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第五十四章 怒りの狼

ユキ達の身体検査はスムーズにいってた。彼女達が協力的なのがなによりの要因。


「どうだ?」


石田は担当者の男に聞いた。


「三人共、至って健康な女子ですよ。これが人造人間だとは誰も思わないでしょう」


「そうか。ま、人造人間と言ってもベースは人間だからな」


「でもそれらしき物は見当たらないですね」


「細部まで見てくれ。ヒヒイロノカネは未知の金属だ、常識を捨てて探さないと見つからんぞ」


「脳も見たんですがねぇ……」


これ以上どこを調べればいいのかわからないでいるようだ。

しかし、資料には39℃で融解と記されていた。人の体温は通常36℃〜36.9℃くらい。ヒヒイロノカネの融点には達してない。必ず体内のどこかに固体であると思うのだが……。


「レントゲンもMRIにも影が出ないんです。血液検査もしてますが………まさか血管の中を巡るようなものではないでしょう?」


「しかし現実に彼女達は細胞を原子レベルまで分解するんだ、それがヒヒイロノカネの効果なら必ずあるはずなんだ」


ある………そう信じたい。そうでなければ選定者が互いのガーディアンから、ヒヒイロノカネを奪い合うというシステムが成り立たない。選定者はガーディアンの体内のどこにヒヒイロノカネがあるのか知らない。ガーディアンを倒しても、ヒヒイロノカネを見つけられないんじゃ意味がないだろう。

一番いいのは嶋津の遺体からヒヒイロノカネを取る事。だが情報はまだ下りて来ない。


「一通りやりましたし、後は実際に切り開いてみないと……」


担当者は冗談のつもりだったが、石田におもいっきり睨まれ、


「すいません。口が過ぎました」


慌てて謝った。


「次はその口吹き飛ばすからな」


そう言いながら、どんどん二ノ宮に似て来たと思った。それともスパイなんてチープな仕事をしてるからこそ、一部の狂った人間による研究の被害者になったユキ達を侮辱するのは許せなかったのか。自分でもわからなかった。

ただ、二ノ宮だけではなく、真音達にも影響はされている。

眩しい季節が自分にもあった事など、大人になって行く度忘れてしまう。情熱の原点がそこにあった事さえ。










「今日は楽しかったわぁ。美味しい日本食も食べたし、なんかデートって感じでさ」


「それはよかった。うまくエスコート出来た自信はないが」


一日を満喫したジルを見てると、改めて爽快な気分になる。


「そうねぇ、紳士としては満点ではないけど、ボーイフレンドとしてなら合格よ」


「それは口説いてるのか?」


ジルの言葉を借りておどけて見せる。


「だとしたら?」


ジルはジルで負ける気はないらしい。


「フッ。その気もないくせに」


慣れないシチュエーションに先に引いたのは二ノ宮だった。

と言うよりは、心に決めた女性ひとがいるのだろうと、ジルは唇を噛む自分がいる事を知った。


「ねぇ………」


ゾッとするくらいジルの表情が女になる。


「あなたは…………レジスタンス壊滅とマスターブレーンを破壊するだけが目的なの?」


だが出て来た言葉は期待を裏切る。


「なんだ急に?」


「レジスタンス壊滅なら、あなたの親友のいる眠れる獅子がやるんじゃない?二つを追う理由なんてないと思うけど?」


ジルが言いたい事はそんな事じゃない。でもどう切り出せばいいのかわからず、つい回りくどい言い方をする。


「眠れる獅子はいずれ道を誤る」


「どうしてそう思うのさ?」


「上の連中がそういう輩だからだ。レジスタンスまで辿り着く頃には、奴らと変わらない組織になってるだろう」


「じゃあ壊滅させるなら眠れる獅子なんじゃ…………」


「それはあいつがやってくれるよ」


ふと二ノ宮の横顔を覗く。そこには石田を信じる友の顔があった。


「やらないかもしれないじゃない」


「やるさ」


石田はジルに言った。組織が腐るなら自分の手で壊すと。自分の命と引き換えにしても壊すと。

二ノ宮は石田がどうアクションするか知り尽くしているようだ。


「羨ましいな…………私にはあなた達みたいな信頼出来る親友はいないもの」


「いるじゃないか…………君の横にいつもいるあの子は、信頼出来る親友じゃないのか?」


「ダージリンの事?」


「ジル、信頼出来る親友とは、離れていても例え互い違う道を歩いたとしても、例え…………命のやり取りをする事になっても、そいつの意志を尊重してやれるかどうかだ。困った時だけ頼るのは親友とは呼ばない。それに、親友という言葉にはその全ての意味が含まれている」


ジルは男の心粋を、ますます羨ましくなった。


「真音とトーマスも、きっといい親友になるわね」


二人がやがて大人になったら、今の二ノ宮と石田くらい分かり合えるようになるのだろう。


「彼らだって君の親友になるさ」


「なんだか見透かされてるみたい」


なにもかもわかった上で話すような二ノ宮に、感情を任せてみたくなった。


「どこまで知ってるの?この戦いの事」


「大体の事は知ってるよ」


「私の事も?」


「…………ああ。ジル=アントワネット。フランスの名家、アントワネット一族本家の長女。いずれはアントワネット一族の頭首となる人物………だろ?」


「いずれ……………ね」


アントワネット一族という言葉は、ジルにとっては足枷でしかない。その為の戦いに赴くのだ………故郷に。

そんなジルの雰囲気まで悟ったように二ノ宮は語る。


「どんな選択をしても生きるのは自分だ。自分の足で歩いて行く道は、自分で決めればいい」


「地獄へ向かう道しかなかったとしたら………」


「地獄で生きる者もいるし、苦しいと思うから幸せを感じる瞬間があるんじゃないのか?悩んでいるのならおもいきり悩め。苦しいのならとことん苦しめ。楽をして得た道など、それこそ地獄にしか通じてない」


「強いんだ………」


「強くなんてないよ。弱いからいつも虚勢を張ってないと不安なんだ」


色気のある会話なんかしていないのに、なぜか惹かれて行く。

 自分の弱さから逃げず、強さはカムフラージュだと言いのける。逆を言えば、それが強さの真の姿なのかもしれない。

 石田が影響されるわけがわかった気がする。


「ううん。強いわ………あなた。私はそんな風に思えないもの」


淋しそうに目を細めると、急に身体が引っ張られ、いつの間にか二ノ宮に抱きしめられていた。


「ちょ………な、何してんのよ………恥ずかしいじゃない」


「お前の不安を取り除いてやってるのさ」


「……………………そんな………こんな事されたら………」


ジルの手が二ノ宮の背中に回る。


「覚えておくんだ、世の中の人間誰一人として不安のない奴などいない。立ち向かって糧とするか、逃げて追われる身になるかの違いしかないんだ」


「……………もし………もし糧にして戻って来れたら………またこうしてくれる?」


「俺なんかでよければ」


男に抱きしめられるという事が、こんなにも安心出来るものだとは思わなかった。


「さ、そろそろ帰ろう。遅くなるとロザリアがうるさいからな」


「昼ドラの影響?」


「うたぐり深くてな」


「へぇ……そうは見えなかったけど」


「そういえばダージリン………だっけ?彼女はどうしたんだ?」


ジルに一日振り回されて気がつかなかった。


「ダージリンなら人間ドックよ」


「人間ドック?」


「そ。眠れる獅子が、ヒヒイロノカネがガーディアンの体内のどこにあるか知りたいんだって。なんだか人体実験みたいな気がして私は反対だったんだけど、あなたの親友が悪いようにはしないからって。ダージリン達も自分の事が知りたいって…………どうしたの?」


二ノ宮の顔が曇った。


「ヒヒイロノカネは見つけようとして見つかる物じゃないんだ」


「ど、どういう意味よ」


「あいつ…………」


ジルの問いには答えず、


「ジル、また会おう」


そう言ってどこかへ走り去った。


「ちょ、ちょっと!」


急変した二ノ宮のわけなど知る由もなく、


「会うなんて約束してないんだからあ〜〜っ!!」


フラストレーションを叫びに変えた。










冬だというのに夜は雨だった。天には雷が轟いている。


「やれやれ。傘なんて持って来てないぞ」


石田は眠れる獅子の本部の前で往生していた。

時刻は既に夜の11時を回っていた。


「タクシーにするか………」


歩いて帰れる状況ではない。携帯電話を取り出そうとすると、この雷雨の中傘もささず立ち尽くす男がいた。


「………二ノ宮!」


最初は暗くてわからなかったが、雷が鳴る度に険しい表情でいる二ノ宮の顔が浮かび上がってわかった。


「何の用だ?」


まさか本部前で二ノ宮から現れるとは思わなかった。


「お前に話がある」


「俺に?フン。ちょうどいい。ずっとお前を追ってたんだ、ここでケリをつけてやる」


「黙れ。石田、お前今日ガーディアン達の身体を調べたそうだな?」


「どっから仕入れたかは知らんが、だったらなんだ?お前には関係…………」


ドカッ!


「くっ………何しやがる!」


いきなり二ノ宮の拳が顔面を直撃した。

続けざま、土砂降りのアスファルトに投げ出された石田の胸倉をぐいっと引き寄せ、


「嶋津に会ってガーディアンが人間だと聞かなかったのか!?」


「聞いたさ。それがどうした!」


「お前は嶋津と同じ罪を犯すのか!?」


「なんだって?」


「彼女達ガーディアンは何度も何度もその身体を調べられ、どれだけ心に傷を負ったと思う!?まさかお前がそんなゲスな男だとは思わなかったぞ!!」


「別に、軽い身体検査をしただけだ!…………いい加減この手を……どけろっ!」


二ノ宮の腕を払いのける。


「軽い身体検査だ?その軽い身体検査で彼女達の失くした記憶が蘇ったらどうするつもりだ!」


「わけわかんねー………蘇ったって困る事なんかねーだろ」


「さすがのお前も組織に染まらざるを得なかったか……」


「なんだよそりゃ」


二ノ宮が立ち上がると、石田も続くように立ち上がる。

だが二人共雨を避ける気はさらさらないらしい。


「あの島で資料を見つけたんだろーが。書いてあっただろ、『青薔薇』が精神不安定だったって。読まなかったのか?読んだのか?どっちだ!!」


「いちいち怒鳴りやがって。読んだよ。かなり不安定だったみたいじゃないか。嶋津も言ってたよ、常に錯乱状態だったってな」


「『青薔薇』だけじゃない。それまでガーディアンに仕立て上げられようとした少女達も、まるでおもちゃのように身体を弄られ、繰り返されるうちに精神が不安定になっていったんだ」


「詳しいじゃないか」


「最後まで聞け。いいか?それまでの少女達は実験に耐えられなくて死んだ。中には精神錯乱が原因で自ら命を絶った者達もいた」


「何が言いてーんだ?それとガーディアンの身体検査とどう関係あるっつうんだよ」


「ガーディアンが記憶を消されてるのは、有り余る力で暴走しない為だ。彼女達にとっては、検査とか研究だとか、自分の身体を調べられる行為全てがタブーなんだよ!万が一、消された記憶が蘇り、そのショックに心が耐えられなかったら………」


「……………………。」


そこまで深くは考えなかった。

随分おかしいとは思っていた。なぜ『青薔薇』だけが、ユキ達には無い力を使えていたのか?百年前に兵器として完成していたガーディアン・ガール『青薔薇』。ディボルトがその発展だと思っていたが、ユキ達自身に『青薔薇』と同じ力が無いのはやはり説明がつかない。

そして記憶が曖昧な事。真音から聞いてはいたが、マスターブレーンと創造主たる『博士』の所在を隠す為だと思っていた。その意味も少なからずあるのだろうが、まさか暴走を防ぐ目的があったとは考えなかった。


「相変わらずおおざっぱな奴だ。小さな欠片からなぜ全てを見ない?繋ぎ合わせてばかりでは時間がかかるだろう?」


二ノ宮はまだ険しい表情をしている。


「俺はお前と違って勘が鈍いんでな」


ぺっ、と唾を吐く。口元が切れて血の味がした。


「二ノ宮、お前なんでそんなに詳しいんだ?」


「お前の知るところではない」


「まあいいさ。それよりお前、派手に世界を掻き回してくれたおかげで国際指名手配されてるが………?」


「誰が来ても俺を捕まえる事なんて出来ん。取るに足らん事だ」


「俺が捕まえてやるよ」


「ほう。たいした自信だ」


「一体何をする気なんだ……………核の情報を盗んで」


「制裁してやるのさ。人類に」


「バカバカしい。まさか、一から核兵器を組み立てるなんて言うんじゃないだろうな?」


「既に存在してるものを使う」


「どうやって?」


「それは企業秘密だ」


「なぜ今やらない?世界を飛び交う暇があったなら、とっくにやれてただろう?」


「やるべき事を果たしてからやるよ」


冬の雨だ。身体が冷えているはずなのに、寒さに身体が怯む様子はない。


「親友として忠告してやる、もう馬鹿な真似はやめろ。レジスタンスやおそらくは生きているだろうガーディアンの創造主。お前がいれば簡単に潰せるんだ。わざわざ核兵器で地上を汚す必要はないだろ」


石田は僅かな望みに賭けた。

しかし…………


「俺は誰にも従うつもりはない。俺には俺の戦いがある。お前らはお前らでやれ」


「ならなんで如月真音を誘う?」


「選定者は立ち向かわねばならん宿命がある。そればかりは俺一人ではどうにもならん」


二ノ宮は背を翻し、


「忘れるな、ガーディアンの記憶消去は暴走を防ぐ為のセキュリティだ。下手に解除すれば………死ぬぞ」


雷鳴が二ノ宮を演出するように激しさを増す。

強烈な光な後、そこに二ノ宮の姿はなかった。


「人類への制裁?…………させるかよ」


友を思うが為、敵にならねばならぬ心もある。


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