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第四十四章 罪人哀歌(後編)

「一応お尋ねします。嶋津源次郎さん。百年前にあの島………太平洋にある人造人間研究所と称された施設で働いていた嶋津さんで間違いないですね?」


嶋津から放たれる異様な気配。顔面の半分が金属で覆われている異質な出で立ちからではなく、気配………オーラそのものに石田は緊張していた。


「聞くまでもなかろうて。知ってて来たのだろう?」


嶋津は火鉢の炭をつっつきながら言った。

ジルは何か言いたそうにしていたが、石田は情報収集のプロだ。彼に任せる事にした。


「さて………何が知りたい?」


しゃがれ声だけが老人を表現し、肉体は未だ中年程度。これで140歳だと言う。

 もう常識の通用しない世界へと迷い込んでいた。


「………全てを」


「全て…………ハハハ。なるほど…………全てか」


「教えて下さい。あの研究所の全てを」


嶋津は火鉢に掛けられていた茶釜を取り、脇にあった湯呑みに茶を注ぐ。石田と……ジルの二人分。そして香織は何も言わず頭を下げて出て行く。

石田には知りたい事が山ほどある。嶋津の容姿も、ヒヒイロノカネの事も青薔薇と呼ばれていたガーディアンの事も、あの島の事も、それらに纏わる全て。だから『全て』としか言えなかった。

幸い、嶋津にはその意味を理解出来ていた。

二人は茶を出されると、冷えた身体を暖めようと口に含むと、嶋津はゆっくりと語り始めた。


「………あの研究所はそもそも兵器開発の施設だった。長引く戦争を終わらせるような兵器のな」


「しかしながら、研究所で見つけた資料は様々な言語で書かれていました。まさか日本がそんな事をしていたとは思えません」


戦争を終わらせる為に兵器を開発していたにしては、言語が多種あるのはおかしな事実だ。

なにゆえ様々な国の研究員がいたのだと言うのか。


「日本は関係ない。他の国々もだ」


「では一体………?」


「あそこには世の中に不満を持った科学者達が、自分達の手で新しい世界を構築しようと集まったのだ」


「まさか偶然世界中から科学者が集まったなんては言わないですよね?」


石田は『偶然』の一言を恐れた。そんな都合のいい言葉は聞きたくない。もっとしっかりと根の張った事実だけがほしい。


「もちろんだ。指揮をとっていた人物がいたよ。彼が世界中から優秀な科学者をスカウトしてきたんだ」


「兵器開発の為ですね?」


資料にもそう書かれていた。ガーディアンは元々兵器として開発されたと。


「そうだ。言葉の壁はあったが、彼の存在がそれすら打ち消してしまった」


しきりに口にする『彼』。気になる。


「『彼』………とは誰なんですか?」


「博士だよ。ガーディアンを造る為の理論構想を打ち立てた。我々と同じ日本人で、若かったが群を抜いて天才だった。普通科学者という生き物は、自己の理論を安易に否定はしないし、他人の理論を安易に受け入れるような事もしない」


「その博士が青薔薇を?」


「博士はどこからかダイヤよりまばゆく輝く金属を持って来た。いや、今考えれば最初から持っていたのかもしれんな」


ダイヤよりまばゆく輝く金属。考えるまでもなく『ヒヒイロノカネ』だ。ガーディアンを語る上では欠かせない。


「ヒヒイロノカネ………」


石田は独り言のように言い、その独り言を拾い上げたのはジルだった。


「ヒヒイロノカネって結局なんなのかしら?ガーディアンの中にあるみたいだけど」


嶋津に目をやる。長い昔話に興味はない。


「ヒヒイロノカネに関しては、お前さん達の望む答えは残念ながらない」


「それはどういう事ですか?」


つかみ掛かる勢いのジルを制すように石田が言った。


「あの金属に関してだけは、博士は詳しく語る事はなかった。ガーディアンを造る上で、必要だとしか言わなかった。ただ、非常に面白い物質でな、物質の持つ温度が39℃になると溶けて液体となり、42℃になった段階で気化………気体になってしまう。あんな物質は後にも先にもあの時しか見た事がない。科学者ならば誰もが虜になってしまうだろうな」


それはそうだろう。見た事も聞いた事もない物質。科学者でなくとも虜になってしまう。

もっと知りたいとは思うが、嶋津は本当に知らないようだ。追求しても何も出て来そうにもなく、ヒヒイロノカネに関しては後回しにするしかない。


「ヒヒイロノカネについてわかる事はそれだけって事か」


「しょうがないわよ。トップシークレットだったんでしょ」


悔しがる石田を慰めようとは思わないが、あれこれ聞いてもこちらの求める『全て』と嶋津の知る『全て』にはギャップがあるようで、合致する確率に期待は持てない。資料のほとんどが、それぞれの研究員の視点からしか書かれていない理由はそこにあるのだろう。だからジルは気持ちの切り替えを見せた。

その甲斐があったかどうかは不明だが、石田はもっとも気になる事を切り出した。


「研究所から持ち帰った数多くの資料………そこには『青薔薇』と呼ばれるガーディアンがよく出て来ます。いえ、むしろ『青薔薇』以外のガーディアンは研究されなかったような……確か唯一ヒヒイロノカネに耐えられたとか」


「……………その通りだ」


急に嶋津の声のトーンが下がった。


「数百は実験体があったんでしょ?ヒヒイロノカネがなんなのかは置いといて、どうして『青薔薇』は耐えられたの?」


嶋津を追い込むような口調でジルが問う。


「わからん。『青薔薇』は博士が連れて来た女でな、ヒヒイロノカネの実験が成功するまでは我々も彼女の存在を知らなかったのだ」


「ちょ、ちょっと待ってよ!連れて来た………って?」


追い込むつもりが意外な言葉が飛び出て来て、ジルは乗り出した。

石田も聞き逃さなかった。確かに「連れて来た」と言った。


「嶋津さん、ガーディアンは造られたんですよね?極端な話、ロボットと同じような存在なんじゃないんですか?」


人造人間…………ガーディアンの身体がどんな素材で出来ていて、どんな仕組みで動いているのかなど考えてもみなかった。


「………そうか、知らなかったのか。ガーディアンは空想の世界のような特別な存在なんかではない。ましてやロボットでも。彼女達は人間だ」


「「!!!」」


石田とジルはしばらく声を発せなかった。

ガーディアンは人間。それが本当なら感情がある事も不思議ではない。あれだけ何かある毎に一喜一憂するのだ。兵器として生まれるのには、あまりに不必要。

だが、そうなると知りたくもない事実も浮かび上がる。実験体は数百にも及んだとあった。最終的に当時は『青薔薇』が残り、現在は選定者六人に対してに一人ずつ、つまり六人のガーディアンがいる。

『青薔薇』がその後どうなったかはわからないが、少なくても計七人のガーディアンを残して他は存在していない。それは人体実験をしたあげく、使い物にならなくなって遺棄したという事だろう。

罪を犯した………そんな記述もあったのを思い出した


「人体実験を行った………それなら話が繋がります。嶋津さん、百年も前の殺人を罪に問う事は出来ません。それがどんなに非人道的であったとしても。ですから教えて下さい、どうやって数百もの人間を実験体にしたのですか?」


「…………拉致だよ」


「拉致?」


「ああいう時代だ、いなくなってもいい人間などいくらでもいた。特に若い少女は売り買いされてたくらいだ。そういうわけありの少女達を次から次へと…………罪には問われなくても許される事ではない。だが科学者というものは、目の前に素晴らしい研究があると自分を見失ってしまう。人造人間を造るなど、成功すれば偉業と讃えられるだろう。地位も名誉も思いのままの研究だった。それに、自分達が新しい世界を創る。歪んだ思想も後押しして誰も止めなかった」


石田は欲に駆られた科学者達を想像する気にはなれなかった。

理想の為の研究。犠牲になった少女達は、おそらく研究以外にも利用されたはずだ。何もないあの島で、拉致という形で連れて来られた少女達は、男達の道具にもされただろう。思い出すようにまぶたを閉じた嶋津を、石田はただ見つめていた。

しかし、ジルだけは抑え切れない怒りに駆られる。


「なんて奴らなの。人体実験で数百もの女の子達を殺したって言うわけ?最低だわ。一体、人間をなんだと思ってるのよ!」


ダージリンの顔が浮かぶ。それにユキやエメラ、残る三人のガーディアンもすんなり出来上がったとは思えない。人体実験は繰り返されたはず。

仮に、ダージリン達はなんの障害もなくガーディアンに造られたとしても、彼女達もわけありの少女達同様に事情のある人間で、拉致されて来た可能性は十分にある。


「よせジル!」


嶋津を責めても解決にはならない。もう百年前の話だ。それでもジルは石田を無視して声を荒げる。


「科学者なんて所詮、自己満足の世界の生き物だとは思っていたけど、あまりにも勝手過ぎるわ!どうせ研究目的以外にも利用したんでしょ!」


同じ女として、想像に耐えない。


「なんとか言いなさい!あなた達に利用されて死んで行った少女達が、どれほどの悔いを残して死んだのか!どれほど涙を流して死んだのか!一度でも胸を痛めて懺悔ざんげをした事はあるの!!?」


「いい加減にしろ!俺達はここに何しに来た!?ただ事実を知りに来ただけだ!」


ジルに睨まれた瞬間、思わず手が出てしまった。石田の人生の中で、女に手を上げたのは初めてだった。


「…………………。」


ジルの頬を涙が流れた。肩を震わせ泣いているのは同情からだけではなく、ダージリンを思って泣いているのだろうと、石田はそれを聞く事は出来なかった。


「ジル………気持ちはわかる。嶋津さん達のした事は許されない行為だ。だが罪を償わせる為にここに来たわけじゃない。俺達が生まれる前の罪をどうして責められる?それが間違いだったと責める権利は俺達にはない。君にならわかるだろう?」


違う時代に生まれた人間の罪を責める権利など誰にもない。どんなに重い罪も、人類の歴史の一部でしかない。これからも続く未来への針を止めずに歩いて行くのは、今を生きる者達の責務。ジルにならそれがわかると、石田は信じている。


「……………ちょっと演技しただけよ」


顔を見せずに言った。


「当時、なぜ誰ひとりとして間違いだと気がつかなかったのか……………百年経った今も無関係の人間を傷つけてしまうとは………」


石田とジルを見て、嶋津は犯した罪の重さが認識しているより遥かに重い事を知らされた。


「今にして思えば何百人もの少女は、『青薔薇』を造る為のモルモットでしかなかったのかもしれん。博士の『青薔薇』への執着、見方を変えれば溺愛にも見えた」


嶋津の言葉に耳を傾ける。少しずつ真実が近づいている。


「『青薔薇』が造られてからは、実験体の必要がなくなった。その後はひたすら『青薔薇』だけに時間と金が使われた。あの時以来、少女達の拉致が行われる事はなくなったのは事実だ」


「でも『青薔薇』はあなた達を苦しめた…………」


石田は記述の事を言った。


「『青薔薇』はヒヒイロノカネを体内に取り入れる事に成功した唯一のガーディアン。多様な超能力を身につけ研究者達を驚かせたが、彼女は精神の安定を失い、度々錯乱状態に陥った」


「ええ、長い事続いたらしいですね。そこで気になる事があります。『青薔薇』が何かをし、一度は研究の中止が決定したようですが、一夜にして再開を承諾されてます。なぜです?」


「…………『青薔薇』の錯乱状態は次第にその時間が長くなり、錯乱を超えてトランス状態へと変わっていった。トランス状態になった『青薔薇』は研究員達を……………食べてしまうにまで至ったのだ………」


「それが中止の理由だとしたら、再開された理由はなんです?」


「後で知った事だが、『青薔薇』の状態をスポンサーに密告した者がいてスポンサーが表ざたになるのを恐れ手を退いたのが中止の理由だったそうだ。そして再開されたのは、別のスポンサーがついたからだ」


研究には莫大な費用がかかる。存続の鍵はスポンサー次第だったというわけだ。


「たった一夜で莫大な費用を肩代わりする人物なんて……」


そうはいない。石田は冷めた茶を飲み干す。


「いたのだよ、フランスの資産家で、アントワネット一族がスポンサーを申し出たらしかった」


「ア…………アントワネット……?」


石田はジルを見た。ジルのファミリーネームは………アントワネット。

ジルも驚いた顔をしている。

まだジルの家系だとは決まってないが、ジルが資産家の娘である事は調べてある。代々続く資産家の一族。他にアントワネットと名乗る資産家はフランスにはいない。


「それは…………間違いない……の?」


ジルは恐る恐る聞いた。聞き間違いであってほしい。なんとなく嫌な予感がするからだ。

百年前の罪で罵った。まさかその罪に自分の家系が携わっているとは思いたくない。

嶋津の答えは、


「間違いない。博士がその名を口にして喜んでいたからな」


ジルは放心状態になる。

選定者に選ばれたのは単なる偶然ではないという事だ。


「ジル………」


石田はジルを気遣って声をかけようとしたが、なんて言えばいいのか言葉が見つからない。


「大丈夫よ、続けて」


逆にジルが石田に気遣いを見せた。


「それで……………その後はどうなったんですか?資料にはそこまでしか書かれていませんでした。その後研究は中止になったのだと推測されます。しかし、指揮をとった博士と、肝心の『青薔薇』はどうなったのか………まさか知らないとは言わないですよね?」


石田の中にも嫌な予感が芽生え、払拭する想いだった。


「申し訳ない。『青薔薇』は死んだと思うが、博士の事は知らないんだよ」


「そんな………」


「研究の続行は長くは続かなかった。『青薔薇』の力は超能力という壁を超えて、神とも思える力となった。身近な範囲でなら自然現象さえ思いのまま、睨みつけるだけで相手の自由を奪い全身の骨を折る事さえやってのけた」


「もしかして嶋津さんのその顔………」


「肉を剥ぎ取られてな。博士の近くにいたワシは、博士の手によりヒヒイロノカネで補修されたよ。ヒヒイロノカネの力のせいであれ以来歳を取らない身体になってしまった」


嶋津は茶釜から石田とジルの湯呑みに茶を入れた。


「手に負えなくなった『青薔薇』は廃棄が求められ、我々研究員は武器を手に立ち向かった。その日は嵐であった事、『青薔薇』の状態がトランスではなく錯乱にあった事もあり、崖の上まで追い詰める事が出来た。そして『青薔薇』は足を踏み外し、嵐の海へと落ちた。遺体は結局見つからず、最後まで『青薔薇』を庇ってた博士は、遺書を残して消えていた。溺愛した『青薔薇』の死を目の当たりにして生きる気力を失くしたのだろうな」


百年前、あの研究所で何があったのかこれではっきりした。

ヒヒイロノカネに関してはわからず終いだが、十分な情報となった。


「……………わかりました。なら我々からも嶋津さんへ一つ情報を」


「ワシに?」


不思議そうに石田を見る。


「人造人間………ガーディアンは現在六人存在してます」


「………な、なんだと……!」


「あなた達の研究を継いだ者がいると思われます」


「バカな…………我々研究員ですらヒヒイロノカネをどうやって人体に組み込んでいるかわかんのだ、その詳しい設計図すら目にした事がないというのに…………誰が………誰が………」


「あなたの話を柱にして考えれば、博士は生きていたのでは?それに、ヒヒイロノカネを使えば老化まで防げる事はあなた自身で証明されている。生きて『いる』と考えるのが自然ではないでしょうか」


金属で覆われた左半分を触り、嶋津は落ち着きを失くす。


「では最後にお聞きします。あなた達が博士と呼ぶ人物。その名前を教えて頂きたい」


石田は最後の質問をした。


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