第五十二章 息吹
「私は反対だわ」
石田の説明に一気に神経が逆立つ。
「でもこれはダージリンの為でもあるんだ」
「あなたも嶋津から聞いたじゃない、ガーディアンは人間なのよ?おそらく聞くに堪えない行為をされてたはず。ダージリンだって記憶を消されてる。なんでわざわざ記憶を消したか少しくらいは考えた?」
「考えたさ。ヒヒイロノカネを体内に埋め込むなんて、容易な事じゃないんだろう。それと、ダージリン達が造られた…………いや、言い方が違うな。ガーディアンとして新たに研究されて来た施設と、提唱者である『博士』の存在を隠す為」
「そうよ。記憶を消すなんて一手順二手順じゃ無理。どんな苦痛を味わったのか…………悪いけどそんな記憶を思い起こさせるような事は賛成出来ない」
「ジル、君はダージリンの記憶を取り戻してやりたいって言ったが、都合のいい記憶ばかり取り戻すのは不可能なんじゃないか?」
「だとしても、ダージリンを身体検査するなんてお断りね」
「身体検査と言っても、人間ドックみたいなもんだ。体内のどこにヒヒイロノカネが使われているのか。それを知りたい」
「知ってどうなるの?どうせ眠れる獅子の研究材料にするんでしょーが」
「……………ジル、わかってくれ。絶対悪いようにはしない」
「あんた達のやってる事もレジスタンスとなんら変わらなくなって来たわね。ミイラ捕りがミイラになるって、この事を言うのよ」
「言ってくれるな。俺はそこまで腐っちゃいない。組織が腐って行くのなら俺が壊してやるつもりだ。これは君にだけ言っておく」
「私にだけ?」
「カッコつけてるみたいで恥ずかしくて他の奴らには言えないよ」
「何を考えてるの?」
「見つけたのさ………やるべき事を」
その言葉はジルの心を揺さぶるには十分だった。さっき自分の戦いをすると決意したばかりのジルの気持ちに相当する。
石田の中にある戦いが見える。彼は彼で道を見つけたのだろうと。
「個人が………組織に勝てるわけないじゃない」
「勝って生き残ろうなんて思ってない」
「道連れにする気?」
「どうなるかはわからないさ。ただ、組織という力でなんでも思い通りにさせようとする鼻っ柱をへし折ってやりたいだけだ」
「随分ストイックなのね。自己犠牲を武器にするなんて」
「多分影響されたんだろう…………そういう事を平然と言いのける奴がいたんだ………」
「…………わかったわ。ダージリンがいいと言うなら協力する。あんたを信じて」
「ありがとう。約束するよ。組織のいいようにはさせない」
自分より大きな存在に立ち向かおうと言うのだ、信じてやらねば女が廃る。
「で?君の話は?」
「ああ………」
カッとなって用件を忘れてた。
「ダージリンの身体検査が終わったら一度国に帰ろうと思うの」
「ホームシックか?」
「ま、そんなところかしら。許可願えるの?」
「許可も何も、君は組織の人間じゃない。自由にすればいい。ただ、フランスには眠れる獅子の支部はない。もし何かあっても助けるには時間がかかる。それは頭に入れておいてくれ」
「頭に入れておくわ」
石田にはわかっている。ジルが何の為に帰郷しようとしているのか。
「ところでさあ、真音達にはガーディアンが人間だって言ったの?」
ジルは真音達がその事実を知った時の事を思うと、衝撃の強さに潰されないか心配になる。
「まだ言ってない。言うべきか迷ってる」
「ならまだ黙っておいて」
「秘密を作るのかい?」
「少しの間よ。こっちがケリつくまで………ね」
「………………わかったよ。如月君達には言わないでおく」
石田は冷めてしまった紅茶を飲むと、ふと湧いて出た疑問を口にした。
「ついでに君に意見を求めたいんだが………」
「私に?」
「嶋津氏のところでレプリカ・ガールが現れただろ?」
「それがどうかしたの?」
「なんであのタイミングで現れたんだろうかと思ってね」
目的が嶋津の口封じなら、もっと以前に出来たはず。わざわざ選定者とガーディアンがいる状況で手を出す必要はなかったように思う。
「私達が行く事で嶋津の所在がわかった…………とか?」
誰かが嶋津を探していたのは確かなようだ。それを先に見つけられて焦った。だからこそレプリカ・ガールを使った。
では誰が?
「百年前の真実より自分の存在がバレるのを恐れたんだろうな」
「『博士』…………」
「やっぱり生きてるんだ。そいつがこの戦いの………世界を混乱に陥れた元凶に違いない」
「レジスタンスに自分の組織、そしてまだ見ぬ敵。相当な覚悟なければ戦えないわよ?」
「言ったろ、勝って生き残る気はない。だが、人を人として見ない輩を野放しにしたまま死ぬつもりもない」
「それを言うなら世界中の権力者も同じ穴のムジナよ」
「だから二ノ宮の餌食になったんだ。奴は俺達の知らない事実を知り怒った。少なくともその怒りは俺達が抱いた怒りと同じものだろう。堪え難い怒りはマスターブレーンを創造した権力者に向けられた」
「だったら彼にも協力を求めたら?話のわかる人間ぽかったし」
「無理だよ。奴は群れを嫌う一匹狼だ。孤高でありたいといつも人を遠ざける」
「ふぅん………詳しいじゃない」
「かつては親友だったからな」
石田が影響された人物。それは二ノ宮であるとジルにはわかった。
「話してみなければわからない事って、たくさんあるのね」
「そうだよ。ジル、君も何か困った事があったらなんでもいいから話してくれ。気持ちを分かち合った以上君は仲間だ」
「それって口説いてるの?」
そう言うのはいつもの照れ隠し。
「口説くなら紅茶なんか頼まないさ」
空になったカップをソーサーの上で遊ばせる。
そこには祈りがあった。これから自分達がしようとしている事が、誰かの手の上ではなく自分達の意志であってほしいと。