第五十九章 玩具の意志
結局、ユキ達の身体を検査してもヒヒイロノカネは見つからなかった。
しかし、これ以上ガーディアンをモルモットのようには扱えない。ジルとダージリンがフランスへ、トーマスとエメラがアメリカへ帰郷したばかり。残るユキだけを検査するというのは胸が痛む。
それに予想通りと言おうか、組織が少しずつ本性を見せ始めている。
「勝手にジル=アントワネットとトーマス=グレゴリーを帰した責任はどうとるつもりかね?」
またあの十人に囲まれている。いつも会議はこんな感じだが、この前は石田がいてくれた。どれだけ心強かったか。出来れば今日も隣にいるだけでいいからいてほしかった。
「しかし、ジル=アントワネットもトーマス=グレゴリーも組織の人間でなければ犯罪者でもありません。拘束する権利はないと判断しました」
冴子はきっぱりと言ってやった。組織が傾かないように必死なのだ。
「中川君、フランスもアメリカも選定者を神に仕立て、世界を牛耳るつもりなのだよ。もちろん第4選定者の国、中国もだ。それに加えて新たに世界を支配しようとするレジスタンス。今や我々の周りは敵だらけだ。そんな状況の中で、せっかくこっちの手の元にいた選定者とガーディアンを手放すのはいい判断とは言えない。君にはもっと理解ある判断が出来ると思っていたのだが………買い被りだったかね?」
代わる代わる喋るのは相変わらずだが、幸いリズミカルだからまだいい。
「おっしゃる事はわかっています。でも人権を無視してはレジスタンスと同じでは………」
「人権?そんなもの選定者とガーディアンにあると思うのか?大体、君は選定者は犯罪者ではないと言ったが、島で彼らはレジスタンスを殺してるではないか。確かに選定者は世界にとって大切な存在だ。マスターブレーンの予言通り、人類を導く神になってもらわねばならんのだからな。だがね、我々はそんな幻想は抱いてないんだよ。世界情勢を打破出来ない、無知で馬鹿な権力者達が妄想で造ったコンピュータなんかに振り回される気は毛頭ない。やり方次第では選定者をすぐにでも罪に問える」
汚い奴らだと、口を突かないように冴子は唇を閉めた。
「もっとも、第6選定者だけは世界の首脳陣を暗殺して、国際指名手配されてるがな」
真ん中の男が言うと、何がおかしいのかわからないが残る九人が大笑いした。
「とにかくだね、如月真音とそのガーディアンの監視だけは解かないでくれよ。特にガーディアンには今一度研究に協力してもらわねばならん」
「……………お言葉を返しますが、研究に協力するかどうかはガーディアンの意志に任せます。監視は続けますが、研究への強制はするつもりはありません」
今言わなければ手遅れになりかねない。ここで身内から反対意見が出れば、必ず自分を抑えつけに出るだろう。
たった一時間かもしれない。もしかしたら三十分………例え僅かな時間でも、真音達へ『上』からの手が届くのが遅れるのなら犠牲になってもいい。自分を捨ててまで悪魔になりたいとは思わない。冴子は自分である為に組織と戦うつもりだ。
「何を言い出すかと思えば………。立場をわきまえないか」
「なんと言われようと、ガーディアンをモルモットのような扱いにするのであれば私にも考えがあります」
自分達に刃向かう者など冴子が初めてだった。だから一瞬どう対処すればいいか判断がつかなかった。
「君、本気で言ってるのかね?」
「馬鹿な事だ!何様のつもりでいるんだ!」
罵声が次々飛んで来る。
これだって覚悟の上。何を言われようと決意は揺るがない。
だが…………
「まあ待ちたまえ諸君。中川君、どうやら勘違いをしているみたいだね」
「勘違い?」
「我々の言い方が悪かった。あの言い方では人体実験をすると言ってるようなもの。印象を悪くしてもしかたない。我々は、レジスタンスに対抗しうる手段を手にしたいだけなんだ。まさか選定者達を戦場には送れん。彼らはまだ子供だしな」
「では………」
「ヒヒイロノカネが人体にだけしか使えないわけではないはずだ。我々が知りたいのは、ヒヒイロノカネが人の身体の中でどういう状態になっているか。そしてどんな役割をしているかだ。余計な気を回させてすまなかった。ガーディアンの意志を尊重する。約束だ」
冴子はいきり立った自分が恥ずかしくなった。きちんとした説明がされなかったのが原因とは言え、一人先走った感が拭えない。
「あ、ありがとうございます!あの…………なんだかお騒がせしたようで………」
「ハハハ。構わんよ」
「では、失礼します」
早く場を去りたかった冴子は、落ち着きのない様子で一礼をして出て行った。
「本気で言ったのか?」
「まさかだろ。ただ、中川君を切るにはまだ早い。現場が動かんのだよ、彼女でないと」
「なるほど。時期が来れば用済みというわけか」
口々に好き勝手言い出す。
「しかし、ガーディアンのユキとかいう女、もし協力を断ったらどうする?」
「実は、一人優秀な科学者がいる。まだ若いが、天才と謳われる人物だ」
「初耳だな」
「噂を鵜呑みにするほど幼稚ではないからな、真偽を確かめてからと思ったが…………」
「呼んでみる価値はあるだろ」
「だがガーディアンについてはトップシークレットだぞ?簡単にこちらに引き込んで、万が一噂だけなら…………」
「邪魔なら消せばいい」
大の男が十人、会話自体も腐敗している。
ガーディアンの魅力と言うよりは、資料にあった『青薔薇』に惹かれたと言った方が正しいだろう。
どこの組織も、でかくなり力を手に入れ始まる頃が一番の岐路かもしれない。
「気がついた?」
目を開けると、そこには赤い瞳がのぞき見ていた。
「うっ…………」
雑に扱われたのか、頭が痛い。
「あは。なんだか生まれたてのヤギみたい」
悪戯な悪魔。その正体は、
「メ………メロウ………」
ガーネイアは起き上がると、すぐに辺りをキョロキョロする。
「だ〜いじょうぶよ、オリオンマンならいないから」
黒い肌にガーネイアの何倍も面積のある屈強な肉体。怯えるには条件が揃い踏みだ。
「な、なんで………なんでこんなんするんよぉ………」
手足は縛られてはいないが、メロウ独特の雰囲気が既にそれに近い。
「泣いてもダメ。誰も助けに来ないわよ」
「な、泣いてない!」
「泣いてるじゃない」
「泣いてないないないない!」
どうやらメロウが苦手らしく、ピーピー泣き出すハメになる。
「相変わらずうるさいわねぇ。そんなんでガーディアンなんて務まらないんじゃないの?」
「メロウには関係ない!」
破れかぶれで叫び出す。
ところがメロウに平手打ちを喰らう結果になった。
「静かにしろって言ってんの。わかる?」
「ひっく……ひっく……」
「あんたに聞きたいんだけど、選定者はどうしたの?」
「………っく…………言わない」
あくまで抵抗を決めたガーネイア。李を助ける為にユキ達を探してるのに、危険な相手に言うわけがない。
メロウもその辺は察知したらしく、強行手段に打って出るのはやめる事にした。
「弱虫ガーネイアにしては珍しく根性座ってんじゃない。見直したわ」
「………っく……ガーネイアは弱虫じゃないの!」
「はいはい」
「意地悪メロウに言われたくないの!」
幼い妹が少し大人になった姉に噛み付くように、メロウの『口撃』には屈しない…………つもりだ。
まともな会話は成り立たないと読んで、メロウはやり口を変えてみる。
「ねぇガーネイア、選定の儀は結局最後は私達の命を奪うシステムになってるの………知ってるわよね?」
「………………知ってる」
「それってさあ………なんか頭に来ない?私達は玩具じゃないの、人間なのよ?」
「え………に………人間?」
メロウの口元が緩む。
「あらあ?知らなかったあ?ガーディアンは人間なのよ!」
オーバーな手振りでリアクションする。
「ガーネイアも………メロウも…………ユキもエメラも………ダージリンもロザリアも?」
「そ、み〜んな人間!」
まだ幼いガーネイアの思考回路では情報整理が追い付かない。
自分は今までマスターブレーンに創造された人造人間。『人間』と言葉は付与されてるが、化学物質の組み合わせか何かで造られてると思っていた。
突き付けられた事実がひそかに憧れていた『人間』。これはガーネイアには大きい事。
だがメロウの思惑はそんな事ではない。思い出させたいのだ。ガーディアンの悲しい過去を。二ノ宮が石田に警鐘を鳴らしたメモリー削除によるセキュリティの解除。ガーネイアを錯乱させようと企んでいる。
「思い出して…………私達ガーディアン・ガールの悲劇を………」
悪魔が囁いた。