第四十六章 兆し
2対1。真音とトーマスを相手にオリオンマン一人。それでもオリオンマンは強かった。
「他愛もない。弱すぎて話にならんな」
バトルを楽しむような趣向はないが、同じ選定者として真音とトーマスに幻滅した。
真音もトーマスも強くはなった。それはあの島でレジスタンスを相手に戦い、自分達でも感じていた。なのにいっぱいいっぱいだ。
「野郎…………なんて強さだ」
トランプを武器に炎やら氷やら………ほとんど魔法と呼べる現象でトーマスは仕掛けるが、それすら槍で振り払われてしまう。
「諦めるなトーマス!!」
真音は光の矢を具現して上空に向かって放つ。
一本の矢が、何百という数になってオリオンマンに降り注ぐ。
「こざかしい真似を!」
体内に秘めた闘気を一気に放出させ消滅させてしまう。
「この程度なのか。第6選定者とは雲泥の差だな」
「二ノ宮さんを知ってるのか!?」
「研究所のあった島で一度戦ってる。奴は強かった」
感心する余裕を見せるオリオンマン。島に二ノ宮とオリオンマンがいた事なんて真音には気付かなかったが、トーマスだけはあの時のやけに強い気配の正体がわかった。
「なるほどな。あの異常なまでの気配はお前と第6選定者の野郎だったのか………」
島を包むほどの気配だった。今だって悔しいが、真音がいなければとっくにやられていたかもしれない。
「弱い者いじめはこれぐらいにしてやるか」
オリオンマンは片膝を着き目を閉じると、右手を地面に当て詠昌する。
「偉大なるガイアの魂よ、その力で眼前の悪を打ち払い賜え…………」
オリオンマンがそう唱えた時、大気が振動を始める。
「真音、こいつはヤバイぞ……」
口の悪いトーマスも、何かただならぬ事が起きる気配を察知し口篭る。
オリオンマンは目をくわっと開き、
「プレートテクトニクス!!」
叫んだ直後、地面が波を打ち出した。
足を取られ跳ね上がる事も出来ずに地面の揺れから生じる衝撃に、真音とトーマスは呑まれていった。
子犬を抱え走るダージリンの姿は愛らしく、正之のフェチシズムをくすぐるほどだった。
「やあ、お散歩からマラソンに変更かい?」
「石田とジルを呼んで」
結構なスピードで雪の上を走って来たにしては、息の乱れがない。
「二人はまだお話中だよ。終わるまで取り次がないように言われてるんだ」
「オリオンマンが来た………彼は危険」
「お、おりおんまん?」
ダージリンは大きく頷くと正之を見つめる。
ダージリンが何を言ってのか理解不能だったが、危機迫っているのは伝わったようで、
「わかった。ここで待ってて」
嶋津の家に向かう。するとちょうど香織が出て来た。
「あ、お茶をお持ちしました。外は冷えるでしょうからどう………」
言い終える前に正之がつかつか歩いて来たので少し驚いてしまった。
「香織さん、先輩とフランス人を呼んで下さい!」
「は?」
「おりおんまんが危険なんです!」
「お、おりおん………?」
もう何がなんだかわからないが、やはり危機が迫っているのは伝わった。
「なんだかよくわかりませんが、お二人を呼んで来ればよろしいんですね?」
「お願いします!」
香織は二人を呼びに戻る。
「…………銃は必要かな?」
ダージリンに聞く。
「無いよりは」
オリオンマンに銃が通用するとは思えないが、自衛にはなるだろうと思って言った。
「教えて下さい嶋津さん、あなた達が『博士』と呼ぶ人物の名を」
石田には確信があった。『博士』は生きている。当時は『青薔薇』のみがガーディアンとして成功したが、その後も生きながらえ研究を続けていたのだ。
ユキ
エメラ
ダージリン
他の三人のガーディアンは『青薔薇』の研究から生まれたに違いない。それが出来るのは外ならぬ人造人間の理論構想を打ち立てた『博士』だろう。彼の存在をレジスタンスが知れば黙ってるわけがない。石田は逸る気持ちを抑えるのが精一杯だった。
「博士が………生きてる……?」
嶋津はショックを受け、ほうけてしまっている。考えた事もなかったのだろう、『博士』が生きているなどと。
『博士』が生きてる可能性がある事でショックを受けるのは、百年前、研究所の終わりの日の出来事が嶋津の心に大きな傷を残していた証拠。それだけ凄まじかったのだ。語る以上に。
「嶋津さん!」
石田は急かした。もう少しで嶋津の肩を揺さぶろうと思っていた時、
「失礼します!」
香織が声をかけ襖を開けた。
「お話中すいません。石田様、アントワネット様、斎藤様がお呼びです」
「正之が?」
「はい。なんでも、おりおんまんがどうとか………」
「おりおんまん?」
はて、どこかで記憶した言葉だと石田は考え込んだが、ジルがその答えを言う。
「第5選定者よ!」
「何っ!?」
「敵か味方かわかんないけど、なんか嫌な予感がするわ」
石田は少し思慮して、
「行こうジル。如月君達が心配だ」
オリオンマンがどんな奴かは知らないが、真音とトーマスが急に心配になってきた。
「嶋津さん、少し待ってて下さい。すぐ戻って来ます」
そう言うと二人は部屋を飛び出した。
「なんだか嫌な予感がするわ」
廊下を走りながらジルが言った。
「やめろ。不吉は口にするな」
外観の見た目より、やけに広い家だなとは思ったが、こんなに廊下が長かったとは感じなかった。一本道だし、迷ったというわけではないのだが。
「ジル」
「何?」
「これを渡しておく」
石田は立ち止まって懐からかなり大きい銃を出す。
「これって………デザートイーグル………」
ずっしりと文句なしの重量感。愛用していたジルの銃よりそれは威力のある銃。拳銃では最高の破壊力を持つ。
「生産中止になった14インチモデルを組織が改良したものだ。弾はマガジンに一応入ってるが…………君の場合はダージリンがいれば不要だろう」
島でジルが銃を使って不思議な技を見せてくれた。弾が無くても十分だと知っている。
「あんたは?」
「俺にはこれがある」
そう言って腰からもう一丁取り出す。
「P220じゃない。ま、無難なところかしら」
「どっかの軍隊のお下がりだが、手に馴染んでてね。デザートイーグルよりは扱いやすい」
互いの自衛手段を確認し終えると、
「さ、行こう」
「レンタル料は払わないからね」
再び長い廊下を走り出した。
しかし誰も気付いていない。今辺りを包んでいる不穏に満ちた空気。その元凶はオリオンマンではない事を。