて、三人で仲良く………いられたかどうかはわからないけど。
「結局………ロザリアに真実は話せないままになっちまった」
「真実を知ったら………受け入れたでしょうか………ロザリアは」
「それはお前が一番よく知ってるはずだろ?」
「案外、物分かりの悪い子でしたよ………私」
リオは二ノ宮の背中に手を回して、幼い日の自分を思い出していた。
「ロザリアを見てたら納得するよ」
「まあ」
離れなかった。ようやく巡り会えた温もりが惜しくて。
「メビウスはレプリカ・ガールを大量に生産しただけでなく、ダージリンを狂わせメロウを殺した。そして奴は………」
「私はあなたに謝らなくては。本来、選定者は五人。あなたは選定者ではなかったのに………」
「なぜ俺だったんだ?」
「…………わかりません。無責任かもしれませんが、あなたを見た時、この人なら全てを委ねられると。申し訳ありません」
「気にするな。人生を楽しめた」
「シナリオは出来ているんですね?」
「ああ」
「セイイチ………」
「なんだ?」
「私は………疫病神だったでしょうか?」
「くだらない質問だな。俺はお前を愛してる」
「………私も」
リオは背伸びして二ノ宮の唇まで自分の唇を運ぶ。
熱いくちづけ。せつなさも愛しさも唇で語り合う。
「リオ」
「はい」
「生きて戻る事は叶わないかもしれない」
「構いません。私はあなたと共にあります」
「奈落へ行く事になってもか?」
「どこへでも」
二人にこれ以上の会話はいらなかった。誰よりも意志の疎通が計れている。
「行こう、未来を繋ぐ為の戦いに」