第五十一章 生きる価値
「以上が彼からの報告です」
上層部の人間との会議と聞いて無駄に贅沢な会議室を想像したのだが、意外や意外、極ありふれた会議室だった。
冴子が石田からの報告を更に上の人間に報告する。彼女がいつもどんな仕事をしているのか、単なる報告だったとしても、『この』重圧に耐えるのは自分には出来ない気が石田にはしていた。
「これが嶋津氏との会話を録音したレコーダーです」
冴子は石田から預かっていたレコーダーを提出する。
上層部の人間は初老の男達が十人。眠れる獅子を支配する人物達だ。
「ご苦労」
一人が労った。
石田と冴子は囲まれるように真ん中に立っている。そろそろ腰が痛くなって来た。
「これでよろしいでしょうか?」
冴子は帰ってもいいのか聞いてみる。多分NOだ。これで終わるのなら石田を呼んだ意味がない。
「待ちたまえ」
十人は立場が一緒なのか、発言に許可はいらないらしい。さっきとは別の男が言った。
「先日、君が人造人間研究所から持って来た資料の中から、ガーディアンの造り方と見られる文献を翻訳した」
石田は特に反応も見せず黙って聞いている。
「詳細に…………とはいかないが、君が嶋津氏から聞いたようにガーディアンは人間だとわかっている」
今度は別の男が喋った。兄弟?と疑うくらい絶妙に会話を繋ぐ様は、上司とは言え滑稽にしか思えない。
「そこでいろいろと話し合ったのだが、ガーディアンの身体検査をしたい」
「ガーディアンの?」
なんの事やら石田にはまだわからない。
だが、冴子にはその意味を理解出来た。
「レジスタンスを壊滅するにしても戦力がいる。実際、レジスタンスには大量の兵器と兵隊が存在している。これまでは第6選定者が片付けてくれたからよかったものの、彼とて我々の味方ではない。次にレジスタンスが現れた時、我々には対抗する術はない」
「お言葉ですが、人造人間研究所では如月真音、ジル=アントワネット、トーマス=グレゴリーの三名に助けられています。もちろんそれぞれに付くガーディアンにもです。第6選定者がいなくても対抗は出来ると思います」
石田は島での戦いを見て、真音達に常人の常識は通用しない事を知った。あれだけの銃撃をものともしなかったのだ、選定者同士の戦いならいざ知らず、レジスタンスに負ける事はないと確信している。
しかし、石田は言葉を選ぶべきだった。『二ノ宮』に助けられたと言われ、それを否定するように真音達を全面に出してしまった。
「そういう事だよ、石田君。冴子君の言うように優秀なようだな」
「嶋津氏の遺体からヒヒイロノカネを手に入れる事も出来た。あとはどうやってガーディアンを造るかだけなんだ。その為にも彼女達の身体検査が必要…………と言ってもかなり深く検査する事になるが」
なんて奴らだ。思わず拳に力が入ったが、気付いた冴子が、
「待って下さい。それではまるで人体実験ではありませんか。彼女達も人間であるのなら、人権は守るべきです」
石田を抑えた。が、
「冴子君、別に彼女達ガーディアンを解剖しようとかは思っていない。ただ、ヒヒイロノカネがガーディアンの体内のどこにあるのか知りたいだけだ」
「ガーディアンを組織の手で造ると?」
石田は睨みつけるように言った。
「そうだ。レジスタンスよりも確かな力が欲しい。そこでだ、如月真音らから信頼されてる君から協力を要請してもらいたい」
「俺に彼女達を説得しろと言うんですか?」
「もちろん、協力の代価として選定者とガーディアンの保護と当面の生活についての一切を面倒見る。必要とあれば金もいくらか用立ててもいい」
「もし説得出来なかったら?」
「君なら出来る。成功すれば特別ボーナスを出してやる。ちんけな額じゃなく、腰を抜かすくらいの額だ」
「……………………。」
石田は考える。特別ボーナスに目が眩んだわけじゃなく、ここで断れば冴子に迷惑をかけるだろう。そして自分も辞めさせられる。そうすれば真音達を守ってやれなくなる。
組織にいれば個人では出来ない事だって可能だ。
「わかりました。話してみましょう」
「石田君!!」
まさか石田が了解するとは思わなかったので、冴子は素っ頓狂な声を出した。
「具体的に何をするのかだけ教えて下さい。嘘をついてはせっかくの信頼も台なしですから」
「よかろう。スケジュールと内容については後から冴子君のオフィスにファックスでもしよう」
「お願いします」
組織が何をしようとしているのか、見定める必要があった。
眠れる獅子が用意したホテルには泊まらず、自分で用意したホテルにジルはいた。
「もしもし、パパ?お久しぶりです」
国際電話で故郷フランスにいる父親にかけている。
「実は、近々一度帰ろうかと思っているのですが……………いいえ、少し疲れたので一週間ばかりと思いまして。…………………わかりました。日程が決まり次第また連絡します。…………私も愛してるわパパ」
疲れたから帰る。嘘だ。ジルが帰郷する目的は、アントワネット家が選定の儀に絡んでいるのか調べる為。
「ふぅ〜」
実の親なのに会話に疲れてしまう。
百年前に突如、研究費用の援助を申し出たアントワネット一族。自分が選定者なのは紛れも無く故意。
それに、ガーディアンが人間である事も知った。ダージリンも研究の被害者ならば、なんとしてでもメモリーを………記憶を取り戻してやりたい。
ホテルの中庭でミルクと遊ぶダージリンを見つめる眼差しは、今日はやけに優しかった。
これからの事をあれこれ考えてると携帯電話が鳴った。着信音は内蔵されている電子音。自分で設定していながら、たまにイラっとしてしまう。ディスプレイ表示は石田から。
「はい」
『ジル、君に話があるんだが………時間の都合はつくかい?』
「私に話?告白なら遠慮するけど?」
『冗談はよしてくれ。こっちは忙しいんだ』
「レディのジョークに付き合えないようじゃ、モテないわよ?ま、私もちょうど話があったし、いいわよ」
『そうか、なら今からそっちに行く。あ、出来ればダージリンは一緒じゃない方がいい』
「オーケー、ホテル内のカフェで待ってる」
切った携帯電話をベッドに投げる。その横には石田からもらったデザートイーグルがある。
「せっかくのプレゼントが拳銃って…………色気がないわね、私」
冬の日本をハイヒールで歩くのが悪いのか?と言っても雪が積もってたのは山沿いの方であって、都会はハイヒールでちょうどいい。
ジルは窓を開けて、中庭のダージリンに声をかける。
「ダージリン!ちょっと出て来るからそこにいなさ〜い!」
ジルの部屋からは小さすぎるくらいに見えるダージリンが、ミルクと一緒に上を見て頷いた。
ダージリンは無表情ではあるが、ジルには彼女の一喜一憂がわかる。だから…………
「私が救ってあげる」
選定者としての責務を一族から言い渡され戦うつもりでいたが、ようやく自分の意志で進むべき道を見つける事が出来た。
もしかしたらその道はとても険しく、命の保証すらないかもしれない。それでも、自分が自分でいる価値………生きる価値を見つけたのだ。
由緒ある家柄は、鎖のように自由を奪った。自分らしさを殺して生きる事を強いられ、いつしか両親にさえ本音を語れずにいた。だが、ダージリンに出会った事で変わり始めていた。
ダージリンの笑顔を守る為、ジルは戦う決意をする。例えアントワネット一族を敵に回しても。
どこまでもジル=アントワネットでいたいから。