第五章 人として
ガーディアンが選定者を殺す事はない。ただし、選定者がどうしてもと、辞退を申し出るような事があれば例外もある。そういえばユキがそんな事言ってたな、と真音は思い出した。
つい昨日の事ですら忘れてしまうほど疲れているようだ。
ジルとの戦いの後、ユキと険悪なムードになった真音だったが、美紀がユキに食ってかかり状況は一変したのだ。
「私はああいう人間は好きになれないわ」
美紀の事だ。
「それは赤木も同じだと思うよ」
夕暮れ時を二人は帰っていた。
「だいたい真音、あなたがしっかりしないからいけないのよ」
「俺のせいにするなよ。人を殺すなんて簡単に出来るわけないじゃないか。選定者だなんて言われても、マスターブレーンって機械が勝手に選んだんだろ?頭脳明晰が条件だとか言ってたけど、俺は可も無く不可も無い普通の高校生だよ」
「不可が無いかどうかは疑問だけど、頭脳明晰っていうのは最低条件よ。他にも選ばれた要素はあるはず。私達ガーディアンにも知らされてない何かが」
でもそれはガーディアンには関係ないのだろう。あくまで役目を全うするのみ。多分そんな感じだ。
二人の間には大きな壁がある。取り除くのは至難なとてつもない壁が。
ジルとダージリンが去った後、真音に対して不満をぶつけるユキに美紀にも怒りが込み上げた。
「ちょっと待ってよ!さっきから聞いてたら如月君を責めてばっかり!命を助けてもらって、むしろ感謝するべきじゃないかな?」
軽い人質事件と、真音からユキが『現れた』驚きは初めから無いのか怒りで吹っ飛んでしまったのかは本人にもわからないのだろうが、にしても、ユキに食ってかかる美紀はまた別の想いから怒りを沸騰させてるようにも見える。
「…………あなたは関係ない。これは私と真音の問題よ」
「いいえ。私も巻き込まれたんだから関係あるわ」
「そういえば今朝『うち』に来たわね?真音はこれからもっと忙しくなるの、邪魔だから消えて」
「真音真音って馴れ馴れしい。、あなた如月君の何?彼女なのかしら?」
美紀が気になるのはそこだけだ。
「私は真音のガーディアンよ」
「ガーディアン?何それ?」
「神になる資格のないあなたにはそれこそ関係のない話よ」
火花が散る。視線をぶつけ合うだけで。
二人の会話に耳を傾けるのもおっくうになるほどだ。
「まあ待てって。赤木、とりあえず明日詳しく話すから」
「私はのけ者?」
「違うって!」
まさか美紀からそんな返しが来るとは思わなかった。
ある意味銃を突き付けられるより心臓に悪い。
「頼むよ、困らせないでくれ」
疲れる。
「わかった。じゃあ明日学校で。『二人っきり』でお話しましょ」
嫉妬剥き出しで美紀は真音とユキの前から消える。大股もいいくらい大股で。
美紀の感情も知らない真音は、頭の中にクエスチョンマークがぎっしりと詰まったままだった。
「真音……」
「ん?」
「お願いだから次はちゃんと戦って。選定の儀はもう始まってるのよ、避けては通れない」
ユキにも少しだけなら真音の気持ちもわかる。混乱しないでいろと言う方が難しい話だろう。
逃げ道のない戦いを強いられ、それでも普通に振る舞う真音は強い精神の持ち主だ。
だからこそ真音との壁を取り除きたい。
「俺に人を殺せっていうのか?」
「……………そうよ」
遠回りに言っても彼の為にはならない。はっきりと告げた。
「ヒヒイロノカネを集める事が選定の儀を終わらせる必須条件なの。真音がやらなければ他の五人の誰かがやるだけよ。」
「警察や政治家に言っても無駄なのか?」
ユキは黙って頷いた。
それはそうだろう。たった六人、世界の全人口からたった六人しか選ばれてない。その六人の行く末を国の一機関である警察が知るわけもない。政治家とてピンからキリまでいる。全員が知ってるとは考え難い。
仮に選定者の誰かを殺したとしても、捕まる事はないのかもしれない。ジルやトーマスが堂々と襲って来るのもそれをわかっているからじゃないのだろうか。
「権力者って奴はどこまで身勝手なんだ…………」
真音が苛立つ顔を見てドキッとした。
(真音………………)
家に帰る途中の坂道で立ち止まり、真音の揺れている背中を見る。
ユキは自分でも意外な言葉を口にした。
「真音…………私は死にたくない」
その言葉に真音も思わず振り返る。
「ユキ………?」
選定者を神にする為に存在するガーディアンと言う名の人造人間。
彼女が初めて口にした人間らしい言葉は、今まで聞いたどんな人間の言葉より人間らしく聞こえた。
その言葉の意味を知るまで、どれだけ犠牲を払わねばならないかは、今の真音には見えてなかった。