第八十章 聖戦(ジハード)
李をトーマスに任せ、真音はひたすらまた上を目指していた。
更に更にと階を重ねる。
「外から見るより相当広いよ」
レジスタンスの兵士を難無く倒して別の事を愚痴る辺りは、真音にも余裕が出て来たという事だろう。
『真音!前!』
「ん?」
ユキが叫ばなければ危ないところだった。前方から風を切る音がして何かが飛んで来る。
「うわっ!」
身体を横に翻しはしたが、『それ』は真音の服を裂いて柱に刺さる。
「な、なんだ?」
前方には人の気配はなく、真音は柱に刺さったものを見た。
「これは………!」
『それ』は見慣れた『矢』。真音が部活で使用している部の『矢』だった。
『どうかした?』
「なんでこんなもんが………」
ただただ驚くばかりの真音に、もう一つのサプライズ。
「今まで気がつかなかったのかい?備品の管理は部員全員の仕事だったはずだよ」
現れたのは、
「ぶ………部長……?」
「久しぶりだね、如月。こんなところで再会するとは………運命を感じずにはいられない。そう思わないかい?」
めぐみはいつになく上機嫌だ。顔を見ればわかる。そして少し色艶がある。少女ではなく女の香り。
「なんで部長がレジスタンスに………」
「やれやれ。もう部長じゃないんだ。その呼び方はやめてくれないか」
見間違いでも幻でもない。男口調の女など、そうはいない。確かだった。
『あの制服………確かあの赤木って女も着てた……』
「そうだ。俺の学校の制服だ。そして彼女は弓道部の部長をしてた………鈴木めぐみ」
めぐみは動揺する真音を愉快に眺める。
「ちゃ〜んと名前を覚えてくれてたんじゃないか」
「答えてくれ。なんで部長………鈴木がレジスタンス(ここ)にいるんだ?」
「決まってるじゃないか。君を待ってたんだ」
この一言の為にここにいる。そう真音に伝えたいのだが、逸る気持ちを抑えた。
「そんなんじゃわかんねーよ!説明してくれ!」
めぐみは肩をすくめ、
「いつからそんなに怒りっぽくなったんだ?」
真音に少しずつ近付く。
「鈴木!」
真音が怒鳴ると、めぐみは足を止めた。
「わかったよ。そうカリカリするなって」
めぐみの口から何が飛び出して来るのか、見守るしかない。
それを見越したのか、めぐみは説明を始める。
「私はね、レジスタンスの一員なんだ。それも特別な」
「そうだろうな。たった一人で俺を待ってたくらいだから」
「そうなんだ。君とここで相まみえる為だけに得た特別な存在さ」
ユキはめぐみから不気味な気配を感じた。どろっとしたような重さのある気配。
『まさか………!』
「どうした、ユキ?」
疑いたくもなる。ユキが一番よく知ってる気配だから。
「日本に行った時、君に会わなくてよかったかもしれない。楽しみというのは後にとっておくものだと、しみじみ感じるよ」
めぐみはスーッと右腕を伸ばし、
「お見せしよう。これが特別な存在となった私の力だ」
『真音!!』
真音を壁に吹き飛ばす。
ユキの警告よりも早くめぐみの力が行き届いた。
「ぐはっ……」
避けるとか防ぐとかのレベルではなかった。気がついた時には背中をおもいきり打っていた。
「………この力………まさかディボルトしてるのか?」
『………違う。ディボルトてる力じゃないわ』
「じゃあなんなんだ………」
まだ動揺の収まらない真音に代わり、ユキが冷静に分析する。
口にするのも嫌う事実。
『ガーディアン』
「な………ガーディアンだって?」
『読んだでしょ、資料。青薔薇と同じ力よ。間違いないわ、彼女……ヒヒイロノカネを使ってガーディアン・ガールになったのよ』
もう一度めぐみを見る。そこには瞳をプリズムに輝かせるめぐみがいる。
「さあ如月、始めようじゃないか。どちらが神になるに相応しいか選定の儀をね。フッ……これは聖戦だ」