第四十五章 正義の鉄槌
石田とジルを待って一時間が経った頃、辺りは不穏な空気に包まれていた。
「何?この嫌な空気……」
エメラがいち早く気付くと、ユキとダージリンも淀んだ空気に気付く。
「…………初めて感じるわ」
「ユキはエッチ………」
「そういうのじゃないし!」
ダージリンだけはマイペースのようだが……。
「ガーディアン・ガールが三人揃って何をしてんのかしら?」
頭上から声がした。
「メロウ!!」
木の上にいるメロウをユキが見つけると、メロウが飛び降りて来た。
「三人も揃ってるのなら手間が省けて助かる」
オリオンマンがユキ達を挟むように後ろから現れる。
「第5選定者…………現る」
ペースを崩さずにダージリンが言った。
「選定の儀はどうしたの?まさか仲良しになっちゃったとか?だとしたらウケるんだけど」
甘い笑顔はしているが、メロウからは殺意を感じる。不穏な空気は彼女からか?
「別にそんなんじゃないわ。それよりあなたこそ随分姿を見せなかったのね………メロウ」
エメラがメロウに詰め寄る。
「いろいろ事情があるのよ、私にも」
エメラはもとより、ユキもダージリンも逃げる気はない。が、選定者がいなければガーディアンの力などたかが知れてる。エメラ達に青薔薇のような奇跡的な力はない。
トーマスと真音がこの事態に気付いてくれなければ最悪な事になる。
「そ。ま、あんたの事情は私には関係ないから」
メロウを軽くあしらう。少しでも強気でいたい。
「おいメロウ!いつまで話してるんだ!とっとと片付けるぞ!」
でかい声でオリオンマンが言った。派手なコートはメロウの趣味だろうか、オリオンマンには似合っていない。どこかの成金にしか見えない。本人は寒ささえ凌げればなんでもいいのだろうが。
「わかったから、いちいち怒鳴らないで」
ため息をつくのは毎度の事だから。
「会ったばっかでなんだけど、お別れの時間よ!」
そう言ってメロウは高くジャンプして、華麗にムーンサルトを見せてオリオンマンの横に着地する。
「ユキ…………」
「真音がいてくれたら………」
エメラに判断を求められたが、成す術はない。
そしてメロウとオリオンマンはディボルトする。
その気配に足がすくむ。
「なんて気配………」
エメラですら怯む。
ダージリンはミルクを抱え上げディボルトしたオリオンマンを警戒する。
「私の名は第5選定者オリオンマン。世界を乱す人類に正義の鉄槌を下す為、お前達ガーディアンを倒し神になる男だ」
オリオンマンの身長は推定190前後。それよりも大きな槍を具現化する。
「槍と鉄槌じゃえらい違いよ?」
ユキが皮肉を言って見せるが、オリオンマンは特に気に止めるそぶりはない。
「そういう皮肉は私を倒してからにするのだな」
槍を構えユキ達に攻撃を開始した時、
「フンッ!」
自分に向かって飛んで来た何かを槍で振り払った。
「…………カード?」
落ちたトランプを見た。
「誰だっ!?」
「神になる男が少し卑怯なんじゃないか?」
現れたのはトーマスだ。
「トーマス!!」
クールなエメラが心なしか安堵の笑顔をしたように見えた。
「トーマス…………第3選定者トーマス=グレゴリーか………」
「ようやく姿を見せたな、第5選定者オリオンマン!待ちくたびれたぜ」
胸騒ぎがして駆け付けたのだ。
もちろんこの男も。
「ユキ!」
気の利いたセリフも言えずに登場するあたりが真音らしい。
「真音!何やってたのよ!危ないところだったじゃない!」
「悪い悪い。変な気配感じたからこれ取りに行って来たんだ」
頭を掻きながら弓を見せた。
「第1選定者如月真音。どいつもこいつも幼いではないか」
「オリオンマンだったっけ?悪いけどユキには指先すら触れさせない!」
キッと言うが、あまりに恥ずかしいセリフに顔を赤くしてユキが怒った。
「バ、バカッ!何言ってんの!!」
「バカとはなんだ!ユキを守ってやるって言ってんじゃんか!」
怒られる理由が真音にはわからない。
「それがバカって言ってんの!恥ずかしい……」
「何が恥ずかしいんだよ!」
「でかい声で言うから恥ずかしいって言ってんの!」
オリオンマンは自分を挟んで言葉のやり取りをされ、すこぶる不愉快になった。
「いい加減にしろ!戦う気があるのか!?」
こればかりはトーマス達もオリオンマンに同情する。
「ある!」「あるわよ!」
二人は同時に言って息の合うところを無意識に見せた。
「ユキ、とりあえずはディボルトしなくちゃ話にならないわ!トーマス達のところまで跳ぶわよ!」
メロウがやれた事くらいは自分達にもやれる。
「オッケー。ダージリンはジル達にこの事を伝えて!」
「わかった」
ダージリンは頷くとミルクを抱えたまま走った。
「行くよ!トーマス!」
「いつでもいいぜ!」
エメラが高く跳ぶ。
「真音!準備しなさいよ!」
「わかってる!」
ユキはオリオンマンから離れるように走り、途中で木に向かって跳び、幹を蹴って真音の元に行く。
二人で同じ方向へ跳べばオリオンマンの餌食になると、暗黙のうちに理解したのだ。
ユキとエメラは攻撃を喰らう事もなく真音とトーマスの元に着地出来た。
そして互いに視線で合図をしてディボルトする。
その光景を見ながら、
『どうして片方だけでも攻撃しなかったのよ』
メロウがオリオンマンを責めた。
「せめてフェアにしてやろうかと思ってな」
『余裕ぶっこいて足元すくわれないようにしてよ』
「言われるまでもない」
正義の鉄槌を振り下ろす為、オリオンマンは真音達の前に立ちはだかる。
最初は20分。その次は多分15分。間隔は次第に短くなり、通話を切ってはまたかけ直すまでに至っているのだが、ロザリアは気に入らない。
「………ダメだ。何度かけても繋がらない」
「フラれたんだよ」
断じて恋ばなではないのだが、ロザリアは先入観に囚われて疑心を払えない。
またかけ直す二ノ宮から携帯電話を取り上げる。運転中だったので慌ててしまい、ステアリングがぶれて車も蛇行する。
「ロザリア!危ないじゃないか!」
「運転中に電話する方が危ないもん」
いつもはイヤホンマイクを使用しているのだが、何度かけても繋がらない苛立ちには勝てず外してしまったのだ。
「返せよ」
「やだ」
「お前と漫才する気はないんだよ」
「やだって言ったらやなの!」
聞き分けのない子供だな。と、毎度の事ながらも短くため息をついた。
「どうしてこの女に連絡したがるの!?」
「電話が繋がらないなんておかしいからさ」
「あっ、今否定しなかった!やっぱり女なんだ!もう〜頭に来た!」
他人の前でもこのくらい感情あらわに話してもらいたいくらいだ。
「わかったよ。お前とはここで終わりだ」
車を路肩に停める。
「降りろ」
「え……………」
「別れよう」
断っておくが、二ノ宮は三十歳。ロザリアはまだせいぜい十五歳くらい。恋愛対象にはならない。これは二ノ宮の演技。恋仲だと思っているロザリアを…………悪く言えばいじめてるだけ。
「な………なんで?」
「聞き分けのない女は好きじゃない」
「や……やだ………やだもん……」
うるうると瞳を潤ませる。傍から見たら犯罪でも犯してるようにしか見えない光景だ。
「なら電話を返せ」
「返したら………別れない?」
「ああ」
「ホント?嘘つかない?」
「つかないよ」
「なら返す」
相手はガーディアンとは言え、いたいけな少女を泣かせてしまった事はせつないものだ。
「じゃあ誰なのかちゃんと説明して?」
それでもやっぱり気になってしまう。
「説明したいのは山々なんだが、直接会ってもらいたいんだ。近いうちに約束するつもりだったんだが…………」
連絡がつかない。
「私が会ってどうするの?」
「会えばきっと………まあ最初は戸惑うだろうが、喜んでくれると思うよ」
よくわからないが、二ノ宮がそう言うのだから間違いないのだろうと、今は納得するしかない。
「わかった。会ってケリをつける」
「だから違うって………」
「私………負けない!」
人の話を聞いてるんだか聞いてないんだか…………二ノ宮は再び車を発車させた。
「ねぇ……」
「ん?」
「なんで眠れる獅子に情報を流すの?」
「……………ロザリア、覚えておくといい。個人でやれる事には限界が付き纏う。だが組織というものは、やり方次第では無限の可能性がある。組織力ってのはバカに出来ないんだよ」
「利用してるって事?」
「もちつもたれつ……だよ」
変に素直に受け入れる癖がロザリアにはある。だから悪影響のないように言い換えた。
「ただ、眠れる獅子が常に期待通りに動いてくれるとは限らない。万が一の事態が起きた時は自分で身を守るしかない」
「大丈夫。セイイチには私がいる」
「フッ」
嬉しかった。二ノ宮はロザリアの頭をわしわしと撫で回した。
眠れる獅子、レジスタンス、選定者とガーディアン。今はまだ自分の手の中にあると感触を実感出来ているが、リオに連絡が取れなくなった事が影を落とす。
(まさか殺されたとは思えないが………)
ヒヒイロノカネはリオに渡してある。それはリオの元にあるうちは安全だろうが、もしレジスタンスに渡ってしまったら…………。
真の戦いを始めるまではまだ時間がかかる。