第六十五章 今だけは
偶然か必然かは後々思い返した時に決まるもの。その時は偶然にしか思えないものだ。
真音とユキは、つかの間の休息を楽しむ為、街へと繰り出していた。
「ねぇねぇ真音、このキーホルダーカワイイ!欲しい欲しい!」
ガーディアンスーツではなく、今日は黒いブーツに赤いスカート、白いセーターに白いダウン。目立つには目立つ格好だが、始めて見るユキの私服姿に、真音はたじたじだった。
「そ、それはUFOキャッチャーだから」
オリジナル商品だろうか、見た事のないキャラクターのキーホルダーが山積みになってる。
それも悪そうなツラの天使の小さい縫いぐるみだ。ちょっとだけユキの趣味を疑ってしまう。
「UFOキャッチャーってなあに?」
今日のユキは上機嫌だ。私服だからだろうか?そもそも、どこから金を調達して買ったのか聞きたいところだ。でもこの笑顔には勝てない。惚れた弱みか………悲しき男の性よ。
「UFOキャッチャーってのはな……」
コインを入れて実演しながら説明する。取れそうで取れないメーカーの思惑を。
ユキは「へぇ〜」とか「ほぉ〜」とか言って感心してる。
「私にやらせて!」
真音からコインを奪うと、クレーンの位置を定める戦いを始める。呆気に取られた真音だったが、遊びに夢中なユキの横顔に見惚れていた。
戦いが終わったら………選定者として、ガーディアン・ガールとしての鎖を断ち切れる日が来たら、こんな風に毎日楽しく暮らせるだろうか。
ジルとトーマスが戻って来たら本当の戦いが始まる。その為に石田もレジスタンスのアジトを探している。
−生きて帰って来れるだろうか?−
ここのところ、毎夜そんな事を思って眠れない。レジスタンスを壊滅し、マスターブレーンを破壊した時、どうか誰も欠ける事なく笑顔を見せて欲しい。
真音は不安と責任感を大切に温めていた。自分を見失わないように。
「やった−−−−−っ!!」
いきなりユキが叫んだ。
「どわっ!なんだよいきなり?」
ユキはしゃがみ、ごそごそ何やらやって立ち上がると、
「見て見て!ほらあ!」
無邪気にツラの悪い天使のキーホルダーを真音に見せびらかす。
「なんだよ、びっくりさせんなよ」
「あ〜っ!何その言い方!もういいっ!」
ぷいっと横を向く。ついさっきまで見ていた横顔とはまるで違う。ふて腐れる。でもその横顔も、やっぱり愛しい。
「ご、ごめんって!」
「真音なんて知らない!」
「ユキ!待てって!」
「い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っだ!!」
しかめっつらをしたと思ったら、おもいっきり走り出した。
「ちょ……ユキ!」
慌てて追いかける。
向かい風をものともせずユキは人込みの中を華麗に擦り抜けて行く。
真音は見失わないように必死で追いかける。すれ違う人並みが、登録されてないチャンネルの砂嵐のようにうざい。
それでもぶつからないようにフットワークを駆使してユキの背中を目指す。
体育祭のマラソンの時くらい走ったかもしれない。とにかく走った。脚力には自信があったが、ユキの脚力には脱帽した。
街を抜け、川沿いにある公園に来た。
「ハァ……ハァ……い、一体……何キロ走らせるんだよ」
川を眺められるように設置されたベンチに、真音はへたれ込む。
「だらし無いの。そんなんでレジスタンス倒すなんてよく言えたわね」
息に乱れがない。見事な体力だ。
「ねぇ真音………」
「あん?」
ユキは川の緩やかな流れを眺めながら話す。
「私達………どうなるのかな?」
「………どうしたんだよ、急にナーバスになって」
「最近ね………夢を見るの」
「夢?どんな?」
「空も地面もない真っ暗な空間を、私一人で走ってるの。どんなに走ってもどこにも辿り着けなくて………エメラ達の名前を呼んでも誰もいない。真音も。最後には力尽きて………一人ぼっちで泣いてるの、私。そこでいつも目が覚めるんだ」
「ユキ……………」
不安なのはユキも同じだった。
手摺りを掴むユキの手が震えている。
真音はユキの背中に手を掛けて、
「大丈夫だよ。俺がついてる。俺はどこにも行かないよ。ずっとユキの傍にいるから………ずっと」
「真音…………」
細いユキの身体を抱きしめた。
「これから先、何があっても俺がユキを守る」
「弓は殺し合う道具じゃないんでしょ?」
「初めはそう思ったけど………もう遅いさ。研究所での戦いで派手に使ったしな」
「ごめん………私のせいだね」
時折、ユキはやけに弱くなる。勝ち気な性格も不安には勝てないようだ。
「ユキを守る為だ、つまらないプライドは捨てれるよ」
「真音、前に私が言った事覚えてる?」
「前に?」
「…………死にたくないって」
まだ会って間もない頃だ。選定者としての責務を果たすように詰め寄るユキと喧嘩をした日。あの日ユキは真音に言った。
−真音………私は死にたくない−
と。
「そういえば言ってたね」
「本当はたまに怖いんだ、戦うのが。でも………」
「でも?」
「いつの間にか、頼りなかった真音が私に勇気をくれるの。死にたくないって気持ちは今もあるけど、真音とならどんな不安も乗り越えて行ける気がする」
「俺だって…………世界の為とかなんとか理由はつけてるけど、ユキがいてくれてるから戦えるんだ」
振り向くユキと目が合う。二人の鼓動が激しく高鳴る。荒々しいほどに。
「ユ、ユキ…………」
「好きよ………真音」
張り裂ける想いに酔いしれながら、二人の唇がゆっくり接近する。
「ユキ!」
二人共ビクッとした。ユキを呼ぶ声。真音じゃない。
「ユキ〜〜〜〜〜!!」
トコトコ駆けて来てユキに飛び込む少女がいた。
「ガ、ガーネイア!?」
それは李奨劉のガーディアン、ガーネイアだった。
「どうしたの?」
一目で『普通』でないとわかる。ガーネイアは目を潤ませながらユキに言う。
「ユキぃ……ガーディアンは人間なのぉ……………思い出したのぉ………毎日毎日注射を打たれて………そいでそいでね、背中もいっぱい注射されたのぉ………」
何を言ってるのかわからないが、聞き捨てならない事を言った。ガーディアンは人間だと。
真音はガーネイアの視線まで腰を下ろし、
「なあ、今ガーディアンは人間だって言ったか?」
ガーネイアはこくんと頷いた。
「ガーネイアも〜、ユキも〜、エメラも〜、ダージリンも〜、メロウも〜、ロザリアも〜、みんなみ〜〜〜んな人間〜。思い出したんだ」
真音は思わずユキの顔を見る。ユキは驚いているのか、ただじっとガーネイアを見ていたが、やがて、
「それ…………誰に聞いたの?」
「メロウから………意地悪メロウが言ったんよ……」
「メロウ……が?」
思い詰めるようにもとれる眼差しをした。
真音にはその意味まではわからないも、忘れていたメモリー……記憶を思い出しつつあるのかと勝手に解釈していた。
だとしても、ガーネイアが今言った事は人体実験をされていたという事。それを聞いてユキがショックを受けないわけがないだろう。
「ユキ………」
真音が手を差し延べようとした時、
「ゴメン、真音」
二、三歩後ろに下がると、急にどこかへ行ってしまった。
またかと、追いかけようとすると、ガーネイアに服を引っ張られてしまいよろけてしまった。
「な、なんだよ?」
「もう一個お話があるんよ」
正直、ガーネイアよりユキが気掛かりなのだが、ほっとけないような空気に負けてしまう。
「しょうがないな………早く済ませてくれよ」
ガーネイアは小さく頷く。
「あんな、リーを助けて欲しいんよ」
「リー?李奨劉の事か?」
ガーネイアはまた小さく頷いて、
「リーはビリアンに利用されてるん。リオとの戦いで体中の骨が悲鳴をあげてるのにぃ〜……それでも戦わないとは言わないん」
李が怪我をしている事の他は、何を言ってるのかさっぱりだ。
「ちょっと待て、その……ビリアンとリオって誰なんだ?」
「ビリアンはレジスタンスのお偉いさん、リオは多分……………ガーディアン」
「ガーディアン!?まだ他にガーディアンがいるのか?確か六人しかいないはずじゃ」
今度はブンブンと首を振り、
「リオはぁ………え〜っとぉ………………」
何かを必死に思い出す事と数十秒、
「アオバラ!ビリアンがそう言ってた!」
深刻な表情が一転、ひらめきの笑顔になった。
「青………薔薇………?」
「うん。ヘンテコな名前なんよ。海に落ちたけど、ビリアンが言うには逃げたんだって」
ヘンテコ?違う。そんなんじゃない。その名前、真音の中ではなぜか身震いさえする名前だ。どんな状況があったのかは想像出来ないが、黙って済ませる事など到底無理な話。
百年前に存在したガーディアン。真音の知るガーディアンは選定者とディボルトし、選定者に力を与える存在。でも青薔薇は別。青薔薇はディボルトする事もなく力を発揮出来ると記されていた。興味はあったが、まさか生きていたとは。
「そいでなぁ、リーは痛いの我慢してんの。だから、リーに戦わないよーに言って欲しいんよ」
要するに、このままだと李は真音達と戦う事になる。だから戦わずに済むよう便宜を計るか、李を説得して欲しいと頼んでいるのだ。
ガーネイアの言いたい事はよく理解出来た。
「説得しろって言ってるんだな?李を」
「リーが死んじゃうのは嫌なん………」
か細いガーネイアの身体が震えている。
「……………わかった。俺が説得してみるよ」
「ほんとなん!?」
「ああ」
真音の言葉にガーネイアは元気を取り戻した。
「よかったぁ〜。そいじゃ早速行こうよ〜」
「え?」
「こっち………いや、こっち!」
李の中にあるナノビートの信号を探って行く先を定める。
ガーネイアは真音の手を取り走り出す。
「おい………今かよ!」
どこかに行ったユキの事も気になるが、なにより青薔薇だ。事実なら早く石田に報せなければ…………と思うのだが、今はガーネイアに従うしかなさそうだ。
(青薔薇が………生きてる)
青薔薇………それは死神の代名詞。