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第七章 ダージリンの一日

「ジル………今日は真音のところに行かないのか?」


ホテルの窓から、行き交う人々を興味津々に眺めながらダージリンが言った。


「今日は休日よ。真音の自宅も知ったし、いつでも行けるでしょ」


まだベッドが恋しいのか、起きる気配はない。


「ダージリンつまらない…………真音とユキと遊びたい」


「行きたきゃ一人で行きなさい。道に迷わない自信があるならね」


考えてみれば日本に来てから『働き』っぱなしだ。一日くらい休日を設けたからと言って、文句を言われる筋合いはない。


「ちょっと、寒いから窓閉め………て………って、ダージリン?」


そこにダージリンの姿はなかった。


「あの子…………」


ガーディアンが一人で行動するなんて思ってなかったから言っただけなのに…………


「…………ま、いいか」


ジルはまた寝た。










ダージリンはガーディアンだ。生まれた場所はマスターブレーンが存在する研究所。

しかし彼女の記憶にあるのは選定の儀に差し支えない程度のメモリー。だから一筋の記憶も点在という形になる。

街並みに惹かれるのは削除された記憶の名残かもしれない。


「………………いない」


真音の自宅前で中を透視するように目を凝らした結果、人の気配がないと判断したらしい。カーテンが閉まっているのだから、透視能力があってもあまり役には立たなかっただろうが。

はて、これは困ったとそのままの体勢で思考を巡らす。


「………………探索」


人造人間にも好奇心はあるらしく、行く宛てのないダージリンの一日が始まる。










ダージリンは自動販売機の前にいた。日本に来た時に、ジルが感動していた飲み物の出て来る機械。

並んだボタンを押してはみるが、お金を入れてないのだから反応はない。

ダージリンにはいわゆる『常識』が欠落しているようだ。でなければ欠陥かのどちらかだ。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」


視線を横にすると、大分歳の行った男性の老人がいた。


「この前ジルがボタンを押したら出たのに…………ダージリンが押したら出ない」


当然ジルは『YEN』を入れたからだ。


「まさか故障かね?今までそんな事なかったのに」


怪訝な顔をしてふとダージリンを『見てしまった』。


「おお…………そんなに悲しい顔しないでおくれ。おじいちゃんが代わりにお金を入れてあげるから」


ダージリンが悲しい顔をしてるのは毎分毎秒変わらずの事で、普段から哀愁に満ちた表情をしている。


「ほれ、これでもう大丈夫。さ、どれでも好きなのを選びなさい」


老人はお金を入れると、この世に生まれて一番いい事をした気分になる。

ダージリンは右人差し指を伸ばしてオレンジジュースのボタンを押した。

ご丁寧にも老人は取ってやる。


「ほいよ、不愉快な想いをさせてしまったね。ごめんよ」


受け取ったオレンジジュースを眺めてから老人を見る。


「…………ありがとう」


「ほほ。構わんよ」


お礼を言うとダージリンはそそくさと歩き出した。


「気をつけてなあ〜!」


何を気をつけるのかと思って振り返ったが、また前を向いて歩みを進めた。

あまり意味のない質問だと判断したらしい。










今度は公園のベンチに座り、おごってもらった(?)オレンジジュースを飲む。


「おいしい………………酸味がほどよくアミノ酸が十分に溶け込んでいる」


オレンジジュースに評価する者など滅多にどころか、ほぼ間違いなく存在しない。

せいぜい開発者くらいじゃないだろうか。

ダージリンが何やら分析してると、眼下に小さな男の子がいた。どうやらオレンジジュースが欲しいらしい事はダージリンにもわかった。


「…………………やる」


まだ二口くらいしか飲んでないオレンジジュースを男の子にあげる。


「うわあ!ありがとう、お姉ちゃん!」


何となくそうすれば満足度を上げられる気がした。

そしてここにはもう用がないと思うや否や、またそそくさ歩き出した。

行き先はない。ただふらふらと歩くのが今日の彼女の課題のようだ。

どれくらい歩いただろう。気付けば正午を過ぎていた。


「お腹降った……………」


減ったと降ったのボケ突っ込む者は今日はいない。わざとボケてるような間違いだが、真相はダージリンしか知らない。

ジルがいなければ日常生活に支障があるのは事実。彼女のボケが故意だったとしても、結局はジルがいなければ単なるおバカで終わる。


「…………………迷った」


もうどこを歩っているのかわからなくなっていた。

迷い込んだのは……………なんとビル建設現場。この不景気で工事が中止になっているみたいだ。

剥き出しのコンクリートさえ、ダージリンの好奇心を刺激する。


「ク〜ン………」


か弱い鳴き声がした。


「…………………子犬」


抱え上げ頬ずりしてみる。

子犬の体温がダージリンには懐かしく感じる。そう………記憶の奥底。更に深いところに何か忘れてる気がした。


「ガーディアンも感慨に更けるのか?」


非常口の方から金髪の男と緑色の戦闘スーツを着た女が現れた。


「ガーディアンにだって心はあるわ。バカにしないで、トーマス」


「バカにしちゃいないさ。そう怒るなって」


トーマスとエメラだ。


「エメラ…………こんにちは」


「『こんにちは』じゃなくて『久しぶり』の方がこの場合しっくりくるんじゃないかしら?ダージリン」


「エメラ…………久しぶり」


「言い直さなくていいのよ」


軽くため息を吐く。ダージリンの性格を知っているからこそのため息だろう。


「なんだかヘンテコなガーディアンだな」


トーマスは『いかにも』造り物臭いダージリンに興味が湧く。


「彼女はダージリン。type−β(ベータ)よ」


「エメラはtype−θ(シータ)…………ユキはtype−α(アルファ)」


子犬がダージリンの顔をペロペロとなめ回す。


「欠陥品か?」


「そうじゃないけど…………弱いのよ、ここが」


そう言ってエメラは自分の頭を指でチョンチョンとつっついた。


「信じらんねーな………人造人間って人より優秀だと思ってたぜ………」


「………………………。」


エメラはトーマスの疑問には答えなかった。


「まただんまりかよ。都合が悪くなると黙る癖、やめろよな」


「私の役目はトーマス(あなた)をマスターブレーンまで導く事。疑問があるのならヒヒイロノカネを全て集めて直接マスターブレーンに聞きなさい」


「チッ………その口調なんとかなんねーのかよ。エラソーにしやがって」


「その言葉、そっくり返すわ」


「ケッ。ま、お前と言い争っても始まんねーし、目の前のガーディアンを倒してヒヒイロノカネを奪ってやるか。選定者がいない場合は反則になんねーんだろーな?」


「大丈夫。ダージリンは既に選定者と契約しているわ。ダージリンだけ倒しても問題はないわ」


エメラに確認を取って、コートのポケットからトランプを取り出す。


「行くぜ。エメラ、ディボルトだ!」


「了解」


トーマスの細胞にエメラが同化する。この瞬間からトーマスは能力を発揮出来る。


「……………危機一髪」


「それは危険を免れた時に使う言葉だよ!」


トーマスの手の平から、トランプが飛び出す。

ガーディアンの身体能力がいかに人間より優れていても、ディボルトした選定者の攻撃は侮れない。子犬を庇いながらも的確に回避していく。


「逃げても無駄だぞ!」


刃と化したトランプは、コンクリートさえも切り裂いて行く。


「ク〜〜ン…………」


「心配しなくていい……………私がいる」


妙な責任感が出て来たのか、子犬を宥める。

今出来る事はとにかく逃げる事。トーマスに立ち向かう武器は持ち合わせていない。ガーディアンは選定者のパーツに過ぎない。単体では身体能力が長けているだけで、戦闘には向いていないのが実情だ。


「バカが。屋上に逃げてどうする気だ?頭の悪いガーディアンだ」


追い詰めたと意気込むトーマスだったが、ダージリンとてガーディアン。頭が悪くては務まらない。


「ヒヒイロノカネ………貰ったあっ!!」


とどめを刺すべく投げたカード。ダージリンはぎりぎりでかわす。そして黄色と黒のシマ模様、通称トラロープを引っ張った。

ロープは鉄パイプの集合体にくくられており、常人であれば引っ張って解くなど不可能だが、ガーディアンの彼女には難しい事ではない。

鉄パイプは一気に崩れ、トーマスに襲い掛かる。


「ぬわっ!!!」


どっと汗が噴き出る。間一髪、鉄パイプの雪崩から逃れる事は出来たが、勢い余って派手に転び、左腕を打ち付けた。


「あの腐れガーディアンめ!」


転んだ拍子に手放したトランプがひらひらと舞落ちる。


「絶対ぶっ殺す!!」


再びポケットからトランプを取り出し、右手だけで器用に投げる。

行き場のないダージリンの身体を切り刻み、今度は間違いなく追い詰める。


「ちっくしょう…………イテーじゃねーか。ナメた真似してくれるな」


「ダージリンは何も舐めてない……………」


「だあああっ!いちいち話をこじらせるなっ!!もういいっ!覚悟しろ!これで終わりだっ!!」


とどめの一枚はジョーカー。

ダージリンの首目掛けて放つ。


「ク〜ン………」


「………………謝る」


目を反らし、子犬を抱きしめる腕に力が入る。

その時、銃声が轟きジョーカーが粉々になる。


「誰だっ!!」


「やってくれんじゃないのさ。私のガーディアンをいたぶった事、後悔させてやるわ」


トーマスの後ろに女がいる。


「ジル…………来ると思った」


「何やってんのよ!今日は休日だって言わなかった?ほんと疲れる子ね」


ジルがいた。


「ジル……?第2選定者ジル=アントワネットか………!」


リストを思い出す。


「トランプが武器とはね………キザっていうかなんていうか」


「お前こそ、グロッグ17なんて通だな」


「あ〜やだやだ。銃を見ると目を輝かせるはアメリカ人の悪い癖ね」


「モラルのないフランス人に言われたくないね」


国境を越えた皮肉の言い合いは………、


「見逃してあげるからおとなしく帰りなさい」


「なんだと?」


「その左腕、結構な怪我じゃない?早く医者に見てもらったら?日本にはいい医者がたくさんいるって聞くしさ」


銃はまだトーマスを向いている。軍配はどうやらジルに上がりそうだ。


「獲物目の前にして引き下がれるかよ!」


懲りずにカードを投げると、カードから炎が出る。


「ただカードを投げるだけだと思うな!」


鼻息荒くしても、手負いの狼にやられるほどジルは弱くない。


「マジックショーには興味がないのよ」


炎を纏ったカードはジルには当たらず終い。

ジルは引き金を引いた。


「ぐあっ………!!」


狙ったのは怪我をしているトーマスの左腕。外れず貫通する。

ディボルトが解け、エメラがトーマスの細胞より分離した。


「あらあら、あなたのガーディアンは賢いのね。状況判断が出来てるわ」


「なるほど。あなたもやはり文明の武器に頼るようね」


ジルとエメラは睨み合う寸前で同時に目を反らした。


「トーマス、あなたの負けよ。一旦帰りましょう」


「ふざけんな…………この前も引き返したんだぞ。そう何度も退却出来るかよ」


「下手なプライドは命取りになるのがわからないの?」


「お前さえディボルトを解かなければなんとかなる!」


逃げ帰るという事に納得が出来ないトーマスだが、負傷した箇所が痛くて脂汗までかく始末だ。エメラはトーマスの意志を尊重する気はさらさらない。


「いい加減にしなさい」


エメラの強気な口調に思わず尻込みし、不本意ながらも従う。


「くそっ!」


肩を貸そうとするエメラの手を振り払い、トーマスは一人先に去る。


「ジル=アントワネット、ガーディアンとのディボルトは使用武器の性能を上げる事じゃないわ。もっと潜在的な………」


「結構よ。そういう話はダージリンとするからさ」


何の思惑でエメラがジルにアドバイスをしたのかは知らないが、ジルにとってエメラは獲物。

借りを作る真似はしたくないのが本音だ。


「いいでしょう。それと、次会う時は手加減はしないでもらいたい」


ジルにトーマスを殺す気がなかった事などエメラにはお見通しだった。

それだけ告げてトーマスを追った。


「………………さて、ダージリン?」


「ジル…………ありがとう」


「ワン!」


ジルに礼を言うダージリンを真似てか、子犬もジルに向かって吠えた。


「ごまかさないの!全く…………罰として今日もフレンチよ!」


罰としてフランス料理が食べられるのなら、こんなに嬉しい罰はない。

しかしダージリンには酷なのだ。


「ダージリン、カレーが食べたい」


「どぅわ〜め(ダメ)!!我慢しなさい」


「……………わかった」


「ク〜ン…………」


子犬の相槌がうざい。


「ダージリン、まさかその犬連れて行きたいなんて言わないわよね?」


大切に抱えてる子犬を見て言う。


「一人ぼっち…………」


「そういう問題じゃなくて!ホテルに動物は連れて行けないの。諦めて」


説得するジルに反抗するように子犬を抱えたままじっとジルを見つめる。


「あのねぇ………………気持ちはわかるけど、無理なものは無理なのよ。言う事聞いて、あなた私のガーディアンでしょ」


そう言われてしまえば逆らう事は出来ない。でもなぜか頭と身体が連動しない。

子犬を放してしまえば、もう二度と会えない。それがダージリンを躊躇わせる。


「……………はぁ。わかったわ、連れて行きなさい」


「ジル……………」


「ただし、ホテルの中は無理だから、中庭とかに置いてもらえないか交渉して…………って、結局私がするんでしょうけど」


まるで幼い子供を見るような優しい眼差しをダージリンに向けた。


「さ、帰るわよ」


歩き出したジルに追い付くように少し駆け足をする。


「名前決めたの?」


ダージリンは黙って頷いて、


「ミルク」


「またありがちな名前をつけるのね」


ジルも動物は嫌いじゃない。小さければ小さいほど歓迎する。哺乳類に限るが。


「ジル…………」


「なあに?」


「………………優しい」


「フン。知らないわよ」


ジルが照れたのがわかった。

それを見て、無表情が売りのダージリンが微笑んだ。

どこにでもいる女の子の微笑みだった。


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