第四十八章 レプリカ・ガール
雪国で育って、雪の上は慣れっこだと自負していたはずなのに、雪上走破がこんなに難しいとは思わなかった。
それでも石田は止まる事なく嶋津の自宅に乗り込み、騒ぎの起きてる部屋に行く。
「香織さ……………な、なんだ貴様ら!!」
威嚇と驚嘆の怒鳴り声など生まれて初めて発した。
「石田さん!」
香織の周りに、全身青白い……………不思議な生き物が数人いる。
髪も皮膚も青白く、瞳は真っ黒。着ている服も青白い。頭の上からは猫のような耳がついていて、人形にしか見えない。ただ、唯一性別だけは女であるのだろうと推測出来た。体つき、着ている服の一部がスカートである事だ。
「全員武器を捨てて床に伏せろっ!!」
不思議な生き物達は手にダガーナイフを持って立っている。そんな状況には何度も立ち会って来たが、まるで刑事のようなセリフは今回が初めてだ。職業が公に出来ないだけに、多少違和感を感じたがそれどころではない。
「………………………………」
「………………………………」
頭の中で人数を確認すると、場に六人もいるくせに誰ひとり何も言わない。
(なんなんだこいつら……)
不気味意外何者でもない。石田は撃つか撃つまいか判断を迫られる。
「どうした!聞こえてるんなら………」
言いかけた矢先、二人ほど石田に飛び掛かって来た。
「くそったれ………!」
引き金を引こうとする前に飛び掛かって来た二人が一刀両断、縦に真っ二つ。
「言うだけ無駄だそうだ」
オリオンマンだった。
「私にもよくわからないが、メロウによるとレプリカ・ガールと言うらしい」
「レプリカ・ガール?」
ディボルトしているオリオンマンのガーディアンだけは彼女達の正体を知っているようだ。
そんな事を考えてると、残りの四人が壁を突き破り逃亡した。
「待てっ!」
オリオンマンは追うべく開いた穴を越えて外へ行った。その隙に石田は香織の保護に出る。
「大丈夫ですか!」
「は、はい……」
肩を小刻みに震わせている。
「何者なんですか?」
「わかりません。急に大勢で現れて………」
「大勢?」
部屋にいたのは六人。大勢とは言えない…………と思っていると、
「あっ!ひい御祖父様!」
香織の一言で青ざめた。
「しまった!」
石田は香織に待機しているように告げると、嶋津の部屋へ向かう。
「嶋津さんっ!!」
襖は開ける必要もなく、家中荒らされ放題。そして嶋津は………
「うっ…………」
胸にレプリカ・ガールの持っていたダガーナイフが突き刺さっていた。
「嶋津さん!しっかり!」
「おお……………国際警察の…………」
「今救急車を……」
石田の携帯電話は特別で、こんな山奥でも通じるように手が加えてある。
だが、せっかくの機能も嶋津が遮る。
「嶋津さん………?」
「ワシを…………このまま………死なせてくれ………」
「何を言ってるんです!」
死なすも何も、もう助からないであろう事は石田にはわかっている。かと言って見過ごせるほど物分かりがいいわけでもない。
「ワシは生きてはならぬ存在…………罪も………犯した………全てを…………全てを精算する時が来たのだ…………」
「もう喋らないで!」
「か………香織は……?」
「香織さんは無事です。傷ひとつありません」
「…………よかった…………あれだけは………香織だけは唯一………ワシを嫌わんかった………実の息子ですら………ワシを化け物扱いしたと………いうのに………」
どんなにか香織を可愛がっていたのがわかる。
「香織さんの事は我々が責任を持って保護しますから、ですから嶋津さんも………」
嶋津は口から血を吐きむせ返りながら、まだ答えてない事を言おうとする。
「は………博士の………事だが………博士の名前は………ま………」
「ま?」
言いかけて、嶋津は力尽きる。
「…………なんて事だ」
肝心の事が………聞けなかった。
「ひい御祖父様!?」
どたばたと香織が待ち切れずやって来た。
石田は首を振って、その生命が終わった事を伝える。
香織は血まみれの嶋津にすがり付き、泣き崩れた。
140年も生きた男の最後は、罪の精算を望むだけの惨めなものだった。
「こいつらもしかしてレプリカ・ガールか………?」
逃げていたレプリカ・ガール二十人ほどが、二ノ宮を囲っていた。
『ガーディアン・ガールの複製品。コピー。私達ガーディアンと違って人間じゃないから感情もない』
ディボルトしたロザリアが二ノ宮に説明する。
「だが感情が無い分、心理戦は通用しないって事だ」
青生生魂を抜き迎え撃つ。
レプリカ・ガールはダガーナイフを構え二ノ宮の出方を待つ。
『心理戦が得意だなんて初耳』
「ハハハ。ま、力技が一番気楽で………いいよっ!」
そう言って刃を振り抜くと、真空波が生じ一気に半数近くは消滅した。
それを見た残るレプリカ・ガールは、やはり逃亡を謀る。驚く事に翼を背中から出して。
「ここまで来るとなんでもアリだな」
逃がすまいと飛び立つレプリカ・ガールに真空波を放つが、どうやら地上より空中の方が得意らしく、鋭敏にかわされてそのまま逃げて行った。
「翼か…………考えた事なかったな」
ディボルトした選定者には不思議な力が宿る。ひょっとしたら自分にも空が飛べるのでは……などと思案していると、
『セイイチ!』
「あいつは………」
ロザリアに言われ見た先に、レプリカ・ガールを追ってオリオンマンがやって来る。
二ノ宮はこちらに向かって来るレプリカ・ガールに真空波を放ち、一瞬で倒した。
「………貴様ッ!」
二ノ宮を見て島での怒りが蘇ったのか、オリオンマンは声を荒げた。
「よう。また会ったな」
二ノ宮にしても借りを返してないままだ。それでも至って余裕なのは、当然あの時はまだ本気じゃなかったから。あの時はリオに研究所で手に入れた資料を渡さねばならなかった。オリオンマンの登場は予想外だったのだ。
「確か二ノ宮とか言ったな?」
「覚えていてくれて光栄だよ、オリオンマン」
「フン。まさかさっきの薄気味悪い気配の生き物、貴様の手先ではなかろうな?」
「俺の手先ならなんでわざわざ殺す必要があるんだよ」
「わからんさ。貴様ならやり兼ねん…………そんな気がしてな」
喧嘩腰の口調ではあるが、二人とも武器を構える事はしない。互いに戦う時ではないと感じている。
『オリオンマン、ここは一度戻って出直しましょう。この男だけは迂闊に手を出せないわ』
メロウは二ノ宮と戦えば生死を問われるとわかっている。
「チッ。仕方ない」
槍を消し、背を向ける。
「逃げるのか?」
戦う意志はないのだが、面白そうなのでからかってやる。
「黙れっ!逃げるわけではない!すぐに貴様の首ももらいに来てやるから、首を洗って待っていろ!」
予想通りの反応が帰って来た。
『変な人』
ロザリアにはそう見えたらしい。
「ああいうのを単細胞って言うんだ。ロザリアはああはならないでくれよ?」
『ならないもんっ!』
ロザリアをからかうのも、最近は楽しみになっていた。それを許さない場であればあるほど。
例えるなら、葬式で坊さんがお経を唱えるさなか、笑いを堪えられるかどうかくらいに。
「それにしても、これで期待出来なくなったな」
『何が?』
「百年前の生き残りが生きてる可能性だよ」
レプリカ・ガールが選定者を狙って来たとは思えない。狙いは最初から嶋津だった事は明白だ。
『嶋津って人?』
「まあいい。とりあえず行くだけ行ってみるか」
二人はディボルトを解いて歩き出した。