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第六章 眠れる獅子

ユキが真音に選定の儀について事細かに説明した以上に、真音は美紀に自分の置かれている状況を説明した。

初めは半信半疑だった美紀も、あまりに必死に論説する真音を見て違和感を感じながらも信じる事にした。


「まだすっきりとはしないけど………」


「仕方ないって。俺だってまだ全てを受け入れてるわけじゃないから」


放課後の部室で二人は話していた。


「そういえば俺になんか話あったんだろ?」


「あっ……そうだ!」


真音の忙しさを半分くらい引き受けた気分になっていて、話があるのを忘れてた。


「実は、部長が弓道部を辞めるみたいなの。理由はわかんないんだけど………」


三年生が夏の大会で引退し、事実上の部長は真音達と同じ二年生が担っている。

これから来年の夏が終わるまで部員を引っ張って行かなければならないリーダーが、突然なぜ辞めるのか?二年生は後、真音と美紀しかいない。二人にとっては大問題だ。


「なんでもっと早く言わなかったんだよ」


「言おうとしたら用があるって帰ったんじゃない!あの女と何かしてたんでしょ!」


「な、なんで赤木が怒るんだよ?」


「どーせ鼻の下でも伸ばしてたんでしょーけど!」


「ユキとは別に何も………」


言いかけてファーストキスを奪われた事を思い出し赤くなる。

結果は悪循環。「大嫌いっ!」と、美紀に突き飛ばされロッカーにぶつかった。

当の彼女は、そのまま部室を出て行ってしまった。


「なんなんだよ………」


これもまた青春………そう思えるまではまだ先。










美紀に聞いた話の真実が知りたくて弓道部部長の家まで来ていた。

そこそこ値は張りそうなマンションで、最上階の十五階までのエレベーターは快感を覚えてしまうほどスムーズだった。


「如月………?」


エレベーターを降りると、そこには弓道部部長がいた。


「部長!」


「その呼び方はやめてくれ。赤木から聞いたんだろう?もう私は弓道部の部長ではない」


長い髪の似合う大人びた少女だ。


「弓道部を辞めるって………本当なのか?」


「ああ。本当だよ」


男子のように振る舞うのは彼女いわく生れつきらしい。


「どうして……!三年生から受け継いだばかりじゃないか!」


「そうなんだが…………まあ、こんなところではなんだから、うちに上がって行ってくれ。お茶くらいは出すよ」


そう言うと、真音を自宅へと案内する。

十五階から眺める街は、冬が近いせいか薄暗くなっている。まだ夕暮れを惜しむ時間だというのに。


「誰もいないから遠慮はいらない。さあ、上がってくれ」


言われるがまま上がってはみたものの、部長が辞めなければいけない理由を知る事になった。


「部長……これは……?」


山積みにされたダンボール。おそらく今週中には出されるだろうゴミ袋。飾り気のない部屋。

この家を必要としていないのがよくわかる。


「引っ越すんだ」


「引っ越すって………すぐに?」


「まあ………ね」


淋しそうな表情をしながら、まだ必要とされてる電気ポットから急須にお湯を注ぐ。

慣れた手つきに、頻繁に来客があるような雰囲気がある。


「どうぞ、粗茶ですが」


「ありがとう」


「………なあ如月、話の続きなんだが君が弓道部を引っ張って行ってくれよ」


一口お茶を含んだところで本題を振ってくる辺り、キレ者の片鱗だろう。


「無理だよ、俺は部長ほど頭もよくないしリーダーの才能なんてこれっぽっちもないよ」


「そんな事ない。君には十分に素質がある。私よりもずっとね」


根拠がある言い方だが、真音にはお世辞にしか聞こえない。


「とにかく、二年生は君と赤木しかいないんだ。でも一年生は八人もいる。迷ってる暇はないだろ」


「そうかもしんないけどさぁ………荷が重いよ」


ただでさえいかがわしいイベントに巻き込まれてるのだ、耳を塞ぐ事で通り過ぎて行くのならそうしたいくらいだ。


「大丈夫。男じゃないか!しっかりしろって。しっかりしないと赤木に逃げられるぞ?」


悪巧みをするようなスマイルでにやつく。


「はあ?なんだよそれ」


重圧に耐えるだけで精一杯の真音には、笑えない冗談だった。

それから二人は入学してからの事だとか、部活での思い出に浸りながら語り合った。

つらい時も楽しい時も一緒にいた仲間なのだ。遠く離れても思い出は共有出来る。

時計を見て長居した事に気付き、真音は帰る準備をする。と言っても、ダッフルコートを羽織って鞄を携えるだけだが。


「最後に君と話せてよかったよ、如月」


「俺もだよ。部長がいなくなると淋しいけど、赤木と頑張ってみる」


「だからもう部長じゃないって」


部長が手を差し出す。別れの挨拶だ。


「そういえば、どこに引っ越すんだ?」


肝心な事を聞き忘れていた。


「遠くさ」


言いたくないような答え方を察して、真音は差し出された手を握り返すと、さよならを告げエレベーターへ乗り込んだ。


「また会えるよな?」


「もちろんだ」


エレベーターのドアが閉まり、下へと真音を運ぶ。


「また会えるさ…………如月」


含むように少女は笑った。










「あーもしもし、石田です。今、如月真音17歳、高校生が一人でマンションから出て来るところを確認しました」


車の中から真音の姿を追う。

携帯電話を耳に当て、石田はシフトをローに入れた。


『間違いない?』


女の声が慎重に行けと言わんばかりの釘を刺す。


「間違いないですね。接触しますけど構わないですか?」


『構わないわ。ただし、不審に思われないで。疑われたら終わり、やっと見つけた選定者なんだから。我々眠れる獅子の目的が台なしにならないように』


不審に思うなという方が無理じゃないのか、と言いたいところだが、携帯電話の向こうの上司には逆らえない。


「了ー解」


携帯電話の通話ボタンを切り、ゆっくりクラッチを繋ぐ。


「眠れる獅子ねぇ………眠ってちゃ獅子も威厳が無いだろうに。誰がネーミングしたんだ?」


石田は愚痴りながら任務についた。


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