第四十七章 メロウ
車を停め慌ただしく降りる。
不穏で淀みきった空気。予感とは違う何かを二ノ宮とロザリアは感じていた。
「セイイチ…………」
今までとは違う空気にロザリアは緊張して二ノ宮の袖にすがる。
「なんだこの空気は………」
青生生魂の鞘を握る手に力が篭る。
「…………行くぞ」
二人は真音達の元へ向かった。
オリオンマンのプレートテクトニクスにやられ真音とトーマス、ディボルトが解けたユキとエメラは深手を負って倒れていた。
「さすがにディボルトした選定者は一筋縄ではいかんか」
仕留めたつもりだったが、虫の息ながらも生きている真音達にいささか不機嫌だった。
「クソッ……………」
トーマスが立ち上がろうと試みるが、痛烈する全身に負けてしまい重力の偉大さに感服してしまう。
「ユキ……………」
真音は手を伸ばして気を失ってるユキに触れる。
「ガーディアンを気遣うとは………情けない男だ」
オリオンマンは女に媚びる男が嫌いだ。真音の行動に余計に腹が立ち槍を振り上げる。
「バカ野郎………真音!上を見ろ!」
トーマスは力を振り絞り危険を知らせるが、真音は朦朧として気が付けない。
「まずは選定者たるお前からだ」
ギロチンのように真音の首を狙った時、
「そこまでだ!」
石田が銃を向けていた。
「何者だ」
オリオンマンは気配から石田が『ただ』の人である事はわかっていた。だから冷めた口調になる。
「槍を下ろしなさい」
後ろからはジルが、同じく銃をオリオンマンに向けている。
「ほう………もう一人選定者がいたか」
ダージリンの気配をジルの中から感じた。
「第5選定者オリオンマン!その子達は選定の儀を行う気はないんだ!」
真音達の命を守る為、石田は叫んだ。
オリオンマンは石田とジルに銃口向けられてはいるが、微動する理由はない。銃など問題にはならない。
「だからどうした?俺には関係の無い事だ」
「随分と図々しい黒人ね」
「白人お得意の人種差別か?くだらん」
ジルは差別してるつもりはない。もっとも人種否定ならトーマスの分野なのだろうが。
「オリオンマン、話だけでも聞いてくれ。君達選定者が戦う理由なんて無いんだ」
石田は説得を試みる。
「何を言ってる?選定者はガーディアンと共に戦うのが使命。最後の一人になるまでだ。大体、先進国のアホ共に従う義理はない!」
「図々しい上に頭が堅いなんて……アホはどっちよ」
「なんだと?」
「一番遅く登場しといて生意気なのよ!」
「くっ…………女あっ!」
ジルの挑発にまんまとのる。この手のタイプは冷静さを欠いたら終わりだ。
『オリオンマン!挑発にのらないで!』
ジルの意図を読み、メロウが叱咤する。
「どいつもこいつも………」
込み上げる怒りを抑え、オリオンマンはユキの背中に足を乗せた。
「撃ちたいなら撃てばいい。私はヒヒイロノカネを奪う」
真音の頭上にあった槍の刃は、今度はユキの首筋に当てられる。
「オリオンマン!!」
石田が引き金に軽く力を入れる。ジルと目を合わせいつでも撃てる準備をした。
「……………けろ………」
その時、真音がオリオンマンに向かって何か呟く。
「ん?なんだ、命乞いか?」
「ど…………どけろよ………」
聞き取れるほどはっきりとは聞こえない。それほどまでにダメージは大きい。
「その汚い足を………けろよ………」
オリオンマンの足にすがりつく姿はまるで亡者。でもそれはユキを想うが為。
「往生際の悪い……」
さすがのオリオンマンも気味悪ささえ覚える。
「如月君…………」
「真音…………」
石田もジルも今オリオンマンを撃つ事は可能なのだが、真音の危機迫る姿にただただ見ているしか出来ない。
「聞こえないのかよ……………その汚い足を…………ユキからどけろっつってんだよっ!!!!!!!」
力いっぱいオリオンマンの足を持ち上げ、ひっくり返す。
「ぬおっ!!」
でかい図体が雪の中に埋もれる。
「ユキ!!」
ユキを抱き上げると、ユキが意識を取り戻した。
「ま…………真音………」
「はは………よかった………死んだんじゃないかと思ったよ………」
真音の頬を涙が流れた。
「男のくせに………みっともない………」
「いいじゃんか………」
安心したのか、真音はユキをきつく抱きしめた。
「ちょ………ちょっと……!」
恥ずかしくて仕方ないのに、嫌な気にならない。嬉しくさえ思う。
石田は真音に駆け寄り、ジルはディボルトを解いてトーマスのところへ、ダージリンはエメラのところに駆け寄った。
「あの黒人………やってくれるぜ……」
「負けん気があるなら大丈夫ね」
トーマスはジルの肩に捕まり立ち上がる。
「化け物だわ………」
「エメラは……………愛されてない」
「え?」
ダージリンが何を言ってるのかと、その視線を辿る。先にはユキを抱きしめる真音。次にダージリンの視線はジルとトーマスへ。
「わ、私達はそんな関係じゃないもの!」
クールなエメラも、ダージリンには敵わないようだ。
真音達が無事を確かめ合ってると、オリオンマンが怒りの形相で起き上がった。
「油断したな」
『油断したな………じゃないわよ。何やってんのよ』
冷ややかにメロウに叱られる。
「うるさい。言われんでも今度は全員殺してやる」
オリオンマンが闘気を全開に槍を振り回した時、
キャアアアアアアッ!!!
女性の悲鳴が聞こえた。
「今の声は…………!」
石田の背中を冷たい汗がつたう。
同時に、気分が悪くなるような気配が湧いて出る。さっきまでの不穏で淀んだ空気の原因はオリオンマンではなかった。
「な………なんだこの気配は………」
オリオンマンですら立ち眩む。
「ジル!如月君達を頼む!」
「ま、待ってよ!」
真音達の事をジルに任せ、石田は悲鳴の聞こえた方へ走る…………嶋津の家へ。
『オリオンマン、私達も行くわよ!』
「何っ!?あいつらはどうするんだ!」
『そんな場合じゃないのよ!多分この気配は………奴ら。そう奴らが来たのよ…………レプリカ・ガールが………』
気丈で少しばかり傲慢なメロウが初めて声を小さくした。
ディボルトしているオリオンマンには伝わっている。メロウの緊張と怯えが。
メロウは知っている。この戦いの重大な何かを。
オリオンマンは自分が思ってる以上に厄介事に巻き込まれているのだと、今更ながら気が付いた。