第六十六章 心、征圧するもの
ガーネイアに連れて来られた場所は、これまた『超』がつく高級ホテル。ジルが宿泊していたホテルもそうだったが、そんな超高級ホテルのロビーに入る時は多少の覚悟を要する。
真音の緊張感など知ってか知らぬか、ガーネイアはエレベーターに乗り込む。
「ガーネイア!」
扉が閉まる寸前に真音も乗り込んで胸を撫で下ろす。
「リーは一番上にいるんよ」
マイペースと言うかなんと言うか、頼むだけ頼んで後は勝手に着いて来るだろうという考え………まあ見たところ幼いのは一目瞭然、真音は文句すら言えない。
エレベーターの表示階数は27。一番上にいるらしいが、おそらくそこはスイートルームのある階。別のルートでなければ辿り着けないはず。スイートに泊まっているのなら27階ではなく、28階に行かなければならないと思うのだが………上からガーネイアの背中を眺める。
真音が李の説得に応じた事がよほど嬉しいのか、泣きついて来た影は微塵も見えず鼻歌さえ唄っている。そんな姿を見ると、何も言わずに黙ってる方が優しさなのかと思う。
エレベーターは順調に進み、27階を示した。
「こっち!」
扉が開くと翔けっこするようにすたすた走って行く。
「なんつー体力だ」
ユキに走らされ、ホテルまでもガーネイアに走らされ、まだ走らされる。勘弁願いたい。
抜け落ちそうな足に気合いを入れガーネイアを追う。
「リー!ガーネイアだよ!」
どうやらスイートではなかったらしく、あっさりと目的を達成した。エレベーターを降りてせいぜい十メートル程度。走る距離が短くて済んだのはラッキーと思っていいのだろうか。
「リー!」
オートロック式のドアノブをガチャガチャといじる。
(李奨劉…………)
やたらと敵対心を抱いていた。同じ選定者としてわかりあえると信じてはいるが、ジルやトーマスと違って刺々しい印象があるだけに妙な緊張感はある。
ガーネイアは今度はドンドンとドアを叩く。これだけ応答がないという事は、留守かもしくは寝てるか。と思ったが、とうとうドアが開く。
「うるさいぞ、ガーネイア……………………」
どうやらシャワーを浴びていたようで、タオル一枚を腰に巻いて現れた。だがその視線は、ガーネイアより先に真音を見つける。
「や、やあ……」
儀礼にはなるだろうが、ぎこちない笑顔で李に挨拶した。
「貴様………如月真音!」
李は、今の姿とは不釣り合いにも関わらずファイティングポーズをとる。
「何しに来やがった!!」
鋭い目つきで真音を睨む。鈍感な真音にもその殺気が感じ取れた。
「わわわわ、ま、待った待った!」
敵意のない事を必死に伝える。
それを援護するようにガーネイアも、
「違うのぉ〜!真音はリーにお話があって来たのぉ〜!」
「そ、そう話があるんだ!」
李の上半身を見れば力では勝てないのは明白。真音は戦いを回避すべく無意味な手振り身振りを始めた。
何かを疑うようにまだ睨んではいるが、
「入れよ。ビリアンに見つかるとうるさいからな」
なんとか部屋に入るのを許可された。
広々とした室内は、若い少年少女が寝泊まりするには不自然な光景だった。
「着替えて来る」
李はぶっきらぼうに言うと、寝室の方へ行った。
「まさか罠じゃないよな?」
真音は念のためにガーネイアに聞くが、これが罠なら罠だとは言わないだろう。
「違うよぉ」
口を尖らせて否定したが、よく考えれば敵陣に丸腰でやって来たのだ、真音の不安はもっともだ。
スイートじゃないにしてもやたらと豪華な室内。一泊の値段は庶民には手は出ないだろう。
椅子に腰を下ろし、李を待つ。その間、ガーネイアがせっせとポットからお湯を注いでいる。飲み物でも入れてくれてるみたいだ。その小さなお手伝いさんは、背伸びしながらトレイを取ったりと、実に愛らしい。
「これどーぞぉ。お客様にはお茶を出すんよ」
とガーネイアは言うが、それはごく一般的に普通であって偉ぶる事でもないのだが、本人にはたいした事であり、真音をそれだけ丁重にもてなしたいという気持ちの表れ。歓迎はしている。
「ありがとう」
真音は早速お茶を口にしたが、熱さもさながら、苦い。どんだけ茶葉を入れたんだとツッコミたくなるのを抑え、無理に笑顔を作って見せた。
ガーネイアは満足してちょこんと真音の向かいに座る。
同時に、バスルームのドアが開き李が出て来た。
「待たせたな」
ちょっと意外だった。話を聞く気はあるようだからだ。
「で、話ってなんだ?手短に頼む。他の選定者と接触するのは禁じられているからな。見つかったら面倒だ」
バスタオルを首に巻き、ガーネイアの脇に座る。リオとかいうガーディアンの戦いで怪我をしているようだが、至って普通に見える。でなければ気力で耐えているのだろう。李ならやってのけるはず。刺々しい雰囲気ながらも、穏やかにすましているのは痛みに耐えるので精一杯だからか。
とりあえず真音は、何をどう切り出せばいいか迷ったが、
「なら単刀直入に言う。なんでレジスタンスなんかに手を貸してるんだ?」
回りくどい言い方よりストレートに聞いた。
「何を今更」
「リオとかいうガーディアンとやり合って体中の骨にひびが入ってるんだろ?」
真音に言われ、李はガーネイアを睨む。
「ガーネイア、言ったのか?」
「だってぇ…………リーを見てるんはつらいんよ」
「コイツは敵だぞ!何考えてるんだっ!」
怒鳴る李に怯えるガーネイアを見て、真音は李を止める。
「やめろよ!ガーネイアは君を心配して………」
「心配?俺を心配する必要なんてない!」
その言葉にガーネイアは悲しい顔を覗かせた。それが真音の胸を突く。
「そんな言い方ないだろ!ガーネイアは君の身体が戦いに耐えられない事を知ってるんだ!だから俺に君を説得するように頼んで来たんじゃないか!」
「敵に心配されるくらいなら死んだ方がマシだ」
ツンとした李の態度に自分でもわからないが、キレた。
李のタンクトップの胸倉を掴み、
「いい加減にしろよ。ガーネイアは君のパートナーだろ」
「フン、だったらどうした」
「だったらもっと大切にしろよ。彼女の気持ちを踏みにじるな」
「人造人間の気持ちなんて所詮プログラムかなんかだろ、踏みにじるも何もないな」
真音の手を振りほどく。でも真音も怯まない。事実を知ったから。
「李、ガーディアンは人造人間なんかじゃない」
「人造人間じゃない?ハッ、じゃあなんなんだ?」
「ガーディアンは…………」
言いかけた真音をガーネイアが止める。
「い、いいんよ!ガーネイアは人造人間じゃないけど、ロボットでもないんよぉ……」
なんだかわからない言い訳をしてはぐらかす。だがそれが余計にいじらしい。
「訳のわからん事を……」
李は顔を背けた。真音はどうすべきか悩んだが、ガーネイアの気持ちを尊重して切り口を代える。
「なあ、レジスタンスを辞めて俺達と一緒に戦わないか?」
「………お前らと?」
「ああ。ジルとトーマスもいる。間接的だけど第6選定者の二ノ宮さんも。第5選定者のオリオンマンとかいう奴はまだ敵対してるけど…………とにかく、レジスタンスは危険な組織だ、俺達はレジスタンスを倒してマスターブレーンを破壊するつもりなんだ。少しでも強い奴の力が欲しいし、君が怪我をしてるなら前線に出なくてもいいから。君は戦いに長けてるから、いろいろアドバイスも出来るだろう?」
「アドバイスだ?ふざけるな。そんなポジションに興味はない」
「でもその身体じゃどっちみち戦いは無理だ。戦いから身を引けないのなら、俺達に戦いの指導をしてくれないか」
「無理かどうかは俺が決める。大体…………」
李は唇を噛み締め、
「大体、もう手遅れだ。俺は戦う事でしか価値がない人間なんだからな」
深い事情はありそうだったが、聞いたところで答えないだろう。
「…………李、頼むから考えてくれよ」
「なんでお前がそこまで必死なんだ」
「選定者はみんな望んで戦ってるわけじゃない。ジルもトーマスも………みんな巻き込まれただけなんだ。君だってそうだろ?本当は戦いなんて………」
「それ以上は言うな。俺達は敵同士。馴れ合う気はない」
李は俯き何かを考えてから、
「帰ってくれ」
そう真音に言った。
「……………わかった」
真音はすぐに立ち上がり帰ろうとする。そして一度だけ立ち止まり、
「気が変わったらここに連絡くれ。いつでも歓迎するから」
自分の携帯番号とメールアドレスを、部屋に備え付けの電話の脇のメモ帳に書いた。
「ガーネイア、ごめんな」
ガーネイアにも李を説得出来なかった事を詫びて部屋を出て行った。
李とガーネイアはしばらく何もせず、ただ沈黙の中にいた。やがて李が窓際に立ちガーネイアを呼ぶ。
「ガーネイア」
ガーネイアはまた怒られるのかとびくびくしたが、
「真音…………いい奴だよな」
李の言葉は珍しく優しかった。
「うん」
「同じ国に生まれてたなら、友達になれてたと思うか……?」
そして表情は淋し気だった。
「なれたよ。リーなら………誰とでも友達になれるんよ」
「そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ」
「リー…………」
「でも戦うしかないんだ。俺の生きる道には、屍しか生まれない」
頑ななまでに戦う道を歩もうとする。ならばガーネイアの気持ちはひとつ。
「リーがしたいようにしていいんよ。ガーネイアはもう何も言わないん。リーに着いて行くだけ………」
李が戦いに狂った人間じゃない事はガーネイアが一番よく知っている。悪い人間じゃないからこそ、助けてやりたいと思う。
例えそれが幼さ故の過ちだとしても、二人がそれに気付くはずもない。
もっと違った形で出会えてなら…………この世では、選ばれた出会いだけが描かれる。