第八十一章 漂流
「聖戦だって?」
真音は聞き返した。どうにも頭で整理がつかない。
「世界は腐敗しきっている。だからマスターブレーンを創り、人々は神を求めた。それに応えるのが私達の義務。その戦いはまさに聖戦だろう?」
「ふざけんな!そんなの鈴木の勝手な解釈じゃないか!誰もそんな事望んでない!」
「如月、私達は神になる権利を得た者だ。望まれようと望まれまいと、誰の意見も関係ない。レジスタンスは世界再編を遂行する。それには象徴となる存在が必要なんだ」
「変わったな。お前はもっと爽快な奴だと思ってた」
「爽快ねぇ………まあ、ありがたく受け止めるよ」
「はっきり言う。お前とは戦いたくない。頼むから引き下がってくれ」
さすがに同級生と命のやり取りはしたくない。でもそう思うのであれば、めぐみとて真音の前には姿を見せないだろう。
「あはははは!それは無理だよ如月。唯一無二の存在になる為、選定者は全員排除しなければならない。安い正義を振りかざすのなら、なんでここに来た?君がどう思おうと勝手だが、私は君を倒すよ」
軽く言ってくれる。友人だと思っていたのに。真音はやるせない気持ちになっていた。
李といい、めぐみといい、戦いたくない奴ばかりが敵になる。しかも今度は強敵もいいところだ。
超能力を自在に扱い、離れた敵さえ見えない力でどうにでも出来る。戦うとしても、どう戦えばいいのかすらわからない。
『こんなシチュエーションは予想してなかったわ』
意識を共有するというのも善し悪しで、ユキを頼りにしてたのに彼女の不安が伝わって来てしまう。不憫だ。
「どうする………?」
戦うも選べない、逃げるも選べない。特殊攻撃もあいにく持ち合わせていない。
コマンドの全てが使えないのだ。
めぐみは真音の出方を待っていたが、痺れを切らし先に仕掛ける。
「来ないならこっちから行くよ」
その言葉で身構える真音だったが、めぐみは意外にも格闘を選択して来た。
まずは右ストレート、そして回し蹴り。またも壁に激突した真音を膝蹴りする。
「うぁ………っ」
目が白目を剥く寸前まで行く。
見事なまでにプロの技だ。一女子高生が成せるコンビネーションじゃない。
「どうした如月。君のガーディアン・ガールの力を見せてくれ」
持っていた弓は既に手元にない。真音はよろけながら立ち上がる。
「ほ………本気かよ………」
「当たり前だろう?さあ、早く見せてくれよ………ウズウズしてるんだ」
ヒヒイロノカネがめぐみの瞳の中で妖しく光っている。
「ユキ………何か手はないのかよ?」
『逃げる気?』
「んな事……言ってないだろ」
『じゃあ戦える?』
さっきの不安はまだあるが、切り返しが意味深だ。多分、ユキは何か考えてる。逃げる事は叶わない。戦えるか?と聞かれれば戦うしかないのだろうと覚悟を決める。別に命を奪わなくてもいい。立てない程度に痛めつければ。
「戦うには戦うけど……」
煮え切らない真音に苦言を提したのは、ユキではなくめぐみだった。
「まだ決心がつかないのかい?なら後押しをしてあげるよ」
そう言って胸ポケットからリモコンを取り出す。
「きっと戦う気になるよ」
めぐみはニヤリとしてリモコンのボタンを押す。すると、スイッチの切れていたスクリーンが起動する。
最近のモデルにしては画像が粗い。何が映っているのか真音は目を凝らす。
「………外か?」
おそらくは今いるビルかその周辺。結構な高さにカメラは設置されている事だけはわかった。
めぐみはリモコンのジョグダイヤルを操作してズームアップしていく。2倍……4倍……正面にあるのは巨大な十字架。そしてそこに誰かが張り付けにされている。
「……………あれは!!」
真音は目を疑った。十字架に張り付けられていたのはめぐみと同じ制服の少女。
「赤木!!?」
真音の驚く顔に、めぐみは大満足だった。
「正解。ゲストとして連れて来たんだ」
めぐみは更にズームアップして美紀の表情を真音に見せる。
「鈴木!赤木に何をした!」
「別に何もしてないさ。ただ、ちょっと眠ってもらってるだけだよ。如月は優柔不断だからね、私と素直に戦ってくれるかは疑問だった。必要になるかもと、赤木に手伝ってもらったのさ」
「手伝ってもらった?とことん性根が腐ったみたいだな」
真音の怒りに満ちた表情。めぐみの思惑は叶ったわけだ。
「赤木の事になるとやっぱりムキになる。じれったい二人の距離がこれで縮まるといいんだけど。教えておくよ、彼女は向かいのビルの屋上にいる。この先の渡り廊下を行けば向かいのビルまでは行ける。見事、私を倒して辿り着けるといいけど」
「からかってんのかよ?赤木は無関係だ!今すぐ解放しろ!」
「無理だね。赤木を助けたいなら私を倒してからだと言ったろ。まあ、それが出来ればの話だけど」
こんな奴じゃなかった。それとも見抜けなかっただけか?
めぐみは人気のない弓道部を盛り上げてくれていた。同級生で女なのにすごく頼れる存在だった。文武共に優れ、真面目だけれどジョークのセンスもあった。そう、魅力的だった。
それが今はどうだろう?三流ゲームの悪役の如く卑怯な手段を、おいそれと見せてくれている。
『同じ力をぶつければ、優劣に関係なく相殺されるわ。大丈夫、私がいる』
ユキが真音を勇気づけるように言った。
「出来んのかよ?失敗したらジ・エンドだぜ?」
『ガーディアンの基本は青薔薇よ。私にだって同じ力はあるはず。個人では無理でも、ディボルトしてれば使えるわ………きっと』
「きっと………か。わかった、使えるという前提で戦う。ユキ、サポート頼むぜ」
『任せておいて!』
かつての友人は倒すべき敵として立ちはだかる。
真音は今………試されている事に気付いていない。