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第六十八章 雨

夜。メロウは一人ホテルへいた。オリオンマンはジョギングに行っていていない。少しでも身体を鈍らせたくないらしい。

メロウは特に寝る時間でもないので本を読んで暇を潰していると、ノックをする音がした。


「…………誰よ」


いいところなのか、いらついた様子でソファーから立ち上がり、ドアを開ける。


「誰…………」


と、いきなり口に手を宛てがわれ部屋へ押し戻された。

メロウは手を振り払い、


「何すんのよ!」


怒鳴る。


「やっと見つけたよ………メロウ」


ロックンロールを気取る恰好。キャップにサングラスで顔を隠すその出で立ちはメビウス。

 メビウスはキャップとサングラスを外し素顔をメロウに見せた。


「あ、あなたは!?い、いえ、この気配は……………博士!!」


メロウはメビウスの素顔を見て一瞬躊躇ったように思えたが、確かに『博士』と言い直した。

一気に震えが来る。復讐の相手が目の前にいる。


「最近は忙しくてね、今日もフランスから戻ったばかりなんだ」


図々しくもメロウの座っていたソファーに腰を下ろし、テーブルに置いてあった本を手に取る。


「『罪と罰』か。ありきたりだが、実に面白い本だ。僕も好きなんだよ」


パラパラと読むわけでもなくただめくる。

メロウはというと、メビウスから距離を取る事すら出来ないくらい怯えている。


「オリオンマンは留守かい?」


言葉すら返せない。決して情けないわけではない。これが本当の恐怖。メロウに植え付けられたダメージだ。


「メロウ、無視はするなと教えたはずだよ?」


ギロリとメビウスの瞳が動いてメロウを睨む。


「フッ、まあいい。僕の顔を見て驚いたんだろう?クク……久々の再会だ、じっくり見てくれてかまわない」


「どういう………事……?なぜあなたから博士の気配がするの?」


ようやく発した言葉さえ震えている。


「さあ………なぜだろうね」


メビウスは『罪と罰』を手にしたまま立ち上がり、メロウに問う。


「君は自分が選ばれた唯一無二の非凡人であると思うかい?」


「べ………別に………」


次第に思い出す。『博士』という男を。こういう真意の見えない質問をよくするのだ。


「強欲な老婆を殺害した主人公は、瞬間、きっと満足だったのだ。それが正義だと信じたからだ。しかし、老婆の妹に見られ口封じに彼女まで殺す。その瞬間には罪の意識が生まれてしまう。やがて自首をするのだが…………僕には納得出来ない終わり方なんだ。だってそうだろう?主人公は最後まで胸を張るべきだった。これでは最初の非凡人という定義が意味を成さない。そうは思わないか?……………とは言っても読みかけでは感想は言えないか」


しおりを引っこ抜き床に落とす。


「世界には非凡人はごく僅か。だからいつも理解されない。僕も幾度となく苦しんだ。だから必死でガーディアン・ガールの研究をしたんだ」


『罪と罰』をメロウに渡す。メロウがしっかり受け取ったのを確認してから手を離した。


「何をしに………来たの」


一向に目的を見せない『博士』に、二乗して恐怖が増す。


「これはすまない。勝手に上がり込んで一人話とは礼儀になってないな」


悪びれてもないくせに………そう思うのだが、メロウにある記憶がそれを言わせない。


「君は………ほぼ記憶が残っているようだね。暴走する様子がないから疑わなかったが………してやられたよ」


途端に腕が伸びメロウの首を強く掴んだ。


「あ………うっ…………」


「そういえばマフィアの娘だったな。やはりそこらの女性とは血が違う。根性がある。褒めてあげよう」


「うぐっ…………」


メビウスの右手、メロウの首を締めてる腕の筋肉が浮き彫りになる。『罪と罰』が床に落ちた。


「は………離して…………」


「ハッハッハ。離すわけないだろ。僕は君を殺す為に来たんだ。ただ残念だったな、記憶が残ったばっかりに力を解放出来なかったみたいじゃないか。まあ、青薔薇ほどの力があっても僕には勝てないだろうけど」


そう言うと、メビウスの瞳がプリズムに輝く。


「………ヒ……ヒヒイロ………ノカネ……!」


「随分犠牲は出たが、おかげでヒヒイロノカネを扱うのに苦労しなくて済むようになった」


「さ………最悪………な男……ぐっ!」


首を締める力が強くなった。


「口の聞き方には気をつけるんだな」


片手でメロウを持ち上げ、窓際まで『運ぶ』。そして窓を開ける。下に落とす気だ。


「人以上の力があるのに単体では何も出来なくしたのはこういう時の為なんだよ」


地上三十メートルはあるだろう。落ちれば間違いなく死ぬ。


(オリオンマン…………助けて……)


メロウの心の叫びも虚しく、


「お別れだ、メロウ。僕に『罪と罰』は必要ない」


メビウスは腕の力を抜いた。メロウの身体は重力には逆らえず、地上に落下した。

生死を確かめる必要はない。メビウスにはメロウが地面に落ちた音が聞こえた。

そして、冬だと言うのにまた雨が降り出す。強い雨。


「この国では、悲しい夜には雨が降る」


天が泣いているのなら、それは復讐すべき相手を前に、何も出来なかったメロウを想っての事なのだろう。


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