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第六十四章 白鳥の歌

アントワネット一族がガーディアンの研究に加担してただけでなく、研究から得た人体の実験データを利用して成長したのは間違いない。

どぶねずみはアントワネット一族の基礎が銃兵器製造だと言っていたが、それは昔の話で今日では医療やIT産業が中心だ。

そうやって得た技術でマスターブレーンを開発したとしても不思議ではない。そしてそのマスターブレーンは、あの地図には無い孤島にあるという。

ジルはこの事実を石田に伝える為に、ダージリンが体調を戻した時点で日本へ戻る決心をした。どぶねずみのようなああいう輩は大金が目当て。持って来るネタはまず真実だ。

人が羨むような赤い高級スポーツカーをかっ飛ばして、屋敷の前に荒々しく停める。ガルウイングのドアを『上げ』、門を開けてもらう為インターホンを押す。車に乗ったままでも押せる位置にあるのだが、今回のスポーツカーは車高が低すぎてウインドウを下げただけでは届かない。


「……………おかしいわね?」


誰も出ない。常時人がいる屋敷で、どんなに忙しくても必ず客人対応は可能にしている。

ジルはもう一度インターホンを押す。


「……………?」


やっぱり応答がない。我慢出来ずこちらからアプローチする。


「ちょっと………じゃない………ただ今帰りました。門を開けてもらえる?」


声のトーンを1オクターブ上げる。

だが返答はない。よくよく伺えば、やけに静かだ。

ジルに不安がよぎる。


「………何?この言い知れぬ不安は」


中へ入りたくても塀は高くて登れない。目に止まったのは高級スポーツカー。

ジルは車に乗り込むと、勢いよくバックする。


「ダージリン………」


ダージリンの顔が浮かび、妙に不安が増した。

ギアをローに入れアクセルを吹かす。回転が7000を超えた辺りで一気にクラッチを繋ぐ。

白煙が舞いホイールスピンを始める。持ってるパワーが路面に伝わり、門に向かって一直線。アクション映画さながらの突撃で門を弾き飛ばした。


「ふぅ……」


アルミボディのスポーツカーはフレーム修正を必要するくらいフロントがイッてしまった。

かと言って不安が無くなったわけではなく、屋敷の玄関まで乗りつけた。

重いガルウイングを油圧の力を借りてまた上げる。

降りて玄関の扉を半ば暴力的に開けるとそこは…………


「な………何よ……これ……」


西洋の鎧の置物は倒れ、飾ってあるべき絵画は落ち、壁には凄まじい引っ掻き傷がある。

凄惨。使用人も何人か倒れている。慌てて近付くも、素早く後ずさる。


「死んでる………?」


とても目を当てられる殺され方ではない。

周りの使用人も同様に、まともな死に方ではない。

不安は的中。心臓が激しく鳴る。


「ダージリン!」


我に返り二階を見上げ、一目散にダージリンの寝ている部屋へ走る。

部屋まで行く途中、やはり使用人が死んでいた。窓ガラスは割れ、もはや廃墟に等しい。


「ダー………ジリン……?」


部屋に入りまず目に映ったのはフリオの無惨な姿。


「フリオ!」


脈をとると微弱な反応があった。かろうじてまだ生きてる。


「大丈夫!?しっかりしてフリオ!」


「うう………お……お嬢様………」


「一体何があったのよ?」


「………ダージリン様が……」


「ダージリンがどうかしたの?」


「ダージリン……様が突然暴れ狂いまして………」


「ダージリンが……?」


「おそらくはメビウスに……旦那様も………奥様も………」


「メビウスって………誰………まさかあの若い医者の事?」


「も……申し訳ありません………嘘をついて……ました……か………彼は………医者ではないのです………彼は………うっ!」


「フリオ!!」


吐血し、呆気なく生を終える。

泣く暇などない。一刻も早く捜さねばならない………ダージリンを。

ジルは部屋を飛び出し、ダージリンを捜す。


「どこにいるの!出て来なさいダージリン!!」


不思議と怒りはなかった。ダージリンが暴走してるのは彼女の意志ではないと知ったから。

メビウスが何者なのか…………そんな事は今はどうでもいい。なぜなら詮索せずとも正体はわかったからだ。ダージリンに何をしたかはわからないが、ガーディアンを暴走させる事が出来るのはこの世にたった一人。

土産話になるだろうが、代償は痛い。

いろいろ考えながら、広い屋敷を回り中庭へ出る。


「ダージリン!!」


噴水の上にダージリンはいた。顔に返り血を浴びて。その手には無惨な姿のミルクがある。


「ジル=アントワネット…………」


ジルをフルネームで呼ぶ。いつものダージリンじゃない。瞳は虚ろで、焦点が定まってるようには見えなかった。


「ダージリン………なんでこんな事を………ミルクまで殺すなんて………」


メビウスとかいう奴の仕業だとはわかっていても、どうしても聞いてしまう。


「ミルクは私が殺ったんじゃない……………」


ジルを見下ろすダージリンから凍てつくほどの熱を感じる。

五分と浴びるに耐え難い。


「何をされたの………メビウスって奴に」


「メビウス?知らない…………そんな奴」


「知らない事ないでしょーよ?あんたを治療に来た医者よ!」


ダージリンは何かを思い出すような仕草を見せたが、


「……………知らない」


どうやら記憶を操作されたらしい。厄介だと、舌打ちをする。


「じゃあみんなを殺したのは誰?」


「私」


即答された。悪びれる風でもなく。


「ジル…………私は思い出した」


「何を思い出したっての?」


「十年前………私はアントワネット一族に誘拐された。人体実験の被験者となる為に」


「そんな…………」


「本当。苦痛………そう、苦痛だけの日々だった。それもこれもアントワネット一族のせい…………だからアントワネット一族は一人残らず殺す。ジル…………あなたも」


「ダージリン…………」


こんなにはっきり物を言う子だとは思わなかった。それも強い意志を持って。

ジルはデザートイーグルの銃口をダージリンに向ける。


「やめた方がいい…………私には通じない」


「フン………アントワネット一族があんたにした事は悪いと思うわ。だからと言ってあんたにこれ以上人を殺させるわけにいかないのよ。お願いだからもうやめて!私の命をあげるから!」


「そう」


心が引きちぎれる。もうダージリンは戻れないだろう。それでも僅かな可能性に賭ける。他に方法はない。誰よりも信頼してた妹のような存在。大好きだった……だから……


「ダージリン!私に引き金を引かせないで!」


「うるさい。私はお前達アントワネット一族を許さない」


静かに語る。

ダージリンは両手を前に出す。それは戦う意志の表れ。


「お前で最後だ………ジル」


突如、不思議な力で身体の自由を奪われる。


「あぁ………っ!」


デザートイーグルが手を抜け地面に落ちる。

念力のような力。青薔薇も同じ力を使っていた。ダージリンはガーディアン・ガールとして覚醒している。ただの人であるジルに成す術はない。

ダージリンはジルの身体を念力で持ち上げると、勢いよく壁に吹き飛ばす。


「あうッ!!」


打撲では済まない衝撃が全身を駆け巡り、そのまま落ちる。


「うう………ダ……ダージリン………」


目の前が赤くなる。多分、頭を打った時の傷からの出血が目に流れ込んだのだろう。

そしてダージリンは、噴水の上からジルの元まで、数メートルを一回のジャンプで飛んだ。


「終わり…………」


ダージリンはジルが落としたデザートイーグルを、念力で手元に持って来る。

自分に向いていた銃口を、今度はジルに向けた。


「あんたに………殺されるなら………本望よ……」


勝負は最初からついている。


「私は…………」


ダージリンは何かを言いかけたが………


バンッ!


それより早く引き金を引いた。


「さよなら………ジル」


ダージリンはデザートイーグルを投げ捨てると、背中から翼を出す。

背を翻し、どこかへ飛んで行った。


「………あは………あははは………こんな終わり方なんて………………悲し過ぎるじゃない……」


腹部から大量の血液が流れ出る。一気に意識は朦朧とし、屍になるのを覚悟する。


「…………………ごめんね………ダージリン…………」


ダージリンを呼ぶ弱々しい声が、死に際の白鳥の歌に聴こえた。


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