第四十章 Amの二人
ロザリアがテレビを見ていると、二ノ宮の携帯が鳴った。
サブディスプレイには『Z』と表示されている。
「…………………。」
あまりにも怪しい着信に迷いが生じる。電話に出てしまおうかと。二ノ宮は今シャワーを浴びている。出るなら今しかない。いつもかかってくる相手が誰なのか確かめたい。
しかし、もし『女』だったら?上手く対応出来るだろうか?
もし出た瞬間に、相手の方が逆上したら…………そう思うと怖くなる。でも不安な気持ちは早く払拭したい。そうだ、声を聞くだけなら問題はない。そう思って携帯に手が伸びる。まだ着信はなっている。何をそんなに話す事があるのか。段々腹が立って来た。
と、後少しというところで別の手が伸びて携帯を取った。
「はい………ああ、シャワーを浴びてたんだ。どうした?何かあったのか?」
二ノ宮だった。まあここは二人の住まいなのだから当たり前なのだが。
「………………そうか。わかった。お前も気をつけてな。変わった事があったらいつでも連絡くれ。それじゃ……」
二ノ宮は携帯を置くと、
「油断も隙もないな」
怒ってはない。ロザリアは安心した。
「また例の人?」
「そうだ」
「こんな時間に何の用?」
人前では見せないほど凄んで見せた。どうもテレビドラマの影響らしい。臆病で内気なロザリアは、愛憎劇に興味があるようで、やたらと嫉妬を剥き出す。
それはそれで可愛くも思うのだが、やましい事が無いのに嫉妬されるのも疲れる。
「仕事の話だよ」
「仕事してないじゃん」
「ひ、人聞きの悪い事を………俺達の仕事だろ?選定の儀を終わらせる為のいろんな事は」
「ふん!」
ぷくぅっと頬が膨らむ。
「大体『Z』って何?そんなアルファベット一文字の人なんていないでしょ!」
「『Z』はその人のニックネームみたいなもんさ」
「変なの」
「アハハ。確かに」
笑ってごまかそうとしたがそうはいかなかった。
「女でしょ」
「ロザリア………」
「いいもん!次あのヘンテコな黒人が来てもディボルトしてあげない」
「おいおい、それは困るぞ」
「知らない」
テレビのドラマでも、ちょうど彼女に浮気を問い詰められてる男がいる。演技とはいえ同情したくもなる。
「いずれお前にも会ってもらうって言ったろ。それまで待てよ」
「浮気相手には会いません」
「ハァ…………」
テレビドラマも良し悪しだなと深くため息をつく。
「浮気も何も無いだろう?いつから恋人になったんだ?」
「!!」
何気なく言った一言だったのだが、
「セイイチなんか死んじゃえ!」
珍しく怒鳴って行ってしまった。
「…………思春期か」
こんな苦労をしてるとは、口が裂けても誰にも言えない。
温泉旅行も今日で終わる。明日にはまた『現実』へと帰らねばならない。そう思うと憂鬱になる。
石田は一人夜の温泉街を歩いていた。真音達はゲームに興じ、ジルは温泉に行ったきり戻って来ない。どちらにも興味がないから一人で散歩でもするしかないのだ。
「雪か…………」
ひらひらと雪が降りてくる。大雪にはならない程度に。
石田は故郷を思い出した。石田の故郷も雪国だ。雪国に住んでいると、雪片しは当然の如くあるし交通の便は悪くなる。おまけに朝は窓が凍りついている。いいところなどなかった。学生の頃は早く町を出たいとずっと思っていた。それが今では雪の降らない街に住んでいる事に虚しささえ覚えてしまう。
などと感慨にふけっていると、聞きたくない着信メロディが流れる。自分で設定しておいてなんだが………。
「…………………………………………………………………………………………………。」
どうして携帯電話なんか持って来たんだろうと後悔した。
一向に鳴りやまないところを見ると、用件は見当がつく。
出なければ旅館にまでかかって来るだろう。石田は覚悟を決めた。
「はい…………」
『ああ石田君?』
冴子だった。いちいち名前を確認しなくでも、どうせ履歴からかけてるんだろうから、確認するまでもないだろう………とは、一応上司だから言えない。
「どうしたんですか?こんな時間に」
『休暇のところ申し訳ないんだけど…………』
「そう思うなら遠慮して下さい」
『またそういう事言う』
「今度はなんの任務ですか?」
つっけんどんに返してやる。
『まあまあ。ちょっと意外な展開になって来たのよ』
なんの事やらさっぱりわからないが、まあガーディアンに関する事だろう。
「意外…………とは?」
『それがね…………ガーディアンを研究してた人物を見つけたのよ!』
興奮してるところを見ると、かなり深く携わっていた人間なのだろう。
「ほう。なら山積みの問題はほとんど片付くのでは?ガーディアンを造った人間については誰一人、名前すら上がって来なかったんですから」
『う〜ん………ただ、そういうのとは違うんだよねぇ………』
「…………といいますと?」
『正確に言うと、今、選定者達に付いてるガーディアンの研究をしてた人間じゃないのよ』
またややこしい話が出て来た。石田は自販機で缶ビールを買い、目に止まった足湯へと向かう。長くなりそうな話を前に、寒さを避けたかったのだ。
「なら他にガーディアンがいたと?」
『いいえ。多分、信じてはもらえないだろうけど一応聞いて』
信じるも信じないも無い。信じられない事を既に何度も見た。今更だろう。
『百年前にあの人造人間研究所で働いていた人物を見つけたの』
今更と言ったが、これはちょっと事情が変わる。百年前にあの研究所で働いていた?そんな人間がいるわけがない。百年前に生まれた人間だってほとんど冥土に逝ってるはず。
「バカな事を言わないで下さい」
『ホントなのよ!』
なるほど。興奮するのも頷ける。事実なら。
「本部長、百年前とは言いますが、見つかった記録が百年前なだけであって、もっと前から研究されてる可能性が高いんですよ?その時代に働いて………生きてた人間がまだこの世にいると?どこの情報かは知らないですけど、こればかりは信じるも何も無いですね。生きているとして、何歳なんですか?」
『140歳よ』
「妖怪じゃないですか……」
世の中生きる奴はとことん生きるが、さすがにその年齢は有り得ない。
「仮に……仮に『いた』として、まともな会話は出来ないでしょう。そういうのは他に回して下さい」
『そう言わないでよ。私も頑張ってるんだからあんまりいじめないで』
歳に似合わず猫撫で声を出したので通話を切った。
するとすぐにまたかかって来た。
『なんで切るの!』
「酒飲んでかけて来ないで下さいよ」
『少ししか飲んでないわよ。大体、飲まなきゃやってらんないのよ』
「…………何があったんですか?」
『…………聞いてくれるの?』
「聞きたくありませんが」
『んもう!』
このくらい相手すれば少しは気も晴れただろう。石田なりの優しさでもある。
「わかりました。行きますよ」
『ホント?さすが頼りになるわねぇ〜』
とりあえず口頭で説明を受け、後から詳しい概要をメールしてくれるように頼んだ。
『じゃ、よろしく。先に斎藤君に行ってもらってるから』
「了解」
電話を切ると充電が無くなり電源が落ちた。
「140歳の生き証人か……」
有り得ない事を目の当たりにする時、そこに潜むのは闇。
嫌な予感がしていた………。