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第四十三章 Dear Fate

「トーマス」


真音に呼ばれて振り向く。


「なんだ?」


何を考えてるかよくわからない男だと思うのはお互い様だろう。

真音は一人山から町を見下ろすトーマスに孤独を感じた。普段何かと文句の多いトーマスだが、近くにいてみると時折淋しそうな顔をする。真音にはまだトーマスやジルに聞かなければならない事がある。


「この先どうするんだ?まだ選定の儀をやるつもりなのか?」


「何を言い出すかと思えば………」


「そんなに神になりたいのか?しつこいと言うかもしれないけど、俺にとってははっきりさせたい事なんだよ」


真剣にトーマスを見つめる。

真音もトーマスやジルが目的を失いつつある事をわかった上で聞いている。口でなんと言おうとも、迷いがあるからこそ眠れる獅子に協力しているのだろう。


「…………神になれるなんて本気で思ってるわけないだろ」


思わぬ本音を聞いてしまう。


「ならどうしてあんなに……」


「妹の為だよ」


「妹?」


「ああ。難病でな。治療には金がかかる。マジシャンとして生計を立ててたけど、売れっ子ってわけじゃないからな。金はなかった。どうしようかと悩んでる時、エメラが現れて選定の儀の事を聞いた。そして間もなく、大統領から直々に呼ばれて選定の儀で神になれれば妹の治療費は全部持つと言われてな……………チッ、なんでお前にこんな事言わなきゃなんねーんだよ」


自分でも知らないうちに真音に気を許していた。何となくそれが恥ずかしく思えた。


「なんで大統領がそんな事を?」


「バカだな。俺が神になれば国が何かと有利だろ。権力者達が何を企んでたかは知らねーけど、下心はあったんだろうな…………って、だからなんでお前に話さなきゃなんねーんだ!」


「まあいいじゃないか」


距離が縮まった気がして、真音は笑顔を我慢出来なかった。

 だがトーマスの事情を知った今、真音が彼に求める事はあまりに無責任にもなる。


「でもそれなら選定の儀はやめられないんじゃ………」


遠慮してるわけじゃないが、伺うような聞き方意外思いつかない。


「………………………。」


しばらく待ってはみたが、トーマスからの返答はなかった。その意味は悩みのレベルが深い事にある。今までは真っ当な意見を主張しているのだと、間違ってはいないと思って来たが、立場というものは視野に見えてなかった。


「りょ、両親は?やっぱりマジシャンとかそういう関係の仕事してるの?」


「………両親なら俺と妹を残してどっかに行ったよ」


「え………?」


「ろくでなしだったからな。母親は男を作って………父親は妹の難病に向き合えずに逃げたんだ」


「……………………ご……ごめん」


言葉とは儚いもので、気持ちの全てを伝えるのは困難だ。互いに会話の中から相手の心情を読み取るしか意志疎通は出来ない。

人は言葉が話せる分、他の動物よりも優れているという。たが、言葉がどんなに不便な魔法であるか………感謝の気持ちは完全には溶けていかないのに、心を壊すのには十分な威力を発揮してしまう。もし、進化の過程で他の動物がその事実を知り、敢えて『言葉』という魔法を見捨てたのなら、果たして人は優れていると言えるのだろうか?

『言葉』を持たずしても互いを理解し合える、人に『動物』というカテゴリーにくくられた種族の方がより優れているのではないか?

真音がこの世に疑問を抱いた時、いつも二ノ宮を思い出す。


−命は平等じゃない−


そんな事を堂々と、さらっと言ってしまう人物など出会った事がない。常識を偉そうに言う社会的地位の高い人物なんかとは次元が違う。あの日、禁断思想に触れてから、この世に世界が二つある事を知った。

二ノ宮ならこんな時なんと言うのだろうか………やはり慰めるのだろうか?


「お前が謝るなよ」


あれこれ考えてると、トーマスが鼻で笑って言って来た。


「俺に同情してるならそいつは迷惑だ。俺は自分の人生を悲観してない。そういうのが大っ嫌いでな。どんな環境だって、捉え方次第で天国にも地獄にもなる。自分でどちらで生きて行けるか決められるなら、お前だって天国を選ぶだろ」


真音からすれば不憫だと感じたトーマスの人生。本人はそれすら天国だと言う。歳は変わらないくらいなのに、自身が虚しく思えた。


「なんだか少し見直したよ」


「ケッ。別に見直されなくたっていいよ」


トーマスは照れ臭そうに言った。


「ま、俺だってバカじゃない。選定の儀なんてくだらないって思ってるんだ。ただ、今はどうしたらいいのかわからない。眠れる獅子にいるのも、やるべき事を見つける為だ。お前だって、ジルだって同じだろ?」


「わかったよトーマス」


それ以上は何も言わなかった。トーマスが自分の事情を話してくれた事。それだけで十分だった。










追って来る隊員達をあっという間に倒し、リオはレジスタンス本部の屋上へ来ていた。


「ここからの眺め………好きだったのに」


眼下に広大な海。月が支配する夜の世界では何人も寄せ付けない漆黒を生み出す。リオにはそこにロマンスが感じられた。

しかしそれも今日まで。裏切りがバレてしまっては、もうここにもいられない。


「うっ………!」


めぐみにやられた毒矢のせいで胸が苦しい。何の毒かは知らないが、適度な速度で体内を回ってくれる。


「逃げる場所が屋上とは………まさか翼でも生えて飛んで行くんじゃないだろうな?」


「メグミ………」


逃げた場所を間違えたわけではないが、毒が効き始めたとなっては窮地へと変わる。

そしてめぐみには李も付いている。


「変な力を使うくせに毒には弱いのか」


李がリオを皮肉った。


「残念だよ………リオ君」


ビリアンまで現れた。その表情は厳しく、かつての上司の顔はない。


「女の家を勝手に荒らすのは………あまり褒められた事じゃないわよ」


リオにもかつての部下の顔はない。


「確かに。不本意ではあったが君への疑心を取り除きたかった。だがこんなものが出て来てしまってはね」


取り出したのはプリズムの輝きを放つ物体。


「あの世へ行く前に教えてもらおう。これは『ヒヒイロノカネ』で間違いないね?」


ビリアンの手で妖しく存在する。


「あれだけ厳重に保管してたのに……迂闊だったわ。あの人が身体を張って探してくれたのに」


「あの人とは第6選定者の事かね?」


「…………だったら?」


この期に及んで否定するつもりはない。ビリアンが手にしてるのは『ヒヒイロノカネ』であり、内通していた相手は第6選定者・二ノ宮である。はっきりと口にはしないが、答えは出ている。

 リオは強気な姿勢を貫く。肯定すれば二ノ宮とロザリアに危険が及ぶと知りながら。


「妬けるよ。私は君を信頼していた。君ほど優秀な部下は他にはいない。あまりの優秀ぶりに、まんまと騙されたがね」


「勝手に騙されたんでしょう?恨むなら自分の浅はかさを恨む事ね」


今まで見た事のない強気なリオも、それはそれで魅力がある。

悪魔にも見えるその微笑み。彼女の正体を覗きたくもなる。


「君がそんなに強気な女性だとは思わなかった………いや、見抜けなかったと言うべきか。だがそれでこそリオ=バレンタイン。私が惚れた女性だよ」


「嬉しくないわ。あなたみたいに何かと秘密を作る男は嫌いなの」


「フッ……なるほど。そこまで魅力があるのか………第6選定者は」


ビリアンに二ノ宮への興味が湧いて来た。

リオを自分のものにしたいなどと下心を抱いた事はないが、下心無くしても魅惑的な女だ。なにより絶大な信頼を置いていた。そんな女が信頼する男。彼に会わずにはいられない。ただし、リオを始末してから。


「ビリアン様、お話はその辺で。毒が回って辛そうですし」


めぐみがニヤリとする。

リオの表情が苦痛に変わった。


「そうだな。その前にもうひとつだけ聞こう。君は何者なんだね?」


めぐみは既に弓を引いている。李も、全身は痛むが今のリオなら倒せる自信はある。

後はリオがビリアンの質問に答えればそれが合図だ。


「私?私はリオ=バレンタイン。ただの女よ」


そう言うと、めぐみと李の攻撃を喰らう前に、漆黒の海へとビリアン達を見たまま飛び降りた。


「「「!!!」」」


三人が慌てて駆け寄り海を見下ろすが、辺りは闇。場所は地上百メートルの高さ。確認出来るわけもないが、リオが万に一つも生きている可能性もない。


「ビリアン様………」


めぐみは指示を仰ぐ。


「………こういう終わり方は好きではないが、生きてはいまい。ただ念の為に死体を捜させたまえ」


「わかりました」


リオの座を奪った瞬間だった。

ビリアンは去り、めぐみも去った。残った李はディボルトを解き、ガーネイアと分離する。

途端に李が膝をつく。


「リー!」


リオの攻撃で全身の骨が損傷しているのは明らかだった。


「大丈夫だ………」


「無理はあかんよ………」


ガーネイアは小さな身体でなんとか李を抱えようとする。


「よせ。大丈夫だと言ってるだろ」


「大丈夫じゃない。リーの苦しむ姿は見たくないんよ」


涙を浮かべる必死な姿に、痛みすら忘れて微笑んでしまう。


「ありがとう…………ガーネイア」


運命はまだ選定者とガーディアンを解放する気はない。


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