第七十六章 生きるということ
「君のガーディアン・ガール、ガーネイアだ」
紹介された少女はまだ幼い。人造人間だと言われたが、どこから見ても自分と変わらぬ普通の人間だった。
ガーネイアを紹介した男は、大統領の側近。グレーのスーツに白いワイシャツ、赤いネクタイと無難な組み合わせを披露している。
「聞いてるのか?李奨劉」
「あ………はい。聞いてます」
突然の呼び出しに困惑していた。そして人造人間の紹介。何がなんだかわからないというのが本音だ。
「選定者は他に五人いる。君はガーネイアと協力してその五人を倒して来なければならない。我が国を神の国にする為に」
李は孤児だ。汚い施設で育ち、空腹を満たす生活も送れず、未来なんてものへの憧れも期待も持っていない。友達もおらず、本当の孤独の中で生きている。だから協力など縁がなかった。まして見知らぬ者となど。
「ガーネイアは11歳だよぉ。よろしくぅ〜!」
右手を挙げ元気に挨拶する。
「あ、ああ……よろしく」
「元気ないなぁ〜。朝ごはん食べたん?」
うざったいというのが第一印象で、そんなに深く関わろうなんて思っていなかった。
「あの………」
「なんだね?」
「俺はこれからどうしたら……」
「君にはガーディアン・ガールを利用した戦闘訓練をしてもらう」
「はぁ………」
「孤独である君に一般人よりもいい暮らしをさせてやるんだ、マスターブレーンの元まで行ってもらわねば困る。逃げようなどとは思わない事だ、もし逃げようものなら、ガーネイアの中に我々が埋め込んだ爆弾を爆発させて君を殺す。いいな?」
戦う他に選択肢が無いという事だ。しかし李はあまり深く考えてなかった。どうせまともな生活はしていない。死んでもいいとさえ毎日思っているのだ、戦えと言うのなら戦うまで。
「…………わかりました」
この時はガーネイアと出会った事で、変わって行く自分を予想出来なかった。
ガーネイアと過ごす日々。そこは確かに楽園だった。
竜牙月光拳を凌いだ真音は称賛に値する。もちろん代償は大きい。死にはしなかったものの、傷だらけで体力のほとんどを盾にしてしまい片膝を着く結果となる。
「ハァ………ハァ………」
本当ならディボルトしている余裕もない。かと言って、解いてしまえば気絶してしまうほどダメージを負っている。
「よく凌いだ。だけどもう終わりだ」
李が真音の真ん前に立つ。その影が絶望を告げていた。
「ハァ……………ハァ……………」
息の乱れる間隔が長くなるのは体力が回復しているからではなく、呼吸すら体力を要する証拠。李の宣告は間違ってはいない。
真音は李の身体を伝うように立つ。もっぱら死ぬ気などあるわけもない。
「李………もう一度………考えてくれないか?俺達は……………仲間になれるはずだ………」
「まだそんな事を言ってるのか」
「望んだ………望んだ戦いじゃ………ないだろ」
「……………………そうだな。望んだ戦いじゃない」
「なら………」
「それでもやらなけりゃならないんだ。わかってもらおうなんて思ってない」
「李……君は………それでいいのか?ガーネイアまで危険に晒して………うぐっ」
李が真音の胸倉を掴み上げる。
「ガーディアンは戦いの道具だ!危険もクソもあるか!」
「へっ………んな事……本当は思ってねーんだろ……」
「なにっ?」
「この前からわかりやすいんだよ…………ガーネイアの事になるとムキになるくせに………」
「黙れッ!それ以上言うな!」
「教えてやろうか………ガーディアンは人造人間………造り物なんかじゃないんだ……」
「フン。じゃあ一体なんだって言うんだ?宇宙人か?」
「人間だよ」
「な…………人……間……?」
「そう。ガーディアンは俺達と同じ人間だ」
真音の言葉は李に衝撃を与えた。人間と変わらないとは思っていた。でも、やはり心のどこかで一線があった。プログラムされたロボットのようなものだろうと。
泣いたり笑ったり怒ったり、食事までする英知の塊なんだろうと。それだけに衝撃は大きい。こんな形で知らなければ、嬉しかったに違いない。
「ガーネイアが………人間……」
呟くのはガーネイアに語りかけているからだ。
『………………………。』
しかしガーネイアは答えなかった。何かと心の奥底で苦しむ李に、これ以上傷つけたくなかった。
「ガーネイア………答えてくれ。真音の言った事は本当なのか?」
李にとって、ガーネイアは例え人造人間であってもかけがえのない者。だから政府が仕掛けた爆弾を爆発させて死なせたくなかった。
人間だと知ってしまった今、李の怒りは噴火せざるを得ない。もちろん政府への。
ガーディアンだろうとなんだろうと、幼い少女に国の利益の為に爆弾を仕掛けるなど………許したくない。
「答えろガーネイア!!」
なぜ今まで黙っていたのか。それをガーネイアに問いても無意味なのは承知。でも聞かずにはいられない。
『………ガーネイアは………ガーディアン・ガールだよ』
ガーネイアは人間だとは言わなかった。記憶にはなかった事だったから。思い出したのは最近。そう、メロウに聞かされて思い出した事。その一から十までを説明する気はなかった。
李が決めた事に水を注す事はしたくない。
「…………バカが」
李は、ガーネイアが強がっている事など見透かしていた。
「わかってくれたか?俺達が戦う相手は他にいるんだ!」
真音はこれで説得出来たと思った。無駄な戦いはしなくて済んだと。だが…………
「だからどうした?」
「え?」
李の目つきが変わる。
「どんな事実があろうと、俺は真音、お前を倒さねばならない」
「李………なんでだよ!?」
「生き続ける為だ!」
真音を突き飛ばし転倒させて、また己の闘気を高める。
「これ以上お前と話す気はない!死ね!真音!竜牙月光拳!!」
放たれた闘気は今度は間違いなく真音の命を奪うだろう。凌ぐ事はもう出来ない。ただ意識が飛ぶのを待つ。
真音とユキは目を閉じ死を覚悟した。
「真音!諦めるなっ!!」
誰かが叫んだ。反射的にまた目を開ける。誰かが竜牙月光拳を受け止め、やがて轟音と共に竜牙月光拳の闘気は消える。
「誰だっ!?」
爆煙の中を、李は目を凝らした。
「生き続けるってのは、最後まで諦めない事だ」
そこにいたのはトーマスだった。