第七十九章 追憶の心達
誰も信用出来なかった。それでいいと思った。一人でいれば誰に迷惑をかけるわけでもなく、煩わしい事もない。
でも出会ってしまった。ずっと避けて来たのに。あっさりと。
ガーネイアに出会い、そして選定者達。
李の心にとってそれは恐怖感になる。未知の感情を抱ききれない李は、次第に心を閉ざして行く。
「もう観念したらどうだ?」
トーマスはとどめを刺さない程度に李を追い詰めていた。
「…………なんで……なんでいつもこうなんだ……俺は……」
身体さえ五体満足であったなら、こうも無様にはならない。
人生の大切な場面でいつもうまく行かない。いつも。
「嘆くな嘆くな。うまく行かないのはみんな同じ。お前だけじゃない」
「お前に何がわかる……。生まれた事を悔やみながら生きる俺の気持ちなど………お前にわかるわけがないっ!」
「………ったく、面倒な野郎だぜ。何がそんなに悲しいんだ?戦場にしがみつかなくても生きて行けるだろ?国なんかクソ喰らえだ!」
李とてそう思えたらどんなに楽か。ガーネイアの身体に埋められた爆弾さえなければ………レジスタンスに手を貸すのも、戦いが終わればガーネイアから爆弾を取り除いてくれると約束したからだ。どんなに説得されても、聞き入れるわけにはいかない。
「フ…………フフ………なにもかも遅すぎる。俺はお前らのようには生きられない。遅すぎるんだよっ!!」
何かを振り払うように叫ぶと、李に異変が起きる。
両腕の鉄甲が上腕を覆い、そして全身を覆って行く。
「な……何が始まるんだ……?エメラ!あいつに何が起きてるんだ!?」
『閉ざしたのよ』
「閉ざしたって………何をだ!?」
異様。その気配はまるで獣。黒く塗られた鉄が李の全てを覆う。心でさえも。
『心よ』
「い、意味わかんねーよ………まるで………悪魔じゃねーか」
心を閉ざした李は、悪魔へと姿を変えた。
『残念だけどもう彼を助ける事は出来ないわ』
「そんな簡単に言うなよ。あいつも犠牲者なんだ。なんとしてでも助けてやりたい」
『無理よ。それが現実なんだから』
「なんてこった………これが運命なのかよ」
心を閉ざした李奨劉。戻れない選択をした少年は運命を共にする少女を想う。
「すまない、ガーネイア。こうするしか………俺には他に思い付かなかった」
『リー………ガーネイア言ったよ、リーの好きにしていいって』
「トーマスに勝てないかもしれない。身体が限界なんだ。もし………もしお前が望むなら………」
『もう言わなくていいんよ。リーはいっぱいい〜っぱい頑張ったん。ガーネイアもいっぱい、リーに負けないくらい頑張ったん。だからどうなってもいいのぉ。リーが満足するんが、ガーネイアの願いなんよ』
「ガーネイア………結局何もしてやれなかった」
人は神を目指す。それは何百年、何千年、何万年と繰り返されて来た。地上に人が生まれた時からずっと。
不在の神になるよう宿命づけられた少年と、少年を神へ導く事を義務づけられた少女。
二人が目指す場所は楽園だった。
黒い鉄の悪魔となった李。その力は柱をへし折り、風圧で壁を破壊する。
トーマスは必死に応戦するが、李の力に振り回されてしまっている。
「ぐあっ!」
『トーマス、本気で殺らなきゃ私達が殺られるわ!』
「わかってるけど………」
どんなに強くなっても、ベースとなる肉体は疲労しきった肉体。トーマスがその気になれば負けない。それはトーマス自身がわかっている。破れかぶれになった李は難敵だが、冷静になれば勝てる。殺す気になれば。
『トーマス!!』
「ちっくしょう………」
李が怒号を上げ向かって来る。
「ウガアアアオオォォ!!」
もう人間の面影すらなくなっている。
「バカだぜ………お前……」
床に亀裂を入れながら突進してトーマスの命を狙う。本能であるかのように。そんな李が哀れで悲しい。
「わかり合えたはずだ……」
『早く!トーマス!』
一歩間違えばそれは自分の姿だったかもしれない。
「ウガアアアオオォォ!!」
『何してるのよ!早くして!!』
全うすべき事、全てに悲しみが生まれるのなら………
「………許せ、李。せめて天国に送ってやる」
誰が生きる事を望むだろうか。
「行くぞ!しっかり受け止めろよ!」
この世に溢れる心達。それはとても脆く、そして頼りない。
「クロス・オブ・ソロウ!!」
「ウガアアアオオォォ……………………………ォォ………」
トーマスの放った技が、李を覆い尽くしていた黒い鉄の鎧を剥いで行き、ディボルトを解かれた李とガーネイアが床に落ちる。
「……………安らかに眠れ」
少年達は綱渡りをする事でしか前に進めない。