第七十五章 燃え尽きるその前に(後編)
「大分貯まったかな」
冴子は通帳を開いて預金を確認していた。
若い時から地道に貯めた甲斐あって、そこそこの金額にはなっている。
「しばらくは食べていけるわね」
石田に送ってもらった繁華街の奥、住宅街には似合わないマンションが冴子の自宅だ。結構格安で手に入れた自分だけの城…………まさか自分から手放す日が来るとは夢にも思わなかった。
若い時を経て、いい生活をしたいが為に上を目指して来た。いつしか仕事も好きになっていた。頭の痛くなる事もたくさんあるが、達成感を得る快感を考えれば問題にはならない。
ずっと定年までこのまま行くのだと疑わなかった。そう………選定の儀に関わるまでは。
冴子はカーテンを開け、まだ明るい外を眺める。こうしてこの街を眺めるのも後何回あるだろうか。
「冴子、一世一代の大勝負………行けるわね?」
自分自身に問う。いや、彼女もまた決意の人。己の人生と引き換えに正義を貫く。
真音は何度も光の矢を放つが、ことごとく李に掃われる。対して李は、格闘で真音を圧倒する。かろうじて真音が攻撃を喰らわないでいられるのには、李の肉体が万全でない事が理由だろう。まるで違う二人の戦い方。いかにレジスタンスのビルが広くても、弓矢を武器に戦う真音には不利がある。
「ちっくしょう…………こんなんじゃいつかやられちまう」
危機感をあらわにした真音にユキが問う。
『この場所で弓矢では戦えない。別の方法を考えてみる?』
「別の方法ってなんだよ」
『ディボルトした選定者には著しく優れた能力が備わるわ。二ノ宮やオリオンマンみたいにもっと特異な技も出来るはずよ』
「簡単に言うなよ。やれるならとっくにやってるって」
『つべこべ言わない!やれる事は全てやって!』
真音は集中してイメージする。光の矢を成功させた時のように。
だがそんな間すら与える気もなく、李が真音の腹を殴り上げる。
「くたばれ真音!!」
「ぐあっ………………!」
宙に浮いた身体は弓を手放し、そのまま後ろに放物線を描いて吹き飛ぶ。
「うあっ………くはっ……」
体験した事のない気持ち悪さに目眩がするが、飛びそうになる意識をなんとか保ってふらふらと立ち上がる。
「真音、戦いのレベルが俺とお前とでは違い過ぎる。悪い事は言わん、去れ。もうヒヒイロノカネも必要ないんだ。お前のガーディアンを殺す事もなくなった。今なら引き返せる」
少し揺らいだ。環境さえ………生まれた環境さえ同じだったなら、友達になれたかもしれない。ガーネイアに頼まれたとは言え、真音は自分を説得しに来てくれた。応えてやる事は出来なかったが、この場から逃がしてやる事は出来る。せめて………戦いから離れてくれたなら。
「それがお互いの為だ」
「ふ………ふざけんな………逃げ帰ってもなんにも解決なんてしない。俺だって男だ………逃げ帰って生き恥を曝すくらいなら、最後まで戦って果てる方を選ぶさ!」
「バカか!せっかく逃がしてやるって言ってんのに!」
「余計なお世話だよ」
「真音……………」
真音は背筋を伸ばし深呼吸をする。
『真音!トーマスみたいに魔法みたいなやつをイメージして!』
「黙っててくれないかユキ」
『な………!』
「これは俺と李の戦いだ。男と男の戦いに女が口を出すな!」
『!!』
まさか真音の口から自分に対してそんな言葉が放たれるとは思いもしなかった。何か言い返そうにも、何も言えない。
「…………フッ。よく言った、真音。お前がそこまで決意してるなら、安心して倒せる」
李は全身全霊を込める。こんな形ではあったけれど、一瞬でも自分を案じてくれた真音への気持ち。
「手向けだ真音!竜牙月光拳!」
拳を二つ、上下に前に突き出し闘気を放つ。その名の通り月の光のような穏やかな光を放ちながらも、竜の牙の如く鋭く空を切り裂く。
『真音!!』
ユキが危険を察知するが、回避出来るほどの能力はない。ダメで元々、受けて立つ。
「うおおおおおっ!!」
何が正義かなんてわからない。通じ合う想いであっても戦わなければならない皮肉がある。
伝えたい気持ちは全力で伝えたい。
燃え尽きるその前に………。