第八十四章 麗しき漆黒の夜
醜いと思うものを、いつまでも眺めていたいとは思わない。ごく稀に恐いもの見たさみたいなものはあるが、興味本位の域を出ない。
なら、人の心はどうだろう?人として生まれた者には必ず付属する心。当たり前のようにそれはあるのに、誰も真の姿を見た事がない。
心が醜いと認識しなければ、人の革新など永遠にやって来ない。平和を謳う事すら妄想に過ぎない。
もっとも、人の革新を掲げる事自体が妄想で、永遠に訪れない春なのだが。
ビリアンは人の限界を超え、新世界を創ろうとしている。それもまた繰り返される歴史の定石。今、命のやり取りをしている二ノ宮と、思想の原点は同じだ。
「なかなか食い下がる………」
ビリアンは思ったよりも善戦する二ノ宮を讃えてやった。
「バケモノめ………」
とは言え、二ノ宮の方はギリギリで、劣悪な酒でも浴びたような気分だ。
「ククク……君も十分にバケモノだよ。普通の人間からすればの話だがね」
屋内である事が二ノ宮に幸いしていた。身体を大きくしたビリアンは存分に能力を使えていない。もし屋外だったら………
「やべぇよなあ」
『セイイチ!来る!』
ぼやいてる暇もない。念力で二ノ宮を吹き飛ばし、それを二ノ宮は上手く着地して見せる。が、懐に飛び込んで二ノ宮に一撃見舞う。
「かはぁっ……!」
手は抜かれた。本気なら今ので意識を失くしてる。
壁に全身を打ち付け、奇しくも膝を着く。
「なんて力だ………ひょっとしてこいつはピンチじゃないか?」
『このままじゃやられちゃう。何か考えないと』
ロザリアは至って冷静ではあるものの、先の見えない戦いに戸惑っている。
「第6選定者………初めてその存在を知った時、なぜか私は怯えた。ゆくゆく障害となるのではと。リオ君が失態しなければレジスタンスなどとっくに壊滅していただろうな」
「ハッ……ならリオに感謝するんだな」
「無論だ。彼女のおかげでヒヒイロノカネを手に出来たのだからな」
「一つ言っておくが、ヒヒイロノカネを見つけたのは俺だ。一応、俺にも感謝してもらおうか」
「ハッハッハッ。なるほど。これは失礼した。それなら君にも感謝するとしよう」
全く感謝する気はないらしい。ビリアンは尚も詰め寄り、二ノ宮の首を掴んで持ち上げる。
「ヤロウ…………」
抵抗など無意味。腕力という意味での力では、赤子同然に扱われてしまう。
「こんな狭い場所で君を涅槃に送るのは忍びない」
そう言うと、天井に向かって跳びはね、コンクリートを突き破り屋上へと出る。
高く跳ね上がった眼下には、海とゴーストタウンと化した街が覗く。
ビリアンが屋上に降り立つと、振動で一瞬、首が絞まる。
「ぐっ………」
そして地面に放られる。
「かはっ………かはっ………」
「どうだね?我が国の夜は?」
夜景を楽しめる状況じゃない。勝ち誇るビリアンが恨めしい。
「このビルの裏は一面海だ。見たまえ、鮮やかなほどの漆黒を。リオ君は自らこの海に飛び込んだのだ」
かなり高さがある。下が海とは言え、落ちれば命は無いだろう。
「リオ君はこの場所が好きだった。いつもここから遠くを見つめていたよ。一度、何を見ているのか聞いた事があった。彼女はたった一言、『未来を』…………そう言っていたよ」
ビリアンは視線を海から二ノ宮へと移す。
「彼女が見ていた未来………君だったのだろうな。海を越えて君を想っていたのだよ」
「フン…………それを聞いたら尚更、負けられねーな」
青生生魂を両手で握る。
「無駄な事だ」
ビリアンも構える。
『どうするの?まともにやり合っても勝てないよ?』
「勝たなきゃならないんだ。ここはまだ終着じゃない」
それが一か八かでも、真っ向から勝負するしかない。
『じゃあ………』
「力を解放しろ。それしかない」
『…………身体に負担がかかるよ?』
「かまわない。ビリアンの心臓を貫くまででいい。他に道は無い、やるしかないんだ!」
ユキがそうしたように、ロザリアにも解放可能な力はある。
ロザリアが案じるように、ガーディアン・ガールの力の解放は選定者の肉体に確実にダメージを残す。加減を間違えれば命は絶たれる。
『一分………ううん三十秒だけだよ』
ロザリアが力を解放し、二ノ宮の身体が熱くなる。ただでさえダメージを負った身体。三十秒すら耐えられるかどうか……。
「君の亡きがらは海へ還してやる!きっとリオ君も喜ぶはずだ!」
「黙れ!ビリアン!!亡きがらになるのは貴様だッ!!」
ロザリアの力に耐えながらの咆哮。負けるわけにはいかない。リオが託した未来になる為に。
「終わりだッ!!二ノ宮アァァァァッ!!」
ビリアンが拳を突き出すと、衝撃波が生じて二ノ宮を襲う。
「行くぞ!ロザリア!」
『うん!!』
これがラストチャンス。最初で最後の。
青生生魂を離さないように強く握り、衝撃波に向かって行く。
「死んで私の歴史に刻まれるがいいっ!!!」
強さの増す衝撃波。
二ノ宮は青生生魂で受け止め、そのまま切り裂こうと試みる。しくじれば待つのは地獄だけ。
「なあにが死んで歴史に刻まれろだ………歴史ってのはな………」
青生生魂の刃に炎が灯り、一気にビリアンの放った衝撃波を切り裂いた。
「な………切り裂いただとッ!?」
隙を見せたビリアンを殺るなら今しかない。
二ノ宮は瞬間移動でビリアンの胸元に移動する。そして………
「テ、テレポート!!?」
慌てるビリアンの心臓を狙い、青生生魂を突き立てた。
「ぐはぁっ…………し………しまった………」
生命力を失ったビリアンは、元の姿へと戻る。
「歴史ってのは死んで刻むもんじゃない。生きて刻むもんなんだよ。バカの一つ覚えみたいに力技で押しやがって」
「ぐふっ………まさ………か…………わ…私が………殺られ………る………のか……」
二ノ宮は突き立てた青生生魂を引き抜く。
「く……………くそ………」
ビリアンは息絶え、二ノ宮が生き残った。
「ちっとは頭使えよ」
満足だった。これでレジスタンスは壊滅したのだから。
負担の掛かった二ノ宮の身体から、ディボルトを解いたロザリアが現れる。
「セイイチ…………」
「心配するな。なんとか立っていられる」
ロザリアに心配かけまいと強がって見せた。
「リオってだあれ?」
「…………………。」
疑惑の眼差しで睨まれる。
「女ってヤツは………」




