第七十七章 拳で語る
「トーマス!!」
意外な助っ人に真音は声を上げた。
「俺が戻るまで待てって言ったろ」
余裕の笑みでトーマスはいた。
真音の危機に駆け付けたタイミングの良さからか気分は上々だ。
「なんでトーマスがここに……?」
「なあに、日本へ戻ろうとしたら石田から連絡があってな。急遽レジスタンス(こっち)に真っすぐ来たのさ。それと色々聞いたぜ。ジルの事、エメラ達ガーディアン・ガールが人間だって事も。それと………」
トーマスは李を見て言った。
「お前の事も聞いたよ」
「俺の?」
李は不思議そうに怪訝な感触を掴まされた。
トーマスはそれを言及せず、
「真音、立てるか?」
真音に手を差し延べ立たせた。
「なんだかよくわかんないけど、来てくれて心強いよ」
立ち上がった真音は、身体からダメージが消えて行くのを感じた。それは一重に『友』の存在の大きさのおかげだろう。
「なんだかよくわかんねーのに褒めんなよ」
共に戦うと誓った仲間。ここから真音達の戦いは始まる。
「まあいいや。それより真音、あいつは俺に任せてお前は先に行け」
「待ってよ、俺も一緒に戦うよ!」
「バーカ、男が二人掛かりで戦えるか。李とはサシでケリをつけたいんだ」
トーマスにはどうしても李と二人きりで戦いたい理由があった。
「トーマス……………
なんとなく雰囲気で感じ取った真音は、
「わかったよ。でも李は全身の骨にひびが入ってる。出来る事なら…………」
「そんな心配は無用だ。さあ、早く行け!俺も後から行く!今日でレジスタンスを壊滅させるんだ!」
真音は頷いてトーマスと拳をぶつけ合う。
「これは始まりだ。マスターブレーンをブッ壊すまで負けらんねーからな!」
トーマスの檄を受けて真音は先を目指す。
「じゃあ、後で」
真音が居なくなったのを見届け、トーマスは再び李と対峙する。
「悪いな、飛び入り参加で」
「トーマス(お前)には島での借りがあるからな。ちょうどいい」
互いに相手にとって不足はない。
「そういえば俺の何を聞いたって?」
さっきのトーマスの言動が気になる。知られてまずい過去などないが、知られたくない事情はある。
「お前、政府に脅されてんだろ?」
トーマスは核心から切り出した。
李の不安は的中し、彼に嫌な汗を流させる。
「隠しても無駄………ってわけか」
「同情するよ。俺も同じだからな」
「同じ?」
「俺も脅されてんだよ。妹、人質にとられて」
「……………………。」
「そんなツラすんな。嘘なんか言ってねーよ。難病を患ってて治療に莫大な金がかかるんだ。その金を負担するからヒヒイロノカネを集めて来いって言われたんだ。もし集めて来なければ妹の治療は打ち切られる」
「………じゃあ何か?お前は真音を騙してんのか?仲間気取って安心させて………だとしたらとんでもないチキン野郎だ」
「騙してなんかねーよ。俺は国の言いなりにはならないからな」
「妹はどうするんだ?国ってのは弱者には非情だぜ?」
「知ってるよ。どの国も変わんねーって。妹の治療費くらい死ぬ気で稼いでやるさ」
あまりに軽く語るので、やっぱり嘘なのかと疑いたくもなる。
だが、トーマスの瞳がやたらと眩しく輝いているのは迷いがなくなったからなのだろう。
「なんでそんな話をするんだ?大体、俺が脅されてるってなんでわかる?」
李は聞いた。これまで二度、トーマスに会ってるが、それでもこんな事を語るような奴じゃない事くらいは読めていた。
「フン。李(お前)、孤児なんだってな。国がそういう奴にものを頼む時ってのは、大概そんなもんさ。境遇があまりに俺と重なったんでよ、話してみたくなったのさ。選定者(俺達)が戦う理由はどこにもない」
「お前まで真音と同じ事を言うのか」
「真音…………いい奴だろ?ストレートで………案外バカだけど。でも他人を真剣に想ってくれる。最初はそれがムカついたけど、今ならわかる。如月真音って男が。お前の事だって本気で心配してんだよ。そういう奴だ」
李だって鈍感な方じゃない。真音が『いい奴』だと承知している。
「そういうわけで李、お前を殺すわけにはいかないんだ。力ずくでも『仲間』になってもらう」
「な………仲間だと?」
「選定者(俺達)には自由に生きる権利がある。国なんかに脅されて生きれるか。お前を地獄から救ってやるよ」
どうして真音とトーマスは自分に必死になれるのか、疑問だった。心の中で感じた事のない揺らぎがある。しかし、今の李に自分の気持ちと向き合う余裕はない。
「アメリカ人の世話にはならん!」
「お前、友達いないだろ?悲しいねぇ〜」
「友達だと?そんなもん何の役にも立たん」
「ヘッ、今のお前はちょっと前の俺と同じだよ。そうやって自分の人生悲観して…………それに立ち向かってる気になって。悩みがあるなら相談のるぜ?友達ってのは心で繋がるもんだ。国も人種も関係ない。だからどんな悩みも共有出来る。きっと役に立てると思う」
本音だった。悩み苦しんでる時は自身の事など自分ではわからないもの。李を見てると他人事とは思えない。親もなく必死に生きて来たトーマスだからこそ、孤児である李の苦しみがわかる。
「どいつもこいつも甘い事ばかり言いやがって!」
揺らぎが大きくなるのを李は恐れ、攻撃の構えを見せる。トーマスの言葉は、心理的に明らかな影響を与えていた。
「どうしてもやるのか………まあいいだろう。拳でわかり合うってのも、男の特権だからな」
かつて真音やジル達にそうされたように、闇に閉じ込められた李を救うべくトーマスは拳を握る。