第七十四章 虎穴
「どうして如月君まで行かせたんですか?」
車の運転をしながら石田は隣の冴子に聞いた。
「彼が選定者だからよ」
冴子は流れる街並みを見つめ、世の中が演じる『普段』を憎くも思っていた。
石田の言いたい事はわかるし、冴子だって真音を戦場へ手放しで喜んだわけじゃない。二ノ宮はともかく、真音には荷が重いだろう。それでも行かせたのには理由がある。それは二ノ宮との約束で他言は出来ない。石田であっても。
「わかりません。あんなに組織を否定してたのに、今は組織のいいように動いてる」
「悪いかしら?」
「悪いですね」
「レジスタンスに眠れる獅子が正面から戦いを挑めばそれは戦争よ。でも彼らが行けば犠牲を払うのはレジスタンス。選定者とガーディアンがディボルトした強さはあなたが一番知ってるじゃない」
「ええ知ってます。銃弾ですらものともしない。ですが俺が心配なのは如月君が戦いを………殺し合いを経て精神を保っていられるかなんです。今は使命感に燃えていてまともでいられても、ある日突然、錯乱する事も考えられる。一人の少年の一生を狂わせてしまうかもしれないんですよ?」
冴子は答えなかった。無言の回答をどう受け取ればいいかわからなかったが、冴子は根っからの人情派だというのは知っている。何か思惑があるのだと信じたい。
「ここでいいわ」
停車を指示すると石田は速やかに路肩に停める。
「組織には行かないんですか?」
ここは眠れる獅子の本部ではなく繁華街。こんなところで降りる理由はないはず。まさか勤務中に買い物するわけでもないのだろうが。
「後から行くわ」
そう言って車を降りる。
ドアが閉まると石田はウインドウを開けた。
「じゃあ先に行ってますよ」
「石田君」
「はい」
「ありがとう」
「………………はぁ」
送り届けた礼にしてはやけに想いが篭っていたように感じた。
人込みに紛れて行く冴子。彼女の決意を、この時は見抜けなかった。
真音達は目の前の光景に唖然としていた。レジスタンスのアジトがある街。そこまで来れたはいいが、街には誰もいない。ネズミ一匹としていないのだ。
「二ノ宮さん…………」
真音は二ノ宮に説明を求めた。二ノ宮なら何かわかるはずだと。わからないまでも推測はしてくれるはず。
「街そのものがアジトってわけか。やってくれるな」
気味悪い事この上ない。二ノ宮は真音達を連れ街へ入る。
「どこかに潜んでるんでしょうか?」
真音は辺りを警戒しながら進む。また大勢で攻撃されると思っている。
「潜んでいる可能性は否定出来ないが、俺達にはそれほどの問題じゃないだろう」
「そうかもしれませんけど………」
真音の不安など二ノ宮には関係なかった。もう敵陣真っ只中にいるのだ、今更何を考えても始まらない。
「あそこだ」
二ノ宮は立ち止まり眼前にそびえ立つビルを見た。
どこにでもあるオフィスビル。ただ、ゴーストタウンと化した街よりもはるかに不気味さを漂わせていた。
「あれが………レジスタンスの………」
ユキも息を呑んだ。
「セイイチ……」
そしてロザリアは予定されていた気配を感じる。
「真音、どうやら予感的中だな」
二ノ宮はなぜか楽しそうな表情をする。
「やっぱり潜んでたんだ……」
真音が弓を手にする。
周囲にレジスタンスの兵士が現れた。ざっと見て二百から三百はいる。
「ディボルトだ、ロザリア」
「うん」
ロザリアは二ノ宮の身体に手を触れディボルトする。
「ユキ!」
「わかってる」
真音とユキも。
「真音、ここは俺が引き受ける。お前は隙を見て先へ行け」
「え?でも………」
「いいか真音、レジスタンスの親玉はビリアンとかいう四十の男だ。そいつさえ倒せばいい。まあ俺が先に見つければ俺が倒すが」
「一人で大丈夫ですか?」
「愚問だよ。10分あれば事足りる」
二ノ宮は青生生魂を抜き、まずは真音の行く道を作ってやった。
「すごい………」
真空波というやつだろう。こちらの様子を伺っていたレジスタンスを蹴散らし、建物すら切り裂いた。真音が呆気にとられるのも無理はない。
「行けっ!」
二ノ宮の声で我に返る。
「死なないで下さい!」
真音はそう告げると全速力で走った。
「バカが………俺が死ぬわけないだろう」
眼鏡をくいっと上げる。その瞬間、レジスタンスから一斉射撃が行われた。が、そんなものが通用するわけはなかった。
二ノ宮に向かって跳んだ無数の銃弾は、二ノ宮によってその運動をゼロにされる。
驚いた兵士達が、なお射撃を激しくするが結果は同じ。
「わかってないようだな。お前らは捨て駒にされたんだよ。もっとも、足止めにもならんがな」
哀れな捨て駒達に捧げる祈りはない。